18.電設のヒデオさん、お話の続きをする。
夕飯後。勇者召喚の魔法陣をトレースする作業を続けていた。
「……終わんないぃぃぃぃ……情報量多すぎだろ、この魔法陣……」
いまだ中央部分の半分もトレースできてなかった。
本職と比べればCADの操作に不慣れとは言え、綺麗な幾何学形状の部分ですら、進捗が思わしくない。自由曲線の多い外周部ともなれば、どれだけ時間がかかる事か。
最終目標は、元の世界に帰る事。
そのための手段の一つとして、送還用の魔法陣の作成を考えている。
勇者召喚の魔法陣は、そのための雛型として使えるはず。
「……先に魔法陣を調べる方から始めれば良かったかな……いや、でもなぁ……結局最後には必要になるし……」
わざわざトレースしてCADデータを作ろうとしているのは、そうして置けば後々設計変更の作業がしやすくなるからである。
どんなに手間がかかろうと、ここで手を抜けば、かえって後々の手間が増える。
画像データのままよりも、CADデータに置き換えた方が、線がハッキリ認識しやすいので、解析する上でも有用だ。絶対に手は抜けない。
頭では、わかっている。それでも、面倒臭いものは面倒臭い。
「……はぁ……写真の時みたいに、パパッとしてくれたら楽だったんだけどなぁ……」
思わず愚痴った。
「はい。パパッとしました。ますたー」
次の瞬間、トレース作業が終わっていた。
「……………………えっ?」
勇者召喚の魔法陣のCADデータが完成していた。
中心部も、外周部の自由曲線も、全て直線と円弧に置き換えられている。
「な、なんで?前に頼んだ時は、できないって言ってなかったっけ?」
「ますたーの素晴らしい御指導を賜りましたので、できるようになりました」
「指導って何?そんな事した覚え無いんだけど?……いや、まさか、学習したのか?俺がやってるのを見て?」
「日々の成長により、できる事が増えているのです。スキルアップは留まる事を知らないのです。ますたー」
「マジかよ」
「マジです。ますたー」
フェアの凄さが留まる事を知らない。さすがはフェアである。さすフェア。
「……うん?これ、レイヤー分けされてる?なんで分けたんだ?」
「画像データより線分の刻印された年代を推定し、年代毎に線分をレイヤー分けしました。ますたー」
「年ごとに?……ああ、そうか、この魔法陣は代々改良されてきてるから……改良部分を、それぞれ分けて見られるようにしてくれたのか……そこまで気を回して作業してなかったぞ、俺……」
勇者のオマケっぷりも、留まる事を知らない。立つ瀬が無い。
「うん、まあ、とにかく助かったよ。相変わらず、完璧な仕事だね。ありがとう、フェア」
「えへへー」
お礼を言うと、フェアは嬉しそうに笑った。この笑顔を前にすれば、それ以外の事は全て些末事である。
解析のための前準備はできた。ここからが本番。魔法陣の機能を読み解き、元の世界に帰るための足掛かりを得なければならない。
「……なんか無性に疲れたし、今日はもういいかな……とっとと寝よう……」
早く帰りたい。焦りがある。しかし、焦ってどうなるものでもない。
久しぶりのデスクワーク続きで、やけに頭が疲れている。頭が重くて、思考がうまく回らない。
こういう時は無理せず休むに限る。長丁場が予想される作業では、無理は禁物である。
「……あれ?何か忘れているような……」
とても重要な事を忘れているような気がする。
「……まあ、明日でいいか……重要な事なら、その内、思い出すだろ……」
いつもより早い時間だが、芋ジャーに着替え、ベッドに入った。
「お休み、フェア」
「……お休みなさいませ。ますたー」
何か言いたそうな顔をしたフェアを見ながら、眠りに付いた。
肩に誰かの手がかかった。
「……ヒデオ殿……」
体を揺すられた。美声が鼓膜を揺らし、わずかに意識が浮上する。
「……ふわぁ~……誰だ……?」
あくびを噛み殺しながら薄目を開けると、暗闇の中に、白い人影が見えた。
ベッドサイドのLEDランプを点けると、すぐ傍にムチムチさんが立っていた。
何故かXLサイズの白衣を着ていた。
「……なんでそんなの着てるんですか、ムチムチさん?」
「っ、わ、わかっている」
寝惚けた頭で問いかける。何故かムチムチさんは挙動不審になった。
何が『わかっている』のだろうか。わからない。
「……………………」
「そ、そんなに見詰めないでくれ……っ……」
ボーっと見ていたら、更に挙動不審になった。
割と頻繁にテンパって挙動不審になる人なので、ある意味、いつも通りだ。
ネクタイでまとめられた灰色の髪が、いつものように揺れていた。
「す、すぐに準備するから……」
ムチムチさんが震える手で、白衣の前のボタンを一つずつ外していく。まるで、こちらを焦らすかのように、ゆっくりと。
「……あの、何やってんですか?」
「す、すまない。緊張して、指がうまく動かないのだ。少し待ってくれ」
ゆっくりとボタンが外されていく。
全てのボタンが外れ、パサッと白衣が床に落とされた。
「……………………えっ?」
ビキニアーマーを身に纏った、美しいエルフがいた。LEDランプに照らされた肌は、真っ赤になっていた。
「あっ、えっ、なっ、なんでそんなの着てるんですか!?」
「っ、わ、わかっていると言っているだろう!」
「何が!?」
混乱する自分の前で、ムチムチさんが更に手を動かし、背中へと回した。カチャカチャと軽い金属音がした。
「あ、あれ?うまく外れない?お、おかしいな?もう少し待ってくれ、ヒデオ殿」
「ちょっ、本当に何やってんですか!?」
よくわからないが、多分、凄く良くない事が起こっている。
床に落ちている白衣を慌てて拾い上げ、ムチムチさんに被せた。
「ヒデオ殿?」
「なんて格好してるんですか!馬鹿なんですか!?」
「ば、馬鹿だと!?誰が馬鹿だ!?」
白衣の前のボタンを全て留めた。ぶかぶかなXLサイズのおかげで、着せるのは簡単だった。
扇情的な美肌が隠れた事で、人心地付いた。
「あー、ビックリした……。何なんですか、一体」
「何とは何だ。私が聞きたいくらいだ」
LEDランプの灯りだけだと変な気分になりそうなので、部屋の電灯を点けた。
普段は抑え気味な光量にしているが、今だけは全開にする。寝起きに光が眩しすぎて、目がチカチカする。
時計を見たら、午後10時を回っていた。こちらの世界では夜盗と夜警くらいしか起きていない時間帯である。
「で、本当に何なんですか、ムチムチさん。一体何しに来たんですか、こんな夜更けに」
「そんな言い方をしなくても良いではないか。確かに、かなり来るのが遅くなってしまったのは悪かったが、だからと言って、私を放って置いて寝るのはあんまりだろう。わ、私がどんな覚悟でここに来たと思っているのだ!」
「……はい?ホント何言ってんですか?」
「何って……、貴殿が言ったのではないか。今夜、二人きりで『お話』をすると」
「……あっ、忘れてた」
「忘れてた、だと!?」
「す、すみません。仕事に没頭しすぎて、つい」
「つい、で忘れるな!私と仕事とどっちが大事なのだ!?」
なんか面倒臭い女の代名詞みたいな台詞を吐いていた。
「もちろん、仕事の方が大事です」
「っ、酷い男だ!」
「なんて、冗談ですよ、半分。いや、25%……15%……5%……3%くらい?」
「ほぼ本気ではないか!」
「まあまあ、いいじゃないですか、そんな事はどうでも」
「どうでも良くない!」
適当に冗談を言いながら、さっきまでの変な気分を振り払う。
怒っているムチムチさんをなだめてベッドに腰かけさせ、自分はイスに座り、距離を取った。
不用意に近付いて、また変な気分になったら困る。
「忘れていた事は、本当にすみませんでした。私の方から話をしようと言っておいて、失礼しました」
「……謝罪は不要だ。私こそ、もっと早くに訪れるべきであったのに、随分と遅くなってしまって悪かった。それに、先ほどは感情に任せて、おかしな事を言ってしまった。すまなかった。許して欲しい」
「いや別にそれはいいんですけど。では、お互い様という事にしましょう」
二人で頭を下げ合った。仕切り直しの儀式のようなものだ。
改めて向かい合い、ムチムチさんを見る。白衣の下が、露出の多いビキニアーマー姿かと思うと、どうにも落ち着かない。
「あの、話をする前に聞いておきたいんですけど……、なんでそんな格好してるんですか?」
「な、なんでって、それは、その……」
「そんな格好では、落ち着いて話もできないじゃないですか。まったく、本当に何を考えてそんな格好を――」
再び挙動不審になったムチムチさんは、再び白衣のボタンを外そうとしていた。
「ちょっ、またですか!?」
慌てて近付き、ムチムチさんの両手を取って動きを強引に抑え込んだ。
「な、何をするのだ、ヒデオ殿?」
「そりゃこっちの台詞ですよ。なんでまた脱ごうとしてんですか。もしかして露出狂なんですか?」
「だ、誰が露出狂だと!?」
「違うんなら脱ごうとしないでください」
「ぬ、脱ぐなと言うのか?……よもや、貴殿、着たままが良いのか?」
「そりゃそうですよ」
「き、着たままが良いのか……っ……」
「大体、なんでいつもの格好じゃないんですか」
「いつもの格好が良かったのか!?」
「いや別に、どんな格好でもいいと言えばいいんですけど。わざわざそんな格好で来た意味がわかりません。なんでそんな格好を?」
「そ、それは、その……、私はてっきり、脱いだ方が良いと思っていたから、脱ぎやすい格好で来たのだが……」
「……やっぱり露出狂なんですか?」
「ち、違う!」
「じゃあ脱がないでください」
これから重要な話し合いをしようというのに、どうして服を脱ぎたがるのだろうか。
中年のオッサンが『腹を割って話をするため』と称してスーパー銭湯やサウナに連れて行こうとするようなノリなのだろうか。
こっちは生憎、そんな状況で落ち着いて話ができるような精神構造はしていない。
何度も脱がないように諭すと、ムチムチさんは顔を引きつらせながら、ようやく動きを止めた。
「……わかった。それが貴殿の望みならば、従おう」
そしてベッドに仰向けに寝転んだ。
「あの、何やってるんですか?」
「何って、だから、その……、これから『お話』をするのだろう?」
「わかってるなら、さっさと起きてください。そんなふざけた体勢でするつもりですか?」
「っ、起き上がった状態でするのか!?」
「なんで驚いてるんですか。当たり前でしょう?」
「当たり前!?貴殿にとっては、それが当たり前だとでも言うのか!?」
「いや誰にとってもそうでしょう。少なくとも私の知る限りでは、ですが」
「そ、そんな馬鹿な!?」
もしかしたら、異世界のエルフにとっては、重要な話し合いは寝っ転がってするのが普通なのだろうか。
リラックス効果で忌憚の無い意見交換ができるとか、なんかそういう感じの意識高い系な理由があったりするのだろうか。
エルフらしいと言えなくもない気がしなくもない。異種族カルチャーギャップすぎる。
「ええっと……。なるべくなら、こちらの流儀に合わせてもらいたいんですけど、ダメですか?」
「す、すまない、ヒデオ殿。無理だ。私には難易度が高すぎる。き、貴殿の望みには、なるべく沿いたいとは思っているのだが、その……、実を言うとだな、私はこの手の経験があまり無いと言うか、全く無いと言うか……、要するに、その……、これが初めてなのだ……」
「……これが初めて?」
「そ、そうなのだ。だから、初めの内は、できるだけ非凡で特殊な趣向の『お話』は控えて欲しいのだが……」
「ちょっ、ちょっと待ってください。さっきから一体何を言ってるんですか?」
カルチャーギャップではない。もっと違う何かが発生している。物凄く決定的に、何かの認識がズレている。
「あの、ムチムチさん。私はムチムチさんと話をしたいと思っているんです」
「あ、ああ、わかっている」
「いいですか、ムチムチさん。今まで言う機会が特に無かったので言わなかったのですが、私にとって、この家は仮宿です。いずれは生まれ故郷に帰るつもりでいます。そうなれば、この家から私と一緒にフェアもいなくなりますから、今のような生活は成り立たなくなると思います。今すぐという訳ではありませんので、時間的猶予はありますが、そうなる前に、今後の生活の事についてキチンと話しておかないといけないと思ったんです」
「……んん?」
「生活面での事もそうなんですが、子供達の教育とか、そう言う事も気になっています。今は遊んでいてもいいとは思いますが、ここでの生活がいつまで続くかもわかりませんし、いつまでもただ遊ばせておく訳にもいかないでしょう。将来、子供達が自立できるように、教育の事をどうするのかについてもキチンと話しておかないといけないと思っています」
「ま、待て、待ってくれ、ヒデオ殿。そ、それでは、つまり、貴殿は……、私と話をするつもりだったのか!?」
「そう言ってるでしょう、最初から」
「ならば何故、貴殿の部屋で二人きりなどと言ったのだ!?」
「話の内容次第では、子供達に聞かせたくない話をするかもしれないと思ったからですよ。ムチムチさん、ここまで逃げてきた理由も、本当の名前も、何も教えてくれてないじゃないですか。今後の事を話す上で、そういうのにも話が及ぶかもしれませんし、子供達には聞かせられない類の話をするかもしれないから、なるべく話を聞かれないようにしようって、私なりに気を遣ったんですよ」
「だ、だが、それならば、この部屋で昼間にでも話をすれば良かったではないか。何故、あの子達が寝た後になどと言ったのだ!?」
「黒夫は立派な耳を持ってますし、いかにも耳が良さそうだったので、ドア越しでも話を聞かれてしまうかもしれないと思ったんですよ。それで、念には念を入れた方がいいと思いまして」
「そ、そんな……、それでは、貴殿は……、本当に、私と話をするつもりだったと言うのか!?」
「そうとしか言ってないでしょう、最初から。ムチムチさん、一体どんな話をするつもりで――……」
気付いた。
ようやく、気付いた。
自分の言動を改めて振り返り、ムチムチさんの服装と態度を見て、遅まきながら気付いた。
「……あの、ムチムチさん。ムチムチさんは、今夜、私と二人きりで、一体どんな『お話』をするつもりだったんですか?」
「……っ……」
ゴクリッと、思わず生唾を呑み込む。やけに大きく音が響いた気がした。
「うっ……、うわああああああああっ!」
「ムチムチさん!?」
緊張が限界を迎えたのか、ムチムチさんは奇声を上げ、部屋から走り去って行った。自分はそれをただ見送った。
誰もいなくなった部屋。かすかに残る甘い香り。
この段に至り、ようやく、自分の犯した最大のミスに気付いた。
「……もしかして……千載一遇のチャンス逃した……?」
ついさっきまで自分の部屋にいた美しいエルフを想い、茫然とした。




