16.電設のヒデオさん、日常生活を送る。
不幸な誤解による些細な行き違いにより少々ギクシャクした事もあったが、それも今は昔の事。
三人を家に上げてから1週間。三人とも居候とは思えないほど馴染んだ。
特に黒夫と魅雪の環境順応性は高く、もう我が家も同然というくらい完全に馴染みきっていた。
「こら、黒夫、魅雪。野菜残すな。ちゃんと全部食べなさい」
「嫌だ」
「ヤなの」
箸の使い方も、少し教えただけですぐに習得した。学習能力が高い。
昼食に出した肉野菜炒めの細切り肉と野菜の中からピンポイントにピーマンとシイタケだけを器用に避ける程度の事は簡単にできるようになっている。実に面倒臭い。
「あっ、こら、食事中に席立つな。お行儀悪いぞ」
「「ごちそうさまでした」」
「野菜を残すなって言ってんだろうが!」
食事の前には『いただきます』、食事の後には『ごちそうさま』と、お行儀良く挨拶も欠かさない。小賢しい。
「逃がすかっ!無理矢理にでも口に突っ込む!」
「にゃははっ、オレの口に何を突っ込むって?できるものならやってみろ!」
「きゃーっ!おじちゃんに襲われちゃうのーっ!」
「人聞き悪い事言うな、チビどもが!」
十全な衣食住のおかげか、ただでさえ子供離れしていた身体能力は更に向上している。めちゃくちゃ手がかかる。
「よし、捕まえ――」
「にゃははっ!捕まらないぞ!」
「だああああっ!チョコマカしやがってぇっ!」
紙一重で手が空振りし、黒夫にスルリと逃げられた。
カタログスペックで言えば、勇者級の身体能力を持つ自分の方が上。直線スピードでは勝っているので、追い付ける。それなのに、捕まえられない。
床、壁、天井、全てを足場にしての三次元立体高速機動による回避行動。野生の猫より身のこなしが軽い。
「鬼さーん、こちらなのー」
廊下の反対側では、魅雪が笑顔で手招きしていた。
「いい度胸だ!そっちを先に捕まえて――」
「えい」
「ぬおおおおっ!?」
魅雪の肩を掴み、捕まえた。と思った次の瞬間、視界がグルリと回る。気が付けば仰向けに転がされていた。
エキシビジョンで合気道の達人に投げられる人の気分とは、こういうものだろうか。何をされたのか気付く間すらも無かった。
単純な力比べなら勝っている。だが、力の使い方が決定的に違う。違いすぎて参考にできないくらい、身体制御に差がある。
「だらしないぞ、ニンゲン」
「おじちゃん、もう終わりなの?」
仰向けの視界に、勝ち誇った顔の黒夫と、物足り無さそうな顔の魅雪が映る。正直、正攻法では勝てる気がしない。手ごわすぎる。
「小生意気なチビどもめ。本気の大人の恐ろしさ、思い知らせてやる」
正攻法で勝てないくらいで子供に負けていたら、大人なんてやっていられない。大人には大人の戦い方というものがあるのだ。
立ち上がり、廊下とダイニングの入口で腕を組んで仁王立ちする。不動の構えである。
「よく聞け、チビども。お前達がちゃんと野菜を食べるまで、俺はここから一歩も動かん!」
「それがどうかしたのか?」
「おじちゃん、諦めたの?」
不思議そうに首を傾げる黒夫と魅雪に、ニヤリと笑って見せた。
「わからないのか?俺がここから一歩も動かないという事は、冷蔵庫に近寄らないという事だ。そうなれば当然、プリンは出せない。つまり、3時のオヤツは無しだ!」
「「ええっ!?」」
「ふははははっ!この家の大黒柱が誰か思い知るがいい!」
あえて言うまでも無い事だが、大黒柱は勿論フェアである。フェアがいないと、この家での生活は成り立たない。
あえて言うまでも無い事なので、あえて言わないが。
「ひ、卑怯だ!卑怯だぞ、ニンゲンめ!」
「ズルいの!おじちゃんはズルっこなの!」
「負け犬の遠吠えが心地良いわ!ふははははっ!」
「さすがです。相手が何者であっても、女子供であろうとも、敵となった者には手加減しないその御姿。敬服いたします。ますたー」
なんちゃって魔王ムーブで黒夫と魅雪に対峙する。こちらの意図を汲み取ったフェアが、側近ムーブで合わせてきた。
さすがはフェア、完璧である。どう見ても本気で言っているようにしか見えない。
人質ならぬプリン質を取られ、心を折られた黒夫と魅雪は、さっきまでとは打って変わって肩を落としていた。
我ながら大人気無い事をしている気がしないでもないが、ここで屈する訳にはいかない。大人には、決して子供に負けてはいけない戦いというものがあるのだ。
「さあどうする。野菜を食べてプリンを食べるか、野菜を食べずにプリンを諦めるか、二つに一つだ。好きな方を選ばせてやろう」
「ここで敢えて選択肢を与える慈悲深さ。正しく支配者の器です。ますたー」
選択肢など、あって無いようなものだ。どちらを選ぶかなど、わかりきっている。
「……わかった。シイタケ食べる」
「……ピーマン食べるの」
「そうだ。それでいい」
敗北者となった黒夫と魅雪が、落ち込んだ様子でダイニングへと戻り、席に着いた。
皿の中身はすでに空だった。
「えっと、あの、その……、食べ残しをそのままにするのは勿体無いと思ってだな、その……、全部食べてしまったのだが……」
「「「……………………」」」
「よ、良かれと思ってやったのだ!決して悪気があっての事では無い!その……、貴重な食糧を無駄にするのは忍びなく、それならば、私が食べるのが一番の解決策だと思ってだな。よもや戻ってきて食事を再開するなどとは露とも思わず……。ほ、本当に悪気は無かったのだ……」
あえて言うと可哀想なので本人には言わないが、居候の中で一番手がかかるのはムチムチさんである。
傷は無事に治ったようだが、傷が治る前と変わらず手がかかる。むしろ傷が治った後の方が手がかかる。
この家の1階はバリアフリー仕様で段差が無いのに、何度も転ぶ。何か持っている時に限って転んでブチ撒ける。
ちょっと目を離した隙に家電のコードに絡まって身動きできなくなっている。両手両足完全拘束って、何がどうしてそうなった。
風呂上りでビショ濡れのままドライヤーを使おうとしてブレーカーを落とす。心肺蘇生法の習熟度が無駄に上がった。
何かに付けては何かやらかす人である。
黒夫と魅雪より手がかかるとか、ホントどうなってんの、この人。
亀の甲より年の劫という人間の慣用句は、エルフには適用されないのだろうか。
「……ちゃんと野菜を食べられなかったって事は、プリンは無しだな」
「「ええっ!そんなぁっ!?」」
「……と言うのは冗談だ。今回だけは特別に見逃してやろう。黒夫と魅雪は3時になったらプリン出してやるよ」
「ほ、ホントか、ニンゲン?」
「おじちゃん、本当?」
「ああ、本当だ。心配するな。でも、今回だけだからな。次に残したら、本当にプリン抜きにするぞ」
「わ、わかった。次からはシイタケ残さない」
「うん、わかったの。ちゃんとピーマン食べるの」
「わかればいいんだ、わかれば」
「……あの、ヒデオ殿。念のために確認しておきたいのだが、私の分のプリンは?」
「あると思いますか、ムチムチさん?」
ありますよ、ちゃんと。仲間外れにすると子供達が気に病みそうだからね。
でも今は言わない。しばらく反省してもらおう。
「さすがです。情け容赦無くプリンをおあずけにするその御姿。敬服いたします。ますたー」
「そ、そんなぁっ!?私のプリンがぁっ!?」
どう見ても本気で言っているようにしか見えないフェアの姿に、ムチムチさんは絶望の表情を浮かべていた。
昼食後は、いつも通り三人に仕事を頼んだ。
「黒夫、魅雪。お風呂掃除、頼むよ」
「うん」
「しょうがないな。特別だぞ」
子供達には風呂掃除を任せた。
この家では、基本的には最新式のロボット掃除機が掃除をするのだが、さすがに風呂掃除機能は付いていない。
黒夫も魅雪も、ただ遊ばせているだけだと逆に嫌がるので、家事のお手伝いをさせている。
率直に言って、かなり助かる。掃除に限らず、ほとんどの家事手伝いで、自分よりも手際が良い。
感情表現は子供っぽいのに、変な所で子供らしくない。行動の端々に年齢不相応の知性が垣間見える。
「ムチムチさんは引き続き書類の整理をお願いしますね」
「ああ、承知している」
ムチムチさんには頭脳労働を頼んでいる。
最初はケガ人なので働かせるつもりは無かったのだが、黒夫と魅雪が働いているのに一人だけ寝ているという状況は気が引けるようなので、城から持ってきた書類の整理を頼んだ。
リビングの端に書類の山を積み上げた時、やる気と後悔が混じった微妙な顔をしていた。
正直に言えば、書類整理の重要度は低い。城から逃げた自分が今更城の書類の内容を知った所で、どうしようもない。それでも他にムチムチさんに任せられる仕事が無い。
以前、本人の自己申告で料理が得意だと言ったので、試しに任せてみたら、火の気の無いIHコンロから火柱が上がった。そんな人に、オール電化住宅内でどんな仕事を任せればいいと言うのか。危険すぎる。
アイテムバック化した通勤カバンは、自動整頓の特性付き。ほとんどのアイテムは整理整頓の必要が無い。ただ、書類と書籍だけは問題があった。
表題が付いていないものは全て『紙』と『本』という同名アイテムになってしまい、全く見分けが付かない。表題が付いていれば、その名が表示されて見分けが付く。
書類の9割方は未分類。しかも、脱出時に適当に放り込んだせいで、ゴチャ混ぜ状態。その内容を逐一確認し、何の書類なのかがわかるように付箋紙を張り付けて分類し、関連書類を一つにまとめて束ねる。ひたすらその作業の繰り返し。
現在、目算では進捗10%くらい。書類が多すぎるせいで、あんまり減っているようには見えないが、ムチムチさんは全てを諦めたような瞳で諦めずに作業を続けていた。めげない人である。
王国の情報が部外者に漏洩している気がしなくもない。
こんな所で気にしても意味は無いので、気にしない事にする。
「さて……、こっちはこっちで仕事するか」
城からの脱出。荒野への移住。居候の急襲。大きな事から小さな事までゴタゴタ続きで、この1週間は本当に大変だった。それもようやく落ち着いて、暫定的ながら非日常の中に日常生活を得た。これでようやく自分の仕事を始められる。
厳密に言えば仕事では無い。気分的には仕事よりも憂鬱で、重要性は仕事よりも遥かに高い作業。元の世界への帰還方法を確立しなければならない。こんな所に家を建てて住み着いたのは、そのためなのだから。
主寝室の机にノートパソコンを置き、コンデジのデータを移して、画像編集ソフトを立ち上げる。
まずは勇者召喚の魔法陣の画像データを処理する所から始める。
フェアに取ってもらった全体写真を元にして、大量の接写写真を一つに繋ぎ合わせ、高解像度の全体写真を作成したい。解析のための前準備の前準備という段階である。
接写写真は一枚一枚大きさも角度も微妙にズレている。そのズレを補正しつつ繋ぎ合わせなければならない。
一括でやってくれる便利アプリなどは無いので、全て手作業。枚数が多くてウンザリしてくるが、やるしかない。
「……接写しすぎたかな……まあ、記録漏れよりはマシだけど……」
ピースの位置がわかっているパズルのようなものなので、作業の難易度は低い。ただただひたすら地味で手間がかかる。そして目が疲れる。
勇者級の身体能力は、眼精疲労には無力だ。
「……………………」
近代的なオール電化住宅で、ノートパソコンに向かいデスクワークに勤しむ。
異世界まで来て、自分は何をやっているのだろうか。
「……はぁ……くっそメンドイこれ……もっとパパッといけないモンかなぁ……」
「はい。パパッといきました。ますたー」
思わず愚痴った。次の瞬間、画像処理が終わっていた。
「……………………えっ?」
勇者召喚の魔法陣の全体像から詳細部分まで確認できる、大きな画像データが完成していた。
「フェア、データ処理までこなせるの!?」
「勿論です。ますたーの素晴らしい御指導を賜りましたので」
「いや指導した覚え無いんだけど」
「単調なデータ処理業務に関しては問題ありません。今後とも是非わたしにお任せください。ますたー」
フェアは電気設備を創造するのみならず、情報処理系の仕事もいけるらしい。さすがはフェアである。さすフェア。
「お、おお、頼もしすぎる……。それじゃあ、次はこれをCADのデータに変換したいんだけど、お願いできる?」
「きゃどのでーたにへんかん?それはなんですか?」
「……そこまで都合良くはいかないか……」
調子に乗って次の仕事を頼んでみたが、今度は無理なようだった。
「まあ、これだけでも大分作業時間が短縮できたし、これ以上は贅沢だな。ありがとう、フェア。助かったよ」
「えへへー」
面倒な作業が一瞬で終わったのだから、感謝しかない。
お礼を言うと、フェアは嬉しそうに笑っていた。
写真の統合ができたので、今度はそれを下敷きにして、2次元の設計データを作成したい。解析のための前準備である。
主に機械設計職の人が使うCADソフトを立ち上げる。
自分の専門外ではあるが、基本的な使用方法は一通り把握している。デザイナーのように複雑な自由曲面の3Dモデルを作るとなると自分の手には余るが、直線と円弧の組み合わせによる幾何学的な2D図形の作成なら可能だ。
「……久しぶりに見たけど、やっぱり汚いな、この魔法陣……」
歪んだバームクーヘンのような魔法陣は、何度見ても機能美からは程遠い。中心部はそこそこ綺麗なのに、外周部に行くほど歪みが酷くなっていく。
城で勇者教育を受けていた時に、授業の合間の雑談として宮廷魔術師長から聞いた話によれば、歴代の宮廷魔術師長が王族からの要望を受けて少しずつ改良を施してきたらしい。
その成れの果てがコレかと思うと、原形を作成した者達も浮かばれまいよ。
CADの作業画面の背景に画像データを設定し、魔法陣をトレースして直線と円弧に置き換える作業を始める。
まずは中心部付近から。かなり緻密で線の密度は濃いが、綺麗な幾何学模様なので悩まずにサクサク進める。
「……………………」
魔法陣の中心部分の作図は、さほど難しくない。ただ、やはり手間がかかる。
線の密度が濃すぎる。油断すると他の線と幾何的に関連付けされてしまい、修正が面倒臭い。
線を完全に定義付けして固定するために、全ての直線と円弧に寸法と幾何拘束を設定していく。
逐次微調整しながら位置合わせを行う。
観察と確認に細心の注意を払いながらの作業で、眼精疲労が溜まっていく。それが注意力を削いでいく。
「……あっ、またミスった……!?」
何度目かのミスの後、集中が切れた。
ふと、背中に視線を感じた。
「……何やってんの、お前達?」
「「……っ……」」
ドアの隙間から、黒夫と魅雪が覗いていた。声をかけると、何か悪い事をしていたのがバレたかのような顔をしていた。
「……お仕事の邪魔してごめんなさい、おじちゃん」
「いや別に邪魔じゃないけど。気にしすぎだよ」
「お、オレは悪くないぞ!悪いのはニンゲンだ!謝らないぞ!」
「お前まで気にしてんのかよ……」
イスから立ち上がり、大きく伸びをする。肩と首からボキボキと嫌な音がした。勇者級の身体能力があっても、肩は凝る。
時計を見れば、すでに午後3時をすぎていた。
「ああ、休憩するのに丁度いい時間だな。呼びに来てくれて助かったよ、黒夫、魅雪」
部屋の入口で立ちすくんでいた子供達の頭を適当に撫でる。すぐに機嫌は回復した。変な所でチョロい子達である。
「おじちゃん、プリン食べたい!」
「ふ、ふんっ!オレはプリンなんかどうでもいいぞ!」
「はいはい。すぐ用意するよ」
適当に返事をしながら、適当に頭を撫でる。わずかながら違和感がある。
「……やっぱり、気のせいじゃないよな、これ……」
「どうしたの、おじちゃん?」
「どうした、ニンゲン?」
「……いや、何でも無い」
初対面の時、子供達の背の高さは、自分のへそより少し低いくらいだった。
今、自分の鳩尾よりも少し低いくらいの位置に、子供達の頭の天辺がある。
たった1週間で、目で見て違いがわかるくらい背の高さが変わっていた。
背が伸びるのが早すぎる。人間の子供なら絶対にあり得ない。
「……まあ、育ってる分にはいいか……」
種族の違いによるものなのか。この家に来るまでの食生活が酷すぎた反動なのか。あるいは、別の要因があるのか。
理由はよくわからないが、成長が遅いよりはいいだろう、多分。
1階に下り、黒夫と魅雪をテーブルに付かせ、いつも通りプリンを出した。
「どうぞ、召し上がれ」
「「いただきます!」」
子供らしいキラキラした目で、黒夫と魅雪がプリンを食べる。こういう時は人間の子供と変わらない。
少し離れた所で、書類の山に埋もれたムチムチさんが、死んだような目でこちらを見ていた。
その前にスッとプリンを置いた。
「ムチムチさんも、一旦書類を置いてください。休憩にしましょう」
「……良いのか?」
「お仕事をがんばってもらってますからね。食べてください」
「お、おお、感謝するぞ、ヒデオ殿!」
子供のようなキラキラした目で、ムチムチさんがプリンを食べる。こういう時は子供と変わらない。
「ますたー」
「もちろんフェアの分もあるよ」
「はい。いただきます。ますたー」
自分とフェアも、プリンを食べる。チープな甘さだ。それなのに、不思議なくらい、おいしい。
午後5時頃になったら、夕飯の支度を始める。元の世界では早い時間だが、こちらの世界では日が沈むとすぐに就寝時間なので、早めに夕飯にしないと間に合わない。
「おーい、何か夕飯のリクエストあるか?」
「肉だ!肉がいいぞ!」
「お魚がいいの」
「いっつもそれだなぁ……」
一応毎回聞いているが、いつも答えは同じだった。
黒夫は肉好き。魅雪は魚好き。
二人とも割と雑食なので、出せば大概何でも食べる。野菜も大概のものは普通に食べるのだが、一部の野菜だけ毛嫌いしていた。
黒夫はキノコ類全般が嫌い。臭いが嫌らしい。
魅雪はピーマンとキュウリが嫌い。苦味が嫌らしい。
他にも癖の強い野菜を出した事はあるが、それらは普通に食べた。嫌いの基準がよくわからない。
セロリを生で齧るのは平気なのに、キュウリは何故ダメなんだ。子供の好き嫌いは謎に包まれている。
猫耳が気になるので、念のためにネギ類は避けておいた。今の所、食べ物でアレルギーが出た事は無い。
「ヒデオ殿。私は貴殿の料理なら何でも好きだぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
ムチムチさんは、好き嫌いが全く無い。猫と鬼より雑食なエルフである。
きっと食べ物の好き嫌いをしないから、こんなにもエルフらしからぬ胸と尻が育ったのだろう、多分。
この1週間、夕飯のメニューは、ほとんど代わり映えしない。
料理は一通りできるが、趣味というほど入れ込んでいないので、適当に材料を切って焼くか煮るかするだけである。凝った料理は作らない。
フェアに出してもらった食材の品質が高いおかげで、適当な料理でも食べられるものになる。
「黒夫、魅雪。野菜を切るの手伝ってくれるか?」
「うん」
「任せろ!」
「ヒデオ殿、私も何か手伝いを――」
「ムチムチさんは引き続き書類の整理をお願いしますね」
「……ああ、わかった」
台所には子供用の踏み台を用意してある。電動のジャッキみたいなゴツイ台だが、この家の台所は一般家庭とは思えないくらいスペースに余裕のあるので、邪魔にならない。
黒夫も魅雪も手慣れた様子で、野菜を洗い、皮を剥き、一口大に切っていく。
自分でやるより早い。全く危な気無いので、安心して任せられる。
「うーん……、今夜はマグロステーキにするか」
「何だと!?肉じゃないのか!?」
「昨日は肉だったろ。今日は魚だ」
冷蔵庫から大トロっぽい謎のピンク色の塊を取り出し、適当に切り分けて、適当に塩を振り、チューブ入りのショウガを薄く塗る。
生で食べた方がおいしそうに見えるが、やっぱり万が一が怖いので、IHコンロにかけて低温でジックリ中まで火を通す。
「おじちゃん、お野菜切れたの」
「ありがとう、魅雪。助かるよ」
「オレも!オレも切ったぞ!」
「ああ、黒夫もありがとうな」
付け合わせの野菜は、ジャガイモ、ニンジン、ブロッコリー。
カットした野菜を電子レンジで加熱調理する。楽チン。
切って加熱するだけの料理は、すぐに仕上がった。
平皿にマグロステーキと野菜を盛り付ける。
炊飯器からご飯をよそう。
ちなみに、大人も子供も妖精も、夕飯のメニューと量は同じだ。
「「「「「いただきます」」」」」
全員揃って夕飯を囲む。
「トロトロなの」
「うみゃあぁ~……」
「はふっ、はふっ」
「おいしいです。ますたー」
素材が良いので、割と適当な料理でも評判は良い。ただ、自分には少し物足りない。
「……うまいけど、できれば醤油かコショウが欲しいな……」
城にいた頃よりも遥かに食事はおいしいが、もう1週間も似たようなメニューのローテーションなので、飽きてきた。
優先順位は低いが、食事の内容の充実は今後の課題の一つである。
夕飯の後片付けをし、風呂から上がった頃には、日が沈む。
色違いの電動歯ブラシで仲良く歯磨きを済ませたら、お休みの時間である。
「おやすみ、ニンゲン」
「おやすみなさい、おじちゃん」
「ヒデオ殿、良い夢を」
「ああ、三人とも、お休み」
居候三人は、早々に就寝する。三人とも芋ジャー姿だ。
寝間着の代わりに芋ジャーを渡したら、思いの外、好評だった。
この家の寝間着の地位は芋ジャーに占拠されている。
「さて……、寝る前にもう一仕事するか」
自分にとっては、まだ寝るには早い時間なので、デスクワークの続きをする。
「ますたー。寝不足は体に良くありません」
「そんなに遅くまではやらないよ。でも、心配してくれてありがとう、フェア」
「どうか御自愛ください。ますたー」
ポチポチとCADを操作する内に、夜は更けていく。
また今日も一日が無事に終わる。




