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15.電設のヒデオさん、誤解される。


結局、ムチムチさんの呼び名は正式に『ムチムチさん』になった。



「ムチムチさん、正気ですか?」


「酷い言い草だな。貴殿が付けれくれた名だろうに」


「自分の名前は自分で考えてくださいって言いましたよね。なのに、なんでムチムチさんのままなんですか」


「うむ。私も初めは名を変えようと思っていたのだがな。慣れてみれば、存外、この名も悪くはないような気がしてきてな」


「気の迷いです、それ。正気に戻ってください、ムチムチさん」


「良いではないか。呼びやすく、覚えやすく、わかりやすい、完璧な名だろう。何より、一度耳にすれば絶対に忘れようのない強烈な印象を持った名だ。そこが気に入ったぞ、私は」


「名前にインパクト求めてどうすんですか、芸人の芸名じゃあるまいし……。もっと普通の名前にしてくださいよ」


「そこまで言うなら、貴殿が改めて名を付けてくれれば良かろう」


「嫌ですよ。子供じゃないんですから、自分の名前くらい自分で考えてください」


「……そうやって、あの子達ばかり依怙贔屓するのだな、貴殿は」


「なんでちょっと拗ねてんですか」


「とにかく、だ。私は貴殿の付けてくれた名を受け入れると決めたのだ。他に名も思い浮かばないし、もうこれを受け入れればいいか、と」


「普通は受け入れませんよ……」



美人なのに色々とアレな人である。






三人がこの地に来た経緯について、ムチムチさんからは、あまり突っ込んだ話は聞けなかった。本人的には一応警戒しているつもりらしい。


若い男の家に転がり込んでいる時点で警戒もクソも無い気するけど。とりあえずそれは脇に置いておく。


それとなく黒夫と魅雪にも話を聞いてみたのだが、子供達はそもそも事情を把握していないようで、重要な話は聞き出せなかった。


わかった事は、どこかから三人一緒に逃げてきたらしいという事だけだった。



「えっ?お前達、あっちから来たのか?街からじゃなくて?」


「うん。すっごく急な坂みたいになってて、すっごくすっごく大変だったの」


「オレは全然大変じゃなかったぞ。余裕だ、余裕」



南にある山脈経由で来たらしい。その前はどこにいたのか、聞いてもよくわからなかった。


逃走の経緯は詳細不明。当初の予想では、近隣の街で奴隷扱いされていたのを逃げて来たのかも、と思っていた。出会った時の服装などから、そう予想していたのだが、どうも違うらしい。


物凄く厄介事の臭いがする。逃亡奴隷も大概厄介そうではあるが、下手をすればそれ以上に厄介な事になるかもしれない。


ちなみに、王国では法的に奴隷や人身売買は禁止されている。少なくとも表向きはそうなっている。裏社会ではどうか知らんけど。



「うーん……、厄介そうだからって、今更、放り出す訳にもいかないよなぁ……」


「ますたー。このままでは重大な問題に巻き込まれる危険があります。本当に放り出さなくても宜しいのですか?」


「いや、まあ、あんまり良くは無いんだけど……。ここで見捨てて野垂れ死にでもされたら目覚め悪いし、今のところは大きな問題も起きてないし、しばらくは様子見かなぁ……」



自分は小市民のサラリーマンである。厄介事は嫌いだ。他人のせいで厄介事に巻き込まれるのは尚更嫌だ。


しかし、目の前で人が酷い目に会うのを黙って見過ごすのも嫌だ。せっかく苦労して人助けしたのが無駄になるのも嫌だ。


かと言って、多大な苦労を背負い込んでまで他人のためにがんばれるほどの気概は無い。生憎、聖人のような善性は持ち合わせが無い。


一番嫌なのは自分が酷い目に会う事。他人は二の次。我ながら、しょうもない本音だと思わなくもないが、本音なんてそんなものである。




自分が酷い目に会わない範囲内で、居候の三人がなるべく酷い目に会わないように面倒を見つつ、できるだけ厄介事を避けて穏便に生活しながら、勇者召喚の魔法陣を解析し、送還のための手段を確立し、最終的には元の世界に帰る。


我ながら勇者らしさの欠片も無い消極的な行動方針が決定した。


居候が増えた以外、当初の行動方針と変わっていない。現状維持とも言う。






掃除したり、飯食ったり、話をしたり、そうこうしている内に引越し2日目の夜がやってきた。



「……この家に引っ越してからたった2日なのに、この家に引っ越す前と同じくらいの日数を過ごした気がする……」


「いいえ。それは気のせいです。ますたー」



気のせいらしい。フェアがそう言うのだから、きっと間違いない。




現在時刻、午後7時。


すでに三人とも就寝中。三人とも和室である。


寝る前には一悶着あった。黒夫と魅雪は2階の子供部屋に寝かせようと思っていたのだが、どうしてもムチムチさんと一緒に寝たいと言って譲らなかったので、わざわざベッドを運び込んだ。和室は三人分のベッドでほぼ埋まってしまっている。


幸か不幸か、騒いだおかげで疲れたらしく、日が落ちてすぐに寝入った。寝かし付ける手間が省けた。



「……見られても平気だとは思うけど……こっちはこっちで、あんまり詮索されたくないしな……」



異世界から召喚された勇者のスキルは異質である。特にスキル『電気設備』は、異世界に存在しない電気設備を創造するため、使っているところを見られると一目で異質さがわかってしまう。そこから自分が勇者である事がバレてしまうかもしれない。


バレたからと言って、別にどうするつもりも無いのだが、三人の前ではスキルの使用は最小限にしておきたい。



「さあ、みんなが寝ている内にメンテを終わらせるよ。フェア、体調は大丈夫だよね?」


「はい。大丈夫です。ますたー」



フェアが両腕の力こぶを見せ付けるようにグッとポーズを取った。当然、力こぶは出ない。可愛い。飛び掛けた意識を仕事に戻す。


まずは玄関のドアの修理。魅雪が力任せに抉じ開けた際に大きく歪み、蝶番が捩じ切れている。


壊れたドアを立てかけ、蝶番の部分に位置を合わせた。



「フェア、ドアの修復をお願い」


「はい。ドアを修復しました。ますたー」



破損部分が一瞬で修復された。新品同様。修復痕は目視では確認できない。オートロックとカードキーによる開錠は正常に稼働した。



「相変わらず見事だね、フェア」


「えへへー」



相変わらず、勇者の出る幕は無かった。




その後もサクサクと作業は進んだ。


バッテリーと貯水タンクの残量を回復。


電気柵は攻撃性を排除し、タッチセンサーの警報のみ稼働する柵に仕様変更。


防犯カメラと外灯を増設。


ウォーターサーバーのタンクの中身を回復。


冷蔵庫には、肉、魚、野菜、牛乳、卵などの食品を詰め込めるだけ詰め込み。


炊飯器に炊き立てご飯を補充。



「……これもう家電って言うより、食料生産装置だよなぁ……期待通りではあるんだけど、本当にどうなってるんだ、これ……」



相変わらず、物理法則ガン無視である。


某タヌキ型ロボットの未来道具に、こういう道具があった気がする。少し不思議と言うか、超不思議と言うか。



「ねえ、フェア。これ、どういう原理なの?」


「さあ?どういうげんりでしょうか?」


「……まあ、ほぼ魔法みたいなものだし、原理とか気にするだけ無駄か」


「いいえ。これは電気設備です。科学の産物です。ますたー」


「ええっ……まさかの科学扱い……。いや、さすがに無理無く無い、それ」


「十分に発達した科学技術は魔法と見分けが付かないものですよ。ますたー」


「そういう次元じゃない気がするんだけど……」



フェアがそう言うなら、きっとそうなのだろう。


昔の偉い人も似たような事を言っていた気がする。そして、世の真実と言うものは往々にして、逆もまた真なり。


つまり、フェアは科学よりも魔法よりも発達した何か凄いものに違いない。


さすがはフェアである。さすフェア。




衣食住の内、食と住の問題は片付いた。最後は衣である。ある意味、最大の難関と言っても過言では無い。


風呂場の脱衣所にあるドラム式の洗濯乾燥機。現在、中身はカラッポ。


蓋を閉じ、洗濯乾燥機に手を付いて、目を閉じる。意識を集中し、中身を想像する。



「冷蔵庫の中には食料が入っていて当然。同じように、洗濯乾燥機の中には洗濯物が入っていて当然。そうだよね、フェア」


「はい。当然です。ますたー」



蓋を開けた。ハンドタオルが入っていた。洗い立て、乾き立て、フワフワホカホカだった。



「よし、まずは成功。次はバスタオルを行ってみようか。4枚ね」


「はい。バスタオルです。ますたー」



蓋を閉じ、開けた。バスタオルが4枚入っていた。真っ白で真っ新なバスタオルだった。



「よし、それじゃあ次は男物の服を行ってみようか。今の格好でも問題無いんだけど、もうちょっとこう、ラフな感じの普段着が欲しいんだけど」


「はい。普段着です。ますたー」



蓋を閉じ、開けた。ジャージの上下が入っていた。芋ジャーだった。



「……いや、まあ、うん。確かに芋ジャーよく着てたけど。部屋着兼寝間着としてメッチャ重宝してたけれども」



高校の芋ジャーは、丈夫で、動きやすく、着心地が良くて、洗濯しやすい。


耐久性、柔軟性、保温性、吸汗性、耐洗濯性など、あらゆる性能に秀でた衣服の理想形である。見た目以外は。


高校卒業後も、普通に着ていた。断トツで着用時間の長い普段着ではある。外出予定の無い週末には、金曜日の夜から月曜日の朝まで芋ジャー姿で過ごした事もある。何度も。


ただ、さすがに芋ジャー姿で人前に出る勇気は無い。そんな勇者にはなれない。



「もうちょっとこう、ラフでありつつもフォーマルって言うか、近所に買い物に出かけられる程度のラフさって言うか、そういう感じの普段着がいいんだけど」


「はい。普段着です。ますたー」



蓋を閉じ、開けた。無地の長袖のシャツと綿パンが入っていた。ザ・無難。



「そうそう、こういうのでいいんだよ、こういうので」



これでいい。これが最適解だ。


いい歳こいた社会人の男が外見に気を遣いすぎても痛々しいだけである。清潔でTPOに合った服装でありさえすればいい。


男は、むしろオシャレな方がダサい。異論は認める。


元の世界の職場にいた、自称オシャレさんな課長の姿を思い出す。オシャレの定義を完全に勘違いしている人で、特に夏場のクールビズ期間中の服装の惨憺さたるや、筆舌に尽くし難い。他人の服装をダサいとか品評してる場合じゃない事に早く気付いて欲しい。



「よし、次は子供服を行ってみようか」


「はい。子供服です。ますたー」



蓋を閉じ、開けた。スモッグが入っていた。水色だった。



「いやこれ子供服って言うか、スモッグはカテゴライズとしては服じゃなくて作業着に近いんだけど。いや、まあ、作業着も一応服だけど」


「はい。作業着です。ますたー」



蓋を閉じ、開けた。ツナギが入っていた。学生時代からの愛用品と瓜二つ。洗っても洗っても落ちないシミが付いていた。



「何故ツナギ……。俺の分はいいから。子供服だよ、子供服。もっとこう、普通の小学生が普段から着ていてもおかしくない感じの奴だよ」


「はい。子供服です。ますたー」



蓋を閉じ、開けた。某有名小学校の制服が入っていた。男子生徒用だった。



「確かに、ある意味どんな普段着よりも制服の方が普段から着用しているだろうけど……。うわっ!これメッチャ触り心地いい!?」



取り出した某有名小学校の制服は、素人にもわかるくらい凄まじく質が良かった。安物とは手触りからして全然違う。某有名ブランドとコラボしたとか何とか、情報系の番組で特集が組まれていただけの事はある。


確か、まとめ買いしたスーツの総額を超える値段だったはず。高級品である。



「もう子供服はこれでいいか。着心地良さそうだし。……あれ?」



黒夫と魅雪が制服を着ている姿を想像しようとして、少し混乱した。



「小学生用の制服で良かったんだっけ?幼稚園生?小学生?身長どれくらいだったっけ?」



想像が微妙に噛み合わない。原因不明の奇妙な違和感があった。



「……本人を抜きにして服を選ぶってのは、やっぱり無茶だったかな……でも、これを見せるのもなぁ……」



衣服生成装置と化した洗濯乾燥機を見せるつもりは無い。


スキルの事は知られたくない。少なくとも、今はまだ。


とりあえず自分の事は後回し。今は服に集中しなければならない。山場は、まだ先だ。



「よし、次は下着を行ってみようか。子供用の奴ね」


「はい。下着です。ますたー」



蓋を閉じ、開けた。シャツとトランクスが入っていた。大人用だった。より正確に言うなら、今自分が身に着けている下着と大きさもデザインも同じものだった。



「これは大きすぎるよ。もっとサイズ小さくして。子供用だよ、子供用」


「はい。サイズ小さくしました。ますたー」



蓋を閉じ、開けた。シャツとトランクスが入っていた。物凄く小さかった。



「いやこれ小さすぎだから。これじゃあ着せ替え人形用だよ。中間くらいの大きさの下着がいいんだけど」


「はい。中間くらいの大きさの下着です。ますたー」



蓋を閉じ、開けた。シャツとトランクスが入っていた。中くらいだった。



「……これで合ってるんだろうか……やっぱり本人の体と合わせながらじゃないと難しすぎる……」



あまり自信は無いが、きっと合っている気がする、多分。


子供用の下着を持って悩み続けるのは怪しすぎるので、この辺で妥協する。ダメだった時は明日以降にまた挑戦すればいい。元より下着を履いていなかったのだから、数日間ノーパンに制服ズボンでも文句は言わないだろう。


女児用パンツは難易度が高いとかいう次元を軽く天元突破しているので、最初から挑戦しない。子供なら男女兼用で問題無いはずだ。同じサイズの下着を量産しとけばいい。



「さて、次は女性用の服を行ってみようか」


「はい。女性用の服です。ますたー」



蓋を閉じ、開けた。バニースーツが入っていた。黒兎だった。



「よりにもよって何故バニー!?」


「わたしは要請に応える者です。ますたー」


「こんなん要請した覚え無いんだけど!?」



風評被害である。誤解されないようにあえて言うが、断じてバニースーツなど要請していない。断じて。


余談だが、バニースーツは元々、某男性向け雑誌の性欲旺盛なオスのウサギをイメージして作られた女性専用のスーツである。あくまでもスーツであるため、首元には襟と蝶ネクタイ、手首にはカフスが必須である。これが無いと、ただの破廉恥な衣装になってしまう。とても大切な事なので念を押すが、バニースーツには襟と蝶ネクタイとカフスが必須である。色は何色でも良いが、極めてフォーマルなスーツなので、蝶ネクタイだけは黒色でなければならない。


カラフルな蝶ネクタイは邪道。異論は認めない。



「これ、出来損ないのレオタードみたいなのじゃなくて、業務用に作られた本物だ……。ちゃんとしたのって、結構いい値段するんだよなぁ……。うん、勿体無いから一応取っておこうかな。一応ね、一応。わざわざ捨てるのも勿体無いし、そもそも捨てる場所も無いし、取っておくしかないよね。うんうん、これはしょうがないなぁ」


「ますたー。しょうがないのですか?」


「しょうがないのだよ、フェア」



しょうがないのである。


自分は全然、全く、これっぽっちも要請はしていないが、フェアが出してしまったのだから、しょうがないのである。



「これはこれとして……。もうちょっと普通の服と言うか、体を締め付けない緩い感じの服が欲しいんだけど。病院で着るような服って言えばいいのかな。なんかそんな感じの奴で」


「はい。病院で着るような服です。ますたー」



蓋を閉じ、開けた。白衣が入っていた。XLサイズだった。



「いや、病院で着る服って、こっちじゃないんだけど……。しかもこれ、服の上から羽織るものだし……」


「ますたー。駄目だったでしょうか?」


「あ、いや、ダメじゃないよ。うん。これはこれでいいものだよ、うん」



ふと、ムチムチさんが女医の格好をしている姿が脳裏に浮かんだ。


案外、似合っているかもしれない。お医者さんごっこしたい。思考が乱れた。



「ええっと、こういうのじゃなくて……、うまく言えないんだけど、もう何でもいいから普通の服。女性用の普通の服なら何でもいいから」


「はい。女性用の普通の服です。ますたー」



蓋を閉じ、開けた。上下ヒョウ柄の服が入っていた。某地方の中高年層の女性に限定して、普通の服。超ド派手。普通の概念が壊れる。



「ええっと、あの、これが悪いって訳では無いんだけど……。もうちょっとこう、大人しいデザインの服がいいんだけど」


「はい。大人しいデザインの服です。ますたー」



蓋を閉じ、開けた。上下トラ柄の服が入っていた。ヒョウ柄よりは大人しいような気がしなくもない。単品で見れば全然大人しくない。



「いやこれ違うでしょ!?」


「ますたー。違いましたか?」


「いや違ってはいないんだけど。確かに普通と言えなくはないし、悪くはないんだけど。フェアは全然悪くはないんだけれども。もっとこう不偏的かつ全年齢的な普通って言うか、グローバルにしてユニバーサルなデザイン的な意味での普通って言うかね。そういうの。俺の言ってる事わかる、フェア?」


「いいえ。わかりません。ますたー」


「だろうね。俺も何言ってんのか自分でもよくわかんねえし。ああもう、うまく伝えらんねえ!」



そもそも普通の女性服なんぞ知らん。普通って何だ。錯乱しかけた思考を、普通に深呼吸をして落ち着ける。普通の冷静さを取り戻す。



「フェア、何でも良くは無いけど何でもいいから普通の女性服。とにかく普通だよ、普通。女性が年に何回も着るような服。何でもいいから、そういう服を出して欲しいんだけど」


「はい。女性が年に何回も着るような服です。ますたー」



蓋を閉じ、開けた。セーラー服が入っていた。卒業した中学校の制服だった。



「そりゃあセーラー服なら年に何回も着るだろうけれども……これは絶対に着せちゃダメな奴だろ……」


「ますたー。駄目ですか?」


「これはダメだよ……」



ふと、ムチムチさんがセーラー服を着ている姿が脳裏に浮かんだ。


似合わない。似合わないからこそ、似合っていた。完全にそっち系のお店の人である。



「……そう言えば、ムチムチさんって歳いくつなんだろう……エルフなんだし、外見と実年齢が一致してるとは限らないよな……」



下手をしたら、亡くなった祖母よりご高齢な可能性もある。そんな女性にセーラー服を着せるとか、倒錯ってレベルじゃない。



「とにかく女性服だよ。もうこの際、普通じゃなくてもいいから、日常的に着てても問題が起きない女性服でお願い」


「はい。女性服です。ますたー」



その後も、何度も閉じては開け、閉じては開け、洗濯乾燥機から女性服を取り出し続けた。


メイド服。


チャイナ服。


ナース服。


サンタ服。


巫女服。


割烹着。


ゴシックロリータ。


ラバーキャットスーツ。


エプロン(無地、青)


エプロン(ねこ柄)


エプロン(市松模様、黒と緑)


エプロン(ピンクのハート形にフリルがたくさん付いてる)


エプロン(前掛けタイプ、無地、赤)


二―ソックス。


ハイソックス。


ルーズソックス。


ストッキング。


ガーターベルト。


包帯。


布マスク。


毛糸。


首輪。


絆創膏。


問題だらけの女性服しか出て来なかった。服以外の物も交じっている気がするが、いずれにしても問題しか無い。



「……もう女性服にこだわらなくても別にいいかな……当面は今のスーツのままでもいいか……ちょっと窮屈そうではあるけど……」



粘ってみてが無理だった。女性の普段着にさほど興味の無い自分の想像力では、端から無理があったと認めざるを得なかった。


ここであまり想像力を酷使しては、最大の山場を越える前に息切れしかねない。


頭を振って女性服の事を思考から追い出す。気合を入れ直す。



「……これからが本当の戦いだ……」



ここまででも苦戦したが、そんなものは前哨戦にすぎない。大一番の決戦はここからである。



「……やるしか無いよなぁ……いつまでもノーパン、ノーブラって訳にもいかないし……」


「ますたー。ますたー。のーぱんのーぶらってなんですか?」


「……フェアは知らなくてもいい事だよ」



現状のムチムチさんの格好はマズい。マズすぎる。主に自分の精神の安寧に多大な悪影響がある。一刻も早く対策を取らなければならない。明日以降なんて悠長な事は言っていられないのだ。


理性が維持できている内に、どうにかしなければならない。真面目な話である。


求める物が物だけに、想像に時間をかけ過ぎれば呑まれる危険がある。長期戦は不利。一発で決めてみせる。


洗濯乾燥機に手を付いて、目を閉じる。意識を集中し、中身を想像する。



「フェア、女性用の下着、出して」


「はい。女性用の下着です。ますたー」



蓋を閉じ、開けた。上下揃いの下着が入っていた。決戦用のスケスケだった。



「エグッ!?よりにもよって何故こんなエグいの出したの!?」


「わたしは要請に応える者です。ますたー」


「こんなん要請した覚え無いんだけど!?」



風評被害である。誤解されないようにあえて言うが、断じて要請していない。風評被害である。


色は黒。高級感溢れるレースがふんだんに使用されている。きっと透き通るような白い肌に映えるだろう。いや違うそうじゃない。


肝心な部分には結び目があり、紐解くと完全開口する仕様。攻撃重視のノーガード戦法である。是非これを身に着けて攻めに来て欲しい。違う間違えた。


防御力ゼロ。むしろ防御力マイナス。その分、高い攻撃誘導効果を持つ優秀な装備品である。よし攻めよう。間違えた違う違う。



「き、危険だ……これ以上は危険……しかし諦める訳には……っ……」



一発で決めたかったが、仕方が無い。もう一発。今度こそ決める。



「あの、フェア、もうちょっとこう、防御力高めの奴が欲しいんだけど」


「はい。防御力高めです。ますたー」



蓋を閉じ、開けた。ビキニアーマーが入っていた。円盾も入っていた。



「防御力ってそういう意味じゃないよ!?そもそもこれ防御力高いの!?」


「オリハルコン製は伊達ではないのです。ますたー」



意外と造りは良かったが、防具として役に立つかどうかは不明である。肌の大部分が剥き出しの防具に需要はあるのだろうか。



「……いや、意外と悪くないのか、この方向性は。アーマーじゃない普通のビキニなら一応、下着の代わりになりそうだし。フェア、ビキニで」


「はい。ビキニです。ますたー」



蓋を閉じ、開けた。ビキニが入っていた。マイクロだった。



「ちっさ!?これちっさ!?なんでこんなちっさいの!?」


「わたしは要請に応える者です。ますたー」


「こんなん要請した覚え無いんですけどぉ!?」



風評被害である。風評被害なのである。


放送倫理コードに果敢に挑戦する極小サイズだった。それでも一応、まがりなりにもビキニはビキニなので、上下とも必要最小限、覆うべき部分は無事に覆われている。必要最小限。


最初の下着と比べれば、大分マシと言えばマシ。本当に必要最小限だけしか覆われていないが、覆われていないよりは遥かにマシな事だけは間違いない。


肝心な部分が完全開口する仕様の下着と比べれば、実用にも耐えるだろう。ほぼ確実にかなりの量の肉がはみ出すと思うが、完全開口よりはマシなはずだ、多分。


もう想像するの疲れた。もうこれでいい気がする。もうゴールしてもいいだろうか。



「「「……………………」」」



ふと、嫌な気配を感じた。


顔を上げると、金、黒、紫の瞳がドアの隙間からこちらを覗いていた。


マイクロを持つ自分の手元を凝視していた。



「こ、こんばんは」



とりあえず挨拶してみた。



「「「……………………」」」



そっ閉じ。



「ちょっと待て!誤解!これ誤解だから!」


「ますたー。誤解ですか?」


「誤解だよ!って言うか誰のせいだと思ってんの!?」


「ますたーです」


「ああそうだよ俺のせいだよチクショウ!」



フェアの創造力は、自分の想像力に応じて発動する。誰かのせいにできるはずも無かった。


とは言え、こんなものを望んでいた訳では無い。本当に本気で、普通の服や下着を出そうと思っていたのだ。


ただ、ムチムチさんに着せる服と下着を想像して、想像力の暴走を止められなかった。どうしても止められなかった。


男の心の奥底には、決して飼い慣らされない獣が住んでいるのである。



「「「……………………」」」


「あの本当に違うんです誤解なんです聞いてくださいお願いします」



必死に追い縋り、ジト目の視線に耐えながら釈明する羽目になった。


スキルの事を知られたが、どうにか誤解は無事に解けた。


……と信じている。




前向き思考だ。こういう時こそ前向きに考えよう。


スキルがバレたという事は、もうコソコソしなくてもいいのだ。今回はコッソリ夜間にメンテを行ったが、次からは堂々と昼間にメンテできる。そう考えれば、きっとこの状況は悪くない、多分。


そうとでも思わないとやってられない。



「……こちら、お納めください」


「「「……………………」」」



ちなみに、自分が要請していない事を証明するため、衣類は全て手放した。捨てるのもアレなので献上したが、献上品がどう扱われるのかは、知らない。


女性用の下着は、何かで代用したらしい。何で代用したのかは聞けなかった。


洗濯機あるある。


何故か絆創膏が入っている。

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