14.電設のヒデオさん、名付ける。
電気で動く全てのものは、妖精さんにとっては電気設備扱いである。それは家電に限らない。
「妖精さん、ボール」
「はい。ボールです。ますたー」
ボールが出た。電源を入れると内部の重心位置が移動して不規則な軌道を描くオモチャである。
通勤カバンから取り出したように見せかけて、リビングに適当に放った。
「また何か変なの出た!」
「ウゴウゴしてるの!」
子供達は一瞬でボールに釘付けになった。一定の距離を保って付かず離れず、ワイワイ騒いでいる。
本来はペット用のオモチャなのだが、それは言わない方がいいだろう、多分。
子供達の注意が逸れている間に、エルフの女性を介護ベッドに寝かせ、話を聞く事にした。
「あの、ヒデオ殿。気遣いは大変ありがたいのだが、私の体はもう大丈夫なのだが……」
「大丈夫なはず無いでしょう。昨日の今日でもう傷が治ったとでも言うつもりですか」
「そ、そうなのだ。私にも何が起こったのか不明なのだが、何故かすでに完治しているのだ」
「はいはい、わかりました。わかりましたから休んでください」
「それ絶対わかってない言い方!待ってくれ、本当にもう傷は治っているのだ!ほ、ほら、見てくれ!」
「服をめくらないでください!」
ベッドの上で女性が腹を見せた。
細身ながらも引き締まり、かと言って、筋肉が付きすぎているという事も無い。完璧なプロポーション。それを惜し気も無く晒してくる。
こちらとしては目の保養になって大変結構なのだが、美人なのに男に対する警戒心が低すぎて少し心配になる。
よくここまで辿り着けたな、この人。
「とにかく、しばらくは安静にしててください。覚えていないかもしれませんが、一度息の根が止まってるんですよ」
「あ、ああ、それならば朧気ではあるが、記憶にある。この屋敷の周囲に張り巡らされた結界に不用意に触れてしまったせいで、手痛い反撃を食らってしまったのだったな」
「電気柵の事ですね。それに関しては、こちらの落ち度です。出力は低く抑えているつもりだったんですけど、思ったより強かったみたいで。すみませんでした」
「謝罪は不要だ。こちらが不用心だっただけだからな。まさか、魔力反応の全く無い結界があるとは……。それに、本当にもう体の方は問題無い」
「それはそれです。今は休んでください」
「し、しかし……」
「もしも本当に傷が治っていたとしても、それで油断してはダメですよ。病気でもケガでも、治りかけが一番危険です。表面的には大丈夫に見えても、体の奥にダメージが残っている事はよくあります。わがまま言わないで、大人しくしててください」
「……そうだな。わかった」
説得のおかげで女性は大人しくなった。不承不詳という様子ではあったが。
横になった女性に毛布を掛け、ベッドの横に座る。ようやく落ち着いて話ができる。
「それでは、改めて自己紹介を。私は白木英雄と申します。仕事は……今は故あって休職中です」
無職ではない。断じて。
無断欠勤続きで会社の席がどうなっているのか不安になるが、それは今ここで悩んでもどうにもならないので、一時忘れる事にする。
召喚直前の事はあまり覚えていないが、防犯カメラや目撃者などが近くにいれば、事件に巻き込まれた被害者として席が残っている可能性は低くないはずだ、多分。
「そちらのお名前をうかがってもよろしいですか?」
失職の不安を押し隠して問いかける。女性は顔を伏せた。
「……すまない。私の名は教えられない」
「そうですか。じゃあ本名はいいので、偽名を教えてください」
「ぎ、偽名?えっ、偽名で良いのか?本名ではなく?」
「偽名でいいですよ」
「えっ、ホントに?偽名で?」
「偽名で」
良い訳が無い。
良い訳が無いのだが、これに関しては、最初からあまり期待していなかった。
「な、何故だ。私が言うのもどうかとは思うが、何故偽名でも良いなどと言える。本名を知ろうとは思わないのか?」
「そりゃあ知りたいですけど。こちらが知りたいと言ったら教えてもらえるんですか?」
「い、いや、それは、教えられないが……、しかし本当に良いのか?」
「いいですよ、別に。何かしら秘密があったとしても、それを無理に暴こうとは思いません」
「そ、そうか……」
ここは名も無き無人の荒野、通称『絶望の荒野』のド真ん中。犯罪者すらも逃げ込まないと謳われる忌地。
こんな所に来るような人は、碌でも無い秘密を抱えているに決まっている。そんな事は、最初からわかっている。こんな所に住んでいる自分が一番よくわかっている。
異世界から召喚された勇者で、勇者をやるのが嫌だから城から逃げ出してここまで来たとか、他人には言えない秘密である。
気には、なる。確認しておいた方がいいのは、わかっている。しかし、重傷者を追い詰めてまで聞こうとは思わない。そう思えるほど、自分のメンタルは太くない。
身体的には勇者級でも、精神的には小市民のサラリーマン。殺人現場で死体を前にしても平然と他人の秘密を追及する某少年探偵のようには振舞えない。
「名前が教えられないと言うなら、それでもいいです。ただ、本名は別にいいんですけど、名前が無いとどう呼んでいいのか困りますから、とりあえず偽名だけでも教えてください」
「な、なるほど。それで偽名を聞いてきたのか。いや、しかし、偽名か……偽名……」
「もしかして、偽名も教えてはいただけませんか?」
「い、いや、そうではないのだが、偽名でも良いなどと面と向かって言われるのは初めてでな……。いざ偽名をと考えてみると、良い名が思い付かなくてな……」
しばらく悩んでいた女性は、顔を上げてこちらを見た。
「ヒデオ殿、もし良ければ、貴殿が名を決めてくれないか?」
「えっ、私がですか?」
「ああ、そうだ。それが良い。私の名を呼ぶのは貴殿なのだから、貴殿が名を付けてくれるのが良いように思える」
「そういうの苦手なんですけど……。自分の名前くらい自分で考えてくださいよ。自分の理想の名前とか、こんな名前がいいとか、そういうの無いんですか?」
「無いな。何でも良い。強いて言えば、貴殿が決めてくれた名が良い」
無茶ぶりされた。エルフの女性に相応しい名前など見当も付かない。
「どんな名前でもいいんですか?」
「ああ、どんな名でも良い」
「それじゃあ、名前は『ムチムチさん』にしましょう」
「む、ムチムチさんだと!?なんだそれは!?」
ムッチムチなエロボディの女性に向かって、名は体を表す偽名を投げ付けた。
無茶ぶりの腹いせでは無い。あくまでも、体を表す名前を付けただけである。
「どうかしましたか、ムチムチさん。ムチムチさんという名前が気に入りませんか、ムチムチさん。ムチムチさんが何でもいいって言ったんですから、ムチムチさんと呼んでもいいですよね、ムチムチさん」
「何度もムチムチ言わないでくれないか!?」
「ムチムチさんが自分の名前を他人任せにしたのが悪いんですよ。ムチムチさんと呼ばれるのが嫌なら、ムチムチさんの名前はムチムチさんが自分で考えてください、ムチムチさん」
「わ、わかった、わかったから勘弁してくれ!」
ムチムチさんは、ムチムチさんという名前が気に入らないらしい。半分本気で名付けたのだが、半分残念である。
「特に急かしたりはしませんので、ムチムチさんの新しい名前はムチムチさん自身に考えてもらうとして」
「まだ言うのか!?」
「子供達の名前を教えていただけますか?」
猫耳少年と鬼の少女の名前を聞くと、ムチムチさんは再び顔を伏せた。
「……すまない。あの子達の名は教えられない」
「そうですか。じゃあ本名はいいので、偽名を教えてください」
「……ふふっ、貴殿ならそう言うのではないかと思ったよ」
ムチムチさんは小さく笑うと、こちらを見た。
「ヒデオ殿、もし良ければ、貴殿が名を決めてくれないか?」
「……本気ですか、ムチムチさん?」
「ああ、本気だとも」
ムチムチさんは、真剣な瞳をしていた。
「不義理である事は承知している。だが、詳しくは言えない。今、私があの子達に名を付ける訳にはいかないのだ」
「……………………」
「頼む、ヒデオ殿。あの子達のために、どうか良い名を付けてくれないだろうか」
ムチムチさんは、ムチムチさんという名前を付けられて尚、子供達の名付けを頼んできた。ふざけた様子は無い。
「本当に苦手なんですけど……、まあいいですよ」
「すまない。よろしく頼む」
美人の頼みは断れない。それが男という生き物である。
「おーい、二人とも、ちょっとこっち来てくれ」
リビングでボール遊びしている子供達を呼び寄せた。
「おじちゃん、どうしたの?」
「なんだ、ニンゲン?」
猫耳少年と鬼の少女が近寄って来る。今更ながら自己紹介していない事を思い出した。
「そう言えば、お前にはまだ名乗ってなかったな。俺は白木英雄だ。黒いの、お前の名前は?」
「オレか?オレは……、あれ?オレの名前、何だっけ?」
猫耳少年は自分の名前を覚えていない様子だった。演技をしているようには見えない。
昨晩、鬼の少女は名前が無いと言っていた。いずれにしても、普通では無い。
「何だったっけ……、そうだ、思い出した。8番だ」
「はっ?お前、何を言って――」
「オレは8番だ」
何でも無いように、猫耳少年が言った。自らを番号呼びし、それを当然の事として受け入れている姿に、言い様の無い不快感が胸の奥から湧き上がる。
「そんなの名前じゃない!」
「……っ……」
思わず声を荒げた。大声に、猫耳少年がビクッと体を震わせる。鬼の少女が怯えた目でこちらを見ていた。
「……悪い。怖がらせたな。すまん」
子供達に向かって、頭を下げた。
事情を知っているはずのムチムチさんを問い詰めたい気になるが、そんな事よりも、まずは名前だ。
本当に名前は無いのか。本当は名前があるのに知らないだけなのか。判別は付かない。いずれにしても、名前がいる。真っ当な名前が。
黒い猫耳に黒い瞳の少年。
白髪に小さな二本角を生やした紫の瞳の少女。
良い名前を付けてあげたいが、こういうのは苦手だ。
奇を衒ってキラキラネームを付けても碌な事は無い。こういう場合はシンプルに考えた方がいい。
「うーん……、猫太郎、猫ノ介、猫衛門……、黒太、黒介、黒夫……、よし、決めた。お前は『黒夫』だ」
「クロオ?」
「そうだ、黒夫だ。俺はお前の事を黒夫と呼ぶ」
「クロオ……、オレ、クロオ?」
「黒夫は嫌か?嫌なら変えるけど」
「クロオ!オレはクロオだ、クロオだぞ!」
黒夫は黒い瞳をキラキラさせていた。どうやら気に入ってもらえたようだ。
鬼の少女が、黒夫を羨ましそうに見ていた。こっちにも早く名前を付けないといけないが、女の子の名前は男以上に難易度が高い。
「うーん……、鬼子、鬼実、鬼恵……、白子、白実、白恵……、どうもしっくり来ないな……」
「……………………」
「待って。ちょっと待って。すぐ考えるから」
無言の圧力が怖い。
「方向性を変えるか……、鬼が部首の漢字とか……、白い兎、白い雪……、よし、決めた。お嬢ちゃんの名前は『魅雪』だ」
「ミユキ?」
「そうだ、魅雪だ。俺はお嬢ちゃんの事を魅雪と呼ぶ」
「ミユキ……、ボク、ミユキ?」
「魅雪は嫌か?嫌なら変えるけど」
「ミユキ!ボク、ミユキなの!」
魅雪が嬉しそうに笑った。気に入ってもらえたらしい。
「オレはクロオだぞ!」
「ボクはミユキなの!」
「ミユキ!クロオだぞ!ミユキ!」
「クロオ!ミユキなの!クロオ!」
「ミユキ!クロオ!」
「クロオ!ミユキ!」
黒夫と魅雪は互いに名前を呼び合いながら、意味も無くグルグル回っていた。なんか思った以上に喜んでる。頑張って考えた甲斐があるというものだ。
「……ヒデオ殿」
黒夫と魅雪を見て、ムチムチさんは困った顔をしていた。
「ヒデオ殿、あの子達に付けた名は……」
「いい名前でしょう。自画自賛になりますけど、即興で付けたにしては割といい線行ってますよね」
「ま、待ってくれ、ヒデオ殿。貴殿、まさかあの名、本気で付けたのか?」
「何を言ってるんですか。本気に決まってるでしょう。子供の名前をふざけて付けたりしませんよ。ふざけ半分で付けたのはムチムチさんの名前だけです、ムチムチさん」
「ムチムチ言わないでくれないか!?……い、いや、それはともかく、本気だったのか……」
ムチムチさんは更に困った顔になった。
「差し出口だが、貴殿の名付けは軽すぎるぞ、ヒデオ殿。子に名を付けるというのは、子に祝福を授けるに等しい行為だ」
「祝福ですか?」
「そうだ。個体識別のための記号を付けるのとは違う。その子の幸福を願い、その子の将来に想いを馳せ、もっと深い意味を込めた名を付けるものなのだ。それなのに、あのような――」
「違います」
絶対に許容できない事を、ムチムチさんは言った。
「子供の名前に深い意味を込めてはいけません。絶対に」
「ひ、ヒデオ殿?貴殿は何を言っているのだ?」
「絶対にそれはやってはいけないんです」
例えば、普通のサラリーマンと普通の主婦の間に生まれた普通の子供に、英雄のようになって欲しいからって、英雄のような名前を付けてはいけない。
英雄のような名前を付けられた所で、普通の子供は英雄のような大人にはなれないし、英雄のようには生きられない。
普通の子供は、普通の大人になり、普通に生きる。英雄のような名前は、ただの重荷にしかならない。
精々、名前負けだと馬鹿にされるのがオチだ。
他の名前でも、それは変わらない。
優しくなって欲しい。勇ましくなって欲しい。優れた者になって欲しい。秀でた者になって欲しい。美しくなって欲しい。愛らしくなって欲しい。
親がそう望むのは、別にいい。胸の内で何を望もうと、それは勝手だ。でも、その勝手を子供に押し付けられても、子供は困るだけだ。
名前に深い意味など不要。むしろ害悪ですらある。
子供の未来を、勝手に決めるな。自分の未来くらい、自分に決めさせろ。
「子供の事を想って大仰な名前を付けても、いい事なんてありません。名付け親は祝福のつもりなのかもしれませんけど、大仰な名前を付けられた子供にとってはいい迷惑ですよ」
「ヒデオ殿……」
「むしろ呪いみたいなものです。人生を縛る鎖ですよ。子供の人生は、子供のものです。たとえ実の親であっても、子供の人生を縛るような名前を付けてはいけないんです」
「……………………」
「もっと簡単でいいんです。いえ、簡単な方がいいんです。音の響きが良かったからとか、字面が良かったからとか、そういうのでいいんですよ、子供の名前は」
「……そうか」
ムチムチさんは、深くうなずいた。
「敢えて深い意味を込めない事こそが、貴殿なりの祝福の形か」
なんか過大評価されてる気がする。美人からの過大評価は、背中が痒くなる。
「そうまで想われて名を付けてもらえるとは、あの子達は幸せ者だな」
「大袈裟ですよ。呼びやすい名前を適当に付けただけです」
「ふふっ、そうか。そう言う事にしておこう」
「それ絶対わかってない奴ですよね」
「いやいや、わかっているとも。……しかし、貴殿の想いは理解したが、やはりどうかと思うぞ、私は。ミユキの方は良い名だと思うが、クロオと言う名には再考の余地があるように思えるのだが……」
「そうですか?黒夫、いい名前でしょう?呼びやすいし、覚えやすいし、わかりやすい。完璧です」
「……まあ、私が横から口を出すのも筋違いか。ミユキもクロオも名を受け入れている。もう何も言うまい」
ムチムチさんの視線の先では、黒夫と魅雪がまだグルグルしていた。飽きないのだろうか。
「あの子達の名はそれで良い。それはそうとして、それ以外にも気になっている事があるのだが、聞いても良いだろうか?」
「あ、はい。何ですか?」
「……そちらに浮いている小さい女性は何者なのだろうか?」
ムチムチさんの視線が、妖精さんに向く。これは完全に見えている反応だ。
猫や鬼にも見えたのだから、エルフに見えても不思議では無い。
「ええっと、こちらは私の妖精さんです」
「妖精だと?そんなものが本当に実在すると言うのか?」
どうやら異世界のエルフにとっても、妖精の存在は普通では無いらしい。
今までは、異世界だから妖精くらいいても不思議では無いと気楽に考えていたのだが、ムチムチさんの反応を見る限りでは、違うようだ。
こっちの世界に妖精はいないのか。あるいは、いてもUMAくらい希少なのか。少なくとも普通では無い事だけは確定である。
「実を言いますと、私にも妖精さんの事はわからない事が多くて……。まだ出会って1ヶ月ほどなんです」
「な、なるほど、そうなのか。よもや妖精が本当に実在していようとは、世界は広いな」
無理矢理納得するように、ムチムチさんはうなずいた。
「それで、彼女は何と言うのだろうか?」
「何とは?」
「いや、だから、彼女の名だ。彼女は何と呼べば良いのだろうか?」
「妖精さんの名前ですか?……そう言えば考えた事無かったな……」
今まで特に何も考えずに、妖精さんの事を『妖精さん』と呼んでいた。改めて考えてみると悪い事をしていた気がする。
例えるなら、猫に向かって『猫さん』と呼びかけ続けていたようなものだ。野良猫ならそれでいいかもしれないが、家族の一員である猫にそれでは、あんまりだろう。
「ねえ妖精さん。妖精さんのお名前は?」
「わたしは要請に応える者です。ますたー」
「ああ、うん。それは知ってるけど、そうじゃなくてね」
「ますたー。この身。この生。この命。全て。ますたーの思うがままです」
なんか重たい事を言っていた。ちょっとヤンデレっぽい。そして可愛い。まさか妖精さんの正体はヤミの妖精なのか。思考が逸れた。
「ええっと、それはつまり、妖精さんの名前は俺が好きに付けていいって事かな?」
「ますたーの御心のままに」
妖精さんの名前を付けるとか、責任重大である。難易度インフェルノ級。
「うーん、妖精さんの名前か……、妖子、妖実、妖恵……、蝶子、蝶実、蝶恵……。あんまり和風の名前は似合わないか……」
「……………………」
「……あの、あんまり期待しないでね?」
「はい。期待しません。ますたー」
言葉とは裏腹に、妖精さんは全身で物凄くワクワクしていた。可愛い。可愛いけど凄い重圧。
気負いは禁物だ。考えすぎるとドツボにはまる。シンプルに考えた方がいい。
「妖精……フェアリー……。よし、決めた。妖精さんの名前は『フェア』にしよう」
「フェア?」
「どうかな、フェア。嫌なら別の名前を考えるけど」
「フェア。ああ。フェア。フェア。ああ。ああ。フェア。ああああああああ」
「ちょっ、大丈夫、妖精さん?」
「いいえ。わたしはフェアです。是非フェアとお呼びください。ますたー」
壊れたラジコンのようにカクカク震えて不安になったが、喜んでいるらしい。可愛い。可愛いけど、少し怖い。
「フェア、気に入ってもらえたみたいだね」
「はい。フェア。大変素晴らしい名前です。このような壮麗にして燦爛たる御名を授けて頂けるとは望外の喜び。魂が歓喜に打ち震えております。歓天喜地とは正にこの事です。ますたー」
「ああ、そう……」
喜ばれすぎて少し怖いが、喜んでいるのだから問題無いだろう、多分。
「ありがとうございました。ますたー」
「ぶべっ!?」
喜びすぎたフェアが、顔面に張り付いてきた。小さな手が目に当たって、地味に痛い。どんなに可愛くても、さすがに目に入れたら痛い。
「ますたー。ますたー。ああ。ますたー」
「お、落ち着いて、妖精さん」
「フェアです。フェアとお呼びください。ますたー」
「わかった、わかったから、ちょっと落ち着いて、フェア」
「わたしは常に冷静沈着を心掛けています。ますたー」
「心掛けてても実践できてないから。いいから離れて、フェア」
顔からフェアを引き剥がし、ムチムチさんに向き直る。
「ええっと……、それでは改めまして、こちらはフェアです。私の妖精さんと言いますか、取り憑かれていると言いますか、まあそんな感じです。フェア、ムチムチさんにご挨拶して」
「わたしはフェアです。宜しく御願いいたします。ムチムチさん」
「……もうムチムチは勘弁してくれ……」
可愛いフェアからムチムチさんと呼ばれて、ムチムチさんの顔は引き攣っていた。




