150.電設のヒデオさん、指輪をはめる。
「俺を、幸せにしてください」
「……………………」
なんか口から出た。
自分の声が脳に届き、我に返って絶望した。
これは酷い。
「いや今のは違う違いますああいや違うか違わないかで言えば確かに違わないと言うか確かに俺の本音ではあるんですけれども今のは無しって言うかちょっと言い間違えたと言うかさすがに言葉を飾らないにもほどがありすぎててそりゃあ言葉を飾らずに言えばさっきのアレになりますけど他に言い様があるだろって言うアレだしいやホントちょっと自分でもどうかと思うくらい今のアレはあんまりにも本音が明け透けすぎるんでここは一つ聞かなかった事にしていただきたくリテイク希望ですリテイク勿論タダでとは言いません一先ず手付金の代わりと言ったらアレですけど一旦これ差し上げますのでどうか一つご検討のほどよろしくお願いいたします」
「……………………」
テンパったまま続けて口から出た言葉が、更なる絶望を呼び込む。
リテイクって何だ。どこのアホだ、プロボーズのリテイクとか要求してるのは。
しかもテンパりすぎて先に押し付けちゃったよ指輪。
ここからどう挽回すりゃいいのよコレ。
「「……………………」」
指輪を渡した姿勢のまま、床を見つめる。
怖くて顔を上げられない。
「……ヒデオ殿」
「ひゃい」
変な声が出た。
「ふふっ。変な声だな」
「……………………」
かけられた声は柔らかかった。
恐る恐る、顔を上げる。
ムチムチさんは、指輪を見つめて微笑んでいた。今まで見てきて一番美しい笑顔だった。
しばし見惚れた。
「この指輪、凄い品だな」
「……………………」
「本当に私なんかがもらっても良いのか?」
「……………………」
「うん?ヒデオ殿?やはり、もらってはダメなのか?」
「……あっ!?は、はい、どうぞ!もらってください!」
「本当に良いのか?」
「むしろ受け取ってもらえない方が困ります!」
「そうか。では、ありがたく」
言いながら、こちらに指輪が差し出された。
受け取ると見せかけて、まさかの即行で返品とは。
上げて落とすかな。
「どうだろう。折角だから貴殿に着けてもらいたいのだが」
「あ、はい。そういう事でしたら」
返品じゃなかった。とりあえず受け取ってはもらえそうだ。
「ええっと……。どの指にします?」
手元に戻って来た指輪を見て、少し迷った。
このまま進めていいんだろうか。
「貴殿は、どう思う?最も似合うのは、どの指だろうか」
言いながら、こちらに左手が差し出された。
選んでいいのか。
「……それでは、薬指で」
指輪をつまんだ指が、緊張で震える。
震えながら、ムチムチさんの左手を取る。
ガッチガチに強張っていた。
「あの、ムチムチさん?もうちょっと力抜いてもらわないと、うまく入れられないんですけど……」
「あ、ああ、すまない。何分、慣れてなくてな。恥を忍んで言うが、実はこれが全くの初めてなのだ。こういうのには、とんと縁が無くて、自分でした事も無い」
「えっ?そうなんですか?」
「すまないが、力尽くで入れてくれないか?」
「いえ、そういう訳には……」
「柄にも無く緊張してしまって、力を抜きたくても抜けないのだ」
「そういう事なら、後日にでも改めてしましょうか」
「いいや、今が良い。私は今、入れて欲しいのだ」
「無理に入れたら痛いと思いますよ?」
「構わない。多少の痛みくらい平気だから、このまま入れてくれ」
「いや痛いのはダメでしょ……」
「日を置く方が嫌なのだ。さあ、貴殿のそれを入れてくれ。今すぐに、だ」
「……まあ、ムチムチさんがそう言うなら入れますけど……。なるべく痛くないように、ゆっくり入れますね」
「いや、一思いに頼む。長引かせては、かえって痛そうだ」
「ダメですよ。乱暴に入れてケガでもしたらどうするんですか」
「大袈裟だな。ただ入れるだけなのにケガも何も無いだろう。擦れて少し血が出るかもしれないが」
「とにかく、ゆっくり入れますからね。その代わりと言ったらアレですけど、痛かったらすぐに言ってください。途中でもすぐ止めますので」
「入れられる痛みより、途中で止められる方が嫌なのだが……。痛みに我慢できずに声を上げたら私の負けと言う事だな。よし、どんなに痛くても我慢して見せようではないか」
「変な所で根性出さないでください」
話してる内にリラックスできたのか、強張りが緩んだ。
「「あっ」」
スルッと入った。
「ふふっ。一気に根元までズッポリ行ったな、貴殿のこれ」
「痛くなかったですか?」
「いいや、全く。不意打ち気味だったが、少しも痛くなかったぞ」
「そうですか。良かった……」
「しかし、見事にハマっているな。私には少し大きいように見えていたのだが、こうして実際にハメてみると、まるで専用かと思うくらいピッタリだぞ」
「そんなにサイズ合ってるんですか?」
「ああ、キツすぎずユルすぎず、実に良い心地だ」
細くて美しい指に、指輪がよく似合っている。
単品で見たらデカくてゴツいエメラルドなのに、品良く見えるのが不思議だ。
何を着けても似合うな、この人。
「ヒデオ殿。……私は、貴殿を幸せにしたい」
指輪を見つめたまま、ムチムチさんが言った。
「あー、いやー、そのー……。さっきのアレは、できれば無かった事にしていただけますと、当方といたしましては大変ありがたいんですが……」
「だが断る」
「そんな殺生な」
「あれが貴殿の飾らない想いだったのだろう?」
「そりゃあ、まあ、一応は」
「なら、無かった事になどするものか。全身全霊をもって、貴殿を幸せにして見せようではないか」
ムチムチさんが男前だった。
惚れそう。もう惚れてた、とっくに。
抱いて。もう抱かれました、昨晩。
「まずは手付だ。揉むか?」
「揉みませんよ!?」
「なんだ、揉まないのか……」
「なんでちょっと残念そうなんですか。止めてくださいよ、真昼間からそういう事言うの」
「ふむ。昼間で無ければ良い、という事か。……では、また夜に、な?」
「……っ……ごくっ……」
「やはり今から揉むか?」
「だから揉みませんってば!」
「そうか。まあ、揉みたくなったらいつでも揉んでくれ。遠慮は無用だぞ?声掛けも不要だ」
「何も言わずにいきなり揉むとか、それだと俺ただの変態なんですけど」
「貴殿にはこれまで恩を受けてばかりだったからな。私は家事では役立たずだし、さして器用でも無いし、気が回る方でも無いし……。ただ恩を受けるばかりで何も返せない、こんな無駄飯ぐらいの私なんかが貴殿の傍にいて良いものかと、一時期は思い悩んだりもしたのだがな」
「ええっ……何そのネガティブ思考……」
「わずかばかりとは言え、昨日ようやく、この身の価値を示せたのだ。貴殿から幸せにしてと言われれば、是非も無しだ。私にできる事は何でもしよう。貴殿の望む、ありとあらゆる事を、何でも、だ」
「完全に体目当てだと思われてる!?違いますよ!?……ああいや、全く目当てでは無いって言うと、それはそれで嘘になりますけども」
「揉むか?」
「揉みません!……そんなに無理して意気込まなくてもいいですよ?誤解させたみたいですけど、別にそういう意味では無くてですね。俺としては、ただ傍にいてくれるだけでいいと言いますか、それだけで幸せと言いますか」
「何だそれは。いくら何でも無欲すぎだろう」
「無欲じゃないですよ。たった3日くらいでしたけど、離れてみて、自分の幸せがどういう形をしているのか、思い知っただけです」
「うん?幸せの形?」
「……傍にいてもらわないと、幸せになれないみたいなんですよね、俺」
「そうなのか?」
「ですので、俺の幸せのために、俺の傍にいてください。で、できればですね、そ、そのー……。無期限で傍にいてもらえると、嬉しいんですが」
「……無期限で、傍に……」
「つ、つまり、ですね。あの、何を言いたいのかと言えば、ですね。つまり……」
「……………………」
「け、結婚してください」
言った。
「……………………」
返事が無い。
ただのしかばねになりそう。自分が。
「……私で良いのか?」
「あなたがいいんです」
「……貴殿の利になる事は無いぞ?」
「十分ご利益ありますよ、俺にとっては」
「……厄介な柵も付いて回るが」
「できるだけ何とかします。絶対に守る、とまで言い切れる自信は無いですけど。そこは申し訳ありません」
「……馬鹿だな、貴殿は」
「そうですね。馬鹿なので、無駄に遠回りしてしまいました。もっと早く言えば良かったのに」
「……本当に、馬鹿だなぁ……」
「ええっと……。そ、それで、へ、返事をいただきたいのですが」
言ってから後悔したが、もう遅い。
耐え切れなくて返事を催促するとか、男として微妙すぎる。
これが理由で振られたら泣くわ。
「ど、どうでしょう?け、結婚してくれますか?」
「……はい」
「っ、ほ、ホントに!?」
「そちらこそ、本当に良いのだな?」
「は、はい!もちろん!」
「では、よろしく頼む」
「っ、よっしゃああああああああああああああああああああああああっ!」
返事もらえました。
死んでもいいわ、もう。
「あ痛ぁっ!?」
「「……………………」」
「いきなり脛蹴るなよ黒夫!?」
「「……………………」」
「角でグリグリすんの止めて魅雪!?」
「「……………………」」
「ねえ聞いてる二人とも!?マジで痛いんだけど!?」
左右からの挟撃。ダブルで的確に急所を抉られて死ぬほど痛い。
「最近の若者の趣向は、儂にはわからん。あれで何故成立するんじゃ」
「わたくし、今まで色んな世界で色んなカップルが結ばれる瞬間を見てきましたけれど……。どうしてうまく行ったのか理解不能ですわ」
「そも変人なのであるよ、あやつら。如何に現身を縮めたとて、我を伴い旅をして、矮小なる存在が平静を保っていられる方が変である。変人同士の変な関係であるから、理解が及ばぬのも道理である」
「「ああー。なるほどー」」
後ろで超失礼な評価されてた。
魔物に変人とか言われたくないんですけど。
「ますたー。メンテナンスが終了しました」
「わぷっ!?」
とか思ってたら、フェアに抱き締められた。顔面が胸に埋まった。
顔面が埋まるくらいデカい。色々と。
「メンテ終わったんだね。ありがとう、お疲れ様、フェア」
「えへへー」
「……ってか、なんか凄く大きくなってない?」
「はい。凄く大きくなりました。ますたーのお好み通りです。ますたー」
「……俺が言ったのは、背が伸びたねって意味だよ?他に意味は無いよ?」
「はい。背が伸びました。ますたー」
「ほぼ人間サイズって、何で急にここまで大きく?」
「生命の危機を乗り越えた事により、大幅に成長しました。ますたー」
「生命の危機!?メンテ中に!?」
「はい。メンテナンス3日目の夜半から明朝及び昼過ぎ付近にかけて、重篤な生命の危機に瀕しました。ますたー」
「大丈夫だったのそれ!?」
「はい。大丈夫でした。わたしがこの大きさまで成長するために必要な犠牲として予定に織り込み済でした。ますたー」
「そんな予定聞いてないんだけど!?」
「聞かれませんでしたので自己判断しました。ますたー」
いつも通りの声音でフェアが応えた。
応えながらギュウギュウ抱き締められて窒息しそう。
「わたしとしても苦渋の決断でしたが、こうして成長したおかげで抱き締められます。これからは、ずっと、ずっと、ずぅっと、わたしがお傍でいつでも抱き締められますので、いつでも気兼ね無くお求めください。わたしのますたー」
「あ、はい」
いつも通りフェアが可愛い。可愛いけど、なんかちょっと怖い。怖可愛い。
「ヒデオ殿。私は、貴殿の幸せのためなら何でもするつもりだとは言ったが……。結婚の申し入れの直後に放っておかれるのは、さすがに辛いぞ」
「ああすみませんムチムチさん決してそんなつもりでは!?」
「「……………………」」
「だから無言で攻撃すんの止めて二人とも!?」
「ますたー。わたしのますたー」
「今ちょっと取り込み中だからちょっと待ってフェア!?」
「修羅場じゃのぅ」
「修羅場ですわねぇ」
「カッカッカ。こういう肴も悪くないのである」
「おさけ、おいし~」
「おいこらこの状況でのん気に飲んでんじゃねえよ助けろください!」
その後もワチャワチャ揉めた。
本当なら今日出発するつもりだったのだが、予定は延期となった。




