149.電設のヒデオさん、決まらない
「そう言えば、つなし。お前どうすんの?」
「うん?どうする、とは?」
「一緒に来るのか?俺の故郷」
確認し忘れてたので、聞いてみた。
「いいや、我は行かぬ」
「……そうか」
ヘビ達が、一斉に首を横に振った。全会一致らしい。
魔物は元々、縄張りの外を出歩かないタイプが多い。そう考えれば順当ではある。
「我の存在は重い。異なる世界を軽々に渡り歩いては、要らぬ混乱を招こう。それは我の本意にあらず」
「然り」
「おみおくり~」
何やら殊勝な事を言っていた。いなり寿司を肴に酒飲みながら。
「ここで飲んだくれてる方が楽なだけだろ、お前」
「それも無いとは言わぬ」
「いやメインだろそれ」
軽口を言いつつ、内心、ホッとした。だってどう考えてもトラブル必須だもの。
元の世界には魔族も魔物もいないので、正体がバレれば悪目立ちする。そういう意味では、黒夫、魅雪、ムチムチさんと大差は無い。だが、正体がバレないようにするための難易度においては、大きな差がある。
十本首の赤蛇の魔物は今、外見だけは美少女になっている。パッと見では未成年の美少女だけど、中身は今も昔も変わらず、酔っ払いのオッサンである。元の世界に行っても、中身は変わらないし、行動も変わらないだろう。人前でもカッパカッパ酒を飲むに違いない。
未成年が飲酒してたら、誤魔化せるものも誤魔化せない。
パッと見では人間と似た姿なので、耳や角や髪などを隠せば、正体は隠せる。万が一、隠していた部分を誰かに見られてしまっても、コスプレと言い張れば、その場は凌げる。その場を凌げさえすれば、後はこちらの世界に避難すればいいだけだ。どれほど執拗な追及も、異世界までは届かない。
その場を凌げさえすれば何とかなる。問題は『その場を凌げるか否か』なのだ。
コスプレの完成度が高いだけなら問題無い。しかし、どう見ても未成年なのに酒を飲んでる子がいたら、見咎められる。下手すれば警察沙汰である。
その場凌ぎの難易度が、酔っ払いのオッサン美少女だけ頭抜けている。
ついて来ないと聞いてホッとした自分を、一体誰が責められようか。来るなら来るで、どうにかバレないよう立ち回るつもりではいたけど、苦労は少ない方がいい。
「我の座す場こそ、我の領域である。今しばらくは、この地を我の領域とするのである。そなたらには、この地を我好みに整えた功績を称え、いつ何時でも自由に踏み入る許しを与えよう」
「偉っそうだなおい。……まあ、空き家にして見ず知らずの奴に住み着かれても嫌だし、つなしがいてくれた方が、こっちとしても好都合だけど」
「大いに感謝するが良い。我はそれを受け入れるのである」
「へいへい、あんがとよ」
酔っ払いのオッサンは、自宅警備員(給料:酒)に進化しました。
魔物の留守番付きで、この家は維持できそうだ。
「つなしはそれでいいとして……。右京さんと美鹿毛先生はどうしますか?」
ついでに聞いてみた。
「儂は行かんぞ。別の世界なんぞ興味無いしのぅ」
「わたくしも結構ですわ。行きたい世界には行きたい時に自らの脚で行きますわ」
あっさり言われた。理由は正反対だが、どちらも一緒には来ないらしい。
「メイドさん達はどうします?」
双子メイドロボにも聞いてみた。
「業務ガアリマスノデー」
「オ帰リヲオ待チシテオリマスー」
お掃除しながら言われた。仕事熱心なメイドさんである。
手際の良さは、よく知っている。次に帰ってきた時、酔っ払いのオッサンのせいでゴミ屋敷になっていた、という悲惨な事態は避けられそうで良かった。
……なんて事を考えてたら、三匹の魔物に取り囲まれた。
「そなた、先程からどこに気を回しているのであるか。もっと他に気にすべき事があろう?」
「そうですわね。定命の存在は老いるのが早いですし、こういう時にこそ急ぐものでしょう?余所に気を取られている時間は無いのではなくて?」
「儂らとは違うからのぅ。若さにかまけとると、あっという間に墓の下じゃぞ?」
何か言われた。
魔物の視線の先には、姦しく騒ぐ三人。その中心人物。
どうやら昨晩の事だけでは無く、今朝プロポーズし損ねた事までバレてるっぽい。
魔物のクセに、なんでそんな機微に敏いんだ。
お節介婆さんかよ。
「……おぬし、何を考えた?」
「なんでもございません!」
わかってます。右京さんは永遠の17歳です。
わかってますので、ユニコーンの角みたいな奴で突くの止めてください。
「……いや、まあ、本当にわかってんですけどね。頭では一応わかってんですけども。いざってなると、なかなか踏ん切り付かなくって」
「ヘタレですわねぇ」
「ヘタレじゃのぅ」
「へたれ~」
「我と初めて対峙した時の勇姿が見る影も無いのである。何たる無様か」
「散々言ってくれんじゃねえかよチクショウ!……これでも一応アレだよ?何と言うか、こう、俺なりに決めようとはしたんだよ?一応」
「そなた、何を言ってるのであるか?決まってないではないか」
「そりゃあ俺だって男らしくバシッと決めたかったんだけど……。直前になって、つい色々考えちゃって……。そうこうしてる内にタイミング逃しちゃってなぁ……」
「言い訳がまた無様であるな」
「容赦無いなおい。……まあその通りなんだけどさ……」
「タイミングと言うなら、今こそ絶好のタイミングであろう。此度は特別に、我が立ち会ってやる故、バシッと決めるが良い」
「面白そうじゃな。儂も立会人になっても良いぞ、暇じゃし。バシッと決めい」
「これも何かの縁ですし、わたくしも立ち会って差し上げますわ。さあ、バシッと決めてくださいまし、バシッと」
「……………………えっ?」
なんか気付いたら魔物に包囲網が敷かれてた。
「いつ決めるのであるか?今である!」
「えっ、ちょっ、マジで言ってんの!?」
「これで冗談だったらタチ悪すぎであろう。さすがに言わぬぞ、そんな冗談」
「いやホントちょっと待って!?心の準備が!?」
「そんなもの、決めた後ですれば良かろう」
「無茶苦茶言ってる!?……いやでも実際、本当に準備不足って言うか。こういう場合、指輪の一つも用意するのが最低限のセオリーなんだけど。他のアレコレは無くてもいいけど、指輪くらい無いと締まらねえよ」
「生成装置で作れば良かろう」
「わかってねえな。そういうんじゃダメなんだよ。こういうのは楽して用意したらダメって言うか、がんばって手に入れた指輪だからこそ意味があるって言うか、そういう感じのアレなんだよ。うん」
「がんばって手に入れた指輪、であるか……。基準がわからぬが……。そなた、黒い荷袋を持っていたであろう?やたら沢山荷物が入っていたようであったが、あの荷袋の中に入ってないのであるか?」
「入ってる訳ねえだろ、サラリーマンのカバンに指輪なんて――……、あっ」
言われて、思い出した。
「……あるわ、指輪」
並行世界のエルフの森で、族長が着けていた指輪がある。
カバンに入れっぱなしだ。
「それ、がんばって手に入れたものであるか?」
「まあ、うん、一応」
「煮え切らない反応であるな。がんばったのではないのか?」
「いや、がんばったよ。がんばったって言うか、割と体張って手に入れた奴ではあるんだけど……」
「それなら不足は無かろう」
「まあ、うん、確かにアレなら不足は無いはず……いや、でもなぁ、うーん……本当にアレ渡しちゃっていいのかなぁ……」
「手放すのが惜しいのであるか?」
「いやそれは無い。そもそも俺、指輪着けないし。俺が持ってても宝の持ち腐れにしかならねえよ」
「なら丁度良かろう」
襲われていた箱入り娘さんを助ける際、族長からサークレットと指輪を強奪した。
サークレットは族長の証だったので、さすがにマズいと思い、返却している。
指輪については特に何も言及されなかったので、迷惑料の代わりにもらってきた。そしてそのまま忘れてた。
並行世界とは言え、エルフの族長が着けていた指輪である。こちらの世界のエルフにとっても、おそらく価値は高いだろう。
自分は宝石の目利きなどできないが、素人目に見ても明らかに高そうだった。あの指輪の巨大エメラルドは、サラリーマンの給料3ヶ月分どころか、生涯年収を超えててもおかしくない。
ハーフハイエルフへのプロポーズ用の指輪として、申し分無いはずだ。入手の経緯は若干アレだけど。
「まだ他に何か準備が必要であるか?」
「……いや。無いな。後は、心の準備だけだ」
「そんなもの、決めた後ですれば良かろう」
「だから無茶苦茶言うなって」
「ふぅむ……。では聞こう。焦がれる相手を待たせてまでするほど、そなたの心の準備とやらは重要であるか?」
「……………………」
「そなたが本気で重要だと思うのなら、相手がどれだけ焦がれようとも、幾らでも待たせるが良かろう。……だが、そうでは無いのなら」
「……………………」
「決めた後ですれば良かろう、そんなもの」
「……言ってくれんじゃねえかよ」
言われて、考える。
自分にとって、自分の心の準備は、本当に重要だろうか。相手の心を後回しにするほどの価値は、本当にあるのだろうか。
考えるまでも無い。
「言われなきゃ踏ん切り付けられないってのは、情けねえなぁ……」
「言われてもできぬよりかはマシであろう。まあ、無様には違いないが」
「ははっ、ホント容赦無さすぎだろチクショウ」
無様でも何でも、やるべき事は、やるしかない。
ここで下手に時間を置いたら、また動けなくなる。
勢いそのまま足を動かし、部屋から指輪を取って来て、すぐリビングに戻った。
「ムチムチさん!」
「なんだ、ヒデオ殿?」
呼んだ。呼んでしまった。
自分の背後には、三匹の魔物。退路は断たれている。
いつの間にか、左右に立ち塞がる黒白の元魔王様。横への退避不可。
この状況で呼んだからには、もう逃げられない。
「き、聞いていただきたい事があります!」
「ふむ。何だろうか」
真正面に立ちはだかる銀髪金眼の元魔王様。エネルギー満タンのおかげか、いつになく迫力がある。
あらどうしましょう。逃げたい。
「あー、そのー、何と言いますか、そのですね……」
「……………………」
勢いに任せすぎて、頭が真っ白だ。
今更だが、やっぱり心の準備をしてからの方が良かった気がしなくもない。
「ええっと……。な、何と言ったらいいのか……」
「……………………」
迫力に気圧され、勢いが萎んだ。
そもそもの話。どのツラ下げて、何を言う気だったんだ、自分は。
「あの、つまり、私が言いたいのはですね、その、ええっと……」
「……………………」
真っ白な思考に、黒い染みがにじむ。
そもそも自分は、一度捨てているのだ。
ホンの一週間ほど前、自分はそれを実行している。
あの時は、もう二度と会えないかもしれないと本気で思っていた。その上で、出発した。
様々な要因が重なった結果、幸運にも帰って来れた。だが、それはただの幸運だ。
帰路の途中、三人のいない並行世界を巡ってきた。その過程で、自分で自覚しているつもりだった想いが、実際にはより強いものだった事を改めて自覚した。
三人と別れたくない。もう二度と手放したくない。今は本気でそう思っている。
それでも。それでもだ。
一度は捨てたのだ。この事実は消えないし、消せない。
「あの、ですね。その、つまり、私は……」
「……………………」
そもそも自分は、どうして捨てたのか。
幸せにできないと思ったからだ。
世界間の移動についての勘違いなどがあったせいもある。だが、それらが言い訳に過ぎない事は、他ならぬ自分自身が一番よく知っている。
幸せにできる自信が無かった。だから捨てた。自分のせいで不幸にしてしまうくらいなら、捨てた方がまだマシだと思って。
そして今も、幸せにできる自信は無い。
そんな自分が、本当に、どのツラ下げて、何を言えばいいんだ。
「……俺は、あなたを……っ……」
「……………………」
定番の台詞を無意識に吐こうとして、舌が止まった。
まさか『幸せにします』だなんて言う気か。そんな自信も無いクセに。
嘘を吐けないこの人に、そんな嘘を吐くのか。
「ヒデオ殿」
「……っ……」
テンパる自分の頬に、そっと指が触れた。
冷たくてヒンヤリしている。気持ちいい。
「ヒデオ殿。無理に言葉を飾ろうとしなくても良い」
「……………………」
美しい声が、頭にスッと入り込んで来る。
「貴殿の思っている事を、そのまま言葉にしてくれ」
「……………………」
「私は、それが聞きたい」
「……………………」
真っ白な思考から、黒い染みが消える。
代わりに言葉がにじみ出た。
「俺を、幸せにしてください」
「……………………」
なんか口から出た。




