12.電設のヒデオさん、お肉を食べる。
肩に誰かの手がかかった。
「ニンゲン!起きろ!」
体を揺すられた。眠い。勘弁して欲しい。
「起きろニンゲン!大変なんだ!」
猫耳少年の切羽詰まった声に、意識が急速に浮上した。
「どうした黒いの!まさか、お前の姉ちゃんに何かあったのか!?」
「ち、違う!姉ちゃんは寝てる!大丈夫だ!」
「ああ、そうなのか?じゃあ何だよ、こんな朝早くに。……いや、早くないな。もう8時か」
リビングの時計を見たら午前8時だった。日はすでに昇っている。この世界では生活リズムが太陽の運行と完全に連動しているので、かなり遅めの起床になる。
寝坊したのは久しぶり。昨晩はいつ寝たのか覚えていない。疲れすぎて記憶が曖昧だった。
何か重要な事を忘れているような気がするのだが、うまく思い出せない。
腹の虫がグゥッと鳴った。
「そう言えば、昨日の昼から何も食ってないなぁ……忘れてたわ……」
「そんな事より!大変なんだ!」
「どうした。何かあったのか?」
「そ、それは、その、大変なんだ!」
「それはもう聞いた。何が大変なんだよ」
「えっと、だから、その、大変は大変なんだよ!わかるだろ!?」
「わかるかよ。何なんだよ一体」
「うぅっ、なんでわかんないんだよぉ!」
猫耳少年は内股でモジモジしながら言った。
「おしっこ!もれちゃう!」
「早く言え馬鹿!」
慌ててトイレに向かった。
「トイレはここだ。さっさと入れ」
「な、なんだよ、これ。この変なのにするのか?」
「……もしかして、トイレの使い方わからないのか?」
温水便座が搭載された水洗式の洋式トイレは、猫耳少年にとっては未知の異物だったらしい。
変な姿勢で小便をして便器の外に溢されたら、後で掃除が面倒臭い。
百聞は一見に如かず。正しい使い方を言葉で伝えるのは難しいので、実践で示す事にした。
ちなみに、自分は座りション派である。物心付いた時からずっと、母の強い要望により実家では常に座りションだったので、すっかり習慣付いてしまった。飛沫はトイレ掃除の大敵だと何度も言い聞かせられた記憶がある。
「まず俺が使って見せるから、ちょっとそこで見ててくれ」
「ななな何してるんだ!?どうして脱ぐんだ!?し、下だけ!?」
「こら、顔を逸らすな。こっち向け」
「変態!やっぱりニンゲンは変態だったんだな!」
「誰が変態だこの野郎。トイレの使い方を見せるだけだ。ちゃんと見ろ」
「うわぁっ、ブラブラしてる……、変なモン見せるな!」
「変なモンじゃねえわ。って言うか、この程度で騒ぐなよ。ちょっと形と大きさが違うだけで、お前も見慣れてるだろうに」
「見慣れてない!」
「何でもかんでも否定するなよ……」
猫耳少年は相変わらず面倒臭かった。
「お前だって、ちゃんとしたトイレの使い方がわからないと困るだろ。それとも、俺がお前の体を支えて小便させた方がいいのか?」
「ふざけるな!」
「大真面目だよ。お前が小便を溢したら、掃除するの俺なんだぞ。汚さずに済まそうと思って何が悪い」
「うぅっ、それは……でもぉ……」
「どっちか選べ。俺の使い方を見て覚えるか、俺に体を支えられて覚えるか。二つに一つだ」
「うぅぅぅぅぅぅぅぅっ……わかった、見て覚える……」
真っ赤な顔で、猫耳少年が答えた。両手で顔を覆いながら、指の隙間からこちらを見ている。変な反応だが、見ているから良しとした。
「いいか、便座の上の蓋だけ上げて、奥まで腰かけてするんだ。油断すると前に溢すから注意しろよ」
「うぅぅぅぅぅぅぅぅっ……よくもこんな辱めを……ニンゲンめ……!」
「し終わったら汚れてる所をこの紙で拭いて、レバーを倒して水を流すんだ。無駄遣いするなよ」
自分の小便をし終えると、猫耳少年を便座に座らせた。
「ほら、して見ろ。見ててやるから」
「見るなああああああああっ!」
「痛ぇっ!?すね蹴るな!」
「出てけ出てけ出てけええええええええっ!」
「わ、わかったよ。出てけばいいんだろ」
野良猫よりも気難しい。よほど小便している姿を見られたくないのか、暴れっぷりが酷い。溢さないように最初は見守りたかったのだが、ここまで嫌がられてしまうと、もうどうしようもない。
漏らされても困るので、一旦トイレから出た。
「いいか、溢すなよ」
「あっち行け!音聞くな!変態!」
トイレのドアを閉め、すぐ横で待つ。
鬼の少女がこちらに歩いてきた。
「おじちゃん……」
「お嬢ちゃんも起きたのか。おはよう」
「うん……おはようなの……」
寝惚けた声で挨拶しながら、鬼の少女が足にしがみ付いて来た。
「おしっこ……」
「こっちもか。まあ、寝小便されるよりは遥かにマシだからいいけど」
白髪を撫でながら、トイレのドアを軽く叩いた。
「おーい、次が待ってるから早くしろよー」
「ふにゃああああああああっ!?」
なんか変な声がした。トイレのドアが外れそうな勢いで猫耳少年が飛び出してきた。
「どうした、黒いの」
「バケモノだ!お尻を舐められた!」
「いや何言ってんの、お前。寝惚けてんのか?」
「ホントにバケモノが出たんだ!トイレの中からオレのお尻を舐めたんだ!」
「妖怪かよ」
トイレを覗くと、温水便座のノズルが動いているのが見えた。
「……お前、何かボタン押したな」
おそらく、不意打ちで温水を浴びて勘違いしたのだろう。トイレトレーニングで余計な知識を詰め込むと覚えきれないと思い、温水便座の横に付いているボタンの説明は省略したのだが、裏目に出たらしい。
「ど、どうだニンゲン、バケモノは!?」
「いないよ、そんなの」
「そんなはず無い!確かにいる!お尻を舐められたんだ!」
「ただの温水洗浄だ。お湯が出てケツの穴を洗う機能があるんだよ、このトイレには」
「な、なんだそれ!?ありえないぞ!?」
「実際にあるんだからしょうがないだろ。ボタンを押すと出てくるから、次からは気を付けろよ」
猫耳少年が騒いでいるが、とりあえず後回し。
「ここがトイレだよ。ほら、入って」
「うん……」
眠そうな顔をしたまま、鬼の少女がトイレに入った。このままだと危なそうだ。男よりは安全だが、こぼれる時はこぼれる。
自分も一緒に入る事にした。
「待てニンゲン、どうして一緒に入るんだ!?」
入ろうとして、直前で猫耳少年に止められた。
「どうしてって、トイレの仕方を教えるんだよ。お前の時と同じだ」
「変態!やっぱりニンゲンは変態だ!ブラブラしたのを見せて楽しむつもりだな!オレはわかってるんだ!」
「人を露出狂みたいに言うんじゃねえよ。そんな趣味ねえわ」
「オレのような辱めは、もう誰にも受けさせないぞ!ニンゲンは出てけ!トイレはオレが教える!」
「無茶言うな。教えられるほど使い慣れてないだろ、このトイレ」
トイレの入口で猫耳少年と揉めていたら、鬼の少女が内股でモジモジしながら言った。
「おじちゃん……おしっこ……もれちゃう……」
「ちょっと待って!?」
ここで漏らされると困る。心配ではあるが、言い合いに時間を取りすぎて漏らされるくらいなら、子供達の自主性に丸投げした方がマシだ。
「……本当に教えられるんだな?」
「できる!」
「……しょうがないな。わかった。ここは任せる。今度はボタンに触るなよ」
トイレに子供達だけを残して、ドアを閉めた。
「……朝っぱらから疲れる……たかがトイレ一つでこれか……」
物凄く前途多難である。朝から気が滅入った。
子供達がトイレに入っている間に、風呂場の確認をする。
昨晩の事で、すでに廊下や壁は血と泥に汚れて悲惨な状態になっている。これ以上、子供達に小汚い姿のままで家中を動き回らせる訳にはいかない。更に被害が拡大しないよう、早急に体を洗って服を着替えさせる必要があった。
この家の風呂場は、介助しやすいように浴槽も洗い場も大き目に作られ、手すりも付いている。元から大人が複数人で入る事を想定した設計なので、子供達と入っても余裕があるだろう。
浴槽にはすでにお湯が張られている。一晩経っても温度は下がっていなかった。今すぐ入っても問題無い。
風呂場から出ると、子供達がトイレから出てきた。
「おじちゃん、おしっこダバダバーってたくさん出たの。スッキリしたの」
「ああ、うん、それは良かったね。でもわざわざ報告しなくていいから」
嬉しそうな顔をして、鬼の少女が言う。可愛い顔して何を言ってくるんだろうか、この子は。
何はともあれ、子供達を風呂に入れる前にトイレを済ませられたのは良かった。幼い子供の中には、リラックスして漏らしてしまう子がたまにいる。その危険は事前に排除された。安心して風呂に入れられる。
親戚のチビどもを初めて風呂に入れた時の教訓が、まさか異世界で活かされる日が来ようとは思わなかった。
「二人とも、お風呂に入るぞ。服脱げ」
「うん」
「ダメだ!」
脱衣所で、鬼の少女が貫頭衣を脱ごうとして、猫耳少年が止めた。
猫耳少年がこちらを睨みつけてきた。
「ニンゲンめ、ついに本性を現したな!変な事はさせないぞ!」
「風呂だって言ってるだろうが。そんな小汚い姿でうろつかれたら掃除が大変だから、風呂入って綺麗にするんだよ」
「騙されないぞ!ニンゲンは小さい子供を裸にして変な事するんだ!オレは知ってるんだぞ!」
「誰が変な事するか。体を洗うだけだ。大体、俺の好みはムッチムチのバインバインなんだよ。ツルペタのチビなんぞお呼びじゃねえわ」
「嘘だ!ニンゲンはマザコンでロリコンなんだ!オレは知ってるんだぞ!」
「お前また凄い偏見持ち出してきたな……」
まるで母親に甘えるように年下の女の子に甘えたい。そんな赤くて速い某大佐みたいな性癖の男、そうそういないだろう。いないはずだ。
少なくとも自分は違う。ノーマルである。新人類ではない。
それはそれとして、面倒な事になった。普通の人間の子供相手なら、嫌がられようと力尽くで服を脱がして体を洗えばいい。だが、今回は相手が悪い。身体能力が異常に高い子供達とバトル展開になったら、下手をすると風呂場が崩壊する。これ以上、新築への被害は増やしたくない。
「ああもう面倒臭い。だったらもうお前達だけで風呂入れ。それなら文句無いだろ」
「おじちゃん、一緒に入らないの?」
「一緒なんてダメだ!オレは認めないぞ!」
本当なら徹底的に洗ってしまいたいところではあるが、そこまでしなくてもいい。とりあえず室内を汚さない程度に小綺麗になってくれれば、当面は問題無い。
「風呂場の使い方を教えてやるから、よく聞いとけよ。トイレより覚える事が多いぞ」
シャワー、シャンプー、ボディソープ。体を洗うのに必要なものの基本的な使い方だけ子供達に教えて、すぐに風呂場を出た。
「……まだ朝飯前だってのに、なんでこんな疲れなきゃならないんだ……昨日の内に済ませておくべきだったか……」
朝から本当に疲れる。問題を先送りした昨日の自分を恨んだ。
子供達の体格は幼稚園児くらい。この家に子供服は無いが、体が小さいので、大は小を兼ねられる。
タイミングを見計らい、子供達が脱いだボロ布を回収。代わりに主寝室のタンスに入っていたワイシャツを置いた。
バスタオルは血で汚れてしまっているので、代わりに城から持ってきた布類を置いた。
「おーい、タオルと着替え置いとくぞー」
脱衣所から声をかける。風呂場から子供達の返事が返ってきた。
「うん、ありがとう、おじちゃん」
「そんな事言って、本当は覗きに来たんだろ!オレは騙されないぞ!」
なんか面倒臭いので、返事をせずに脱衣所を出た。面倒臭い。
子供達が風呂に入っている間に、朝食の準備をする。
通勤カバンの中には城から持ち出した保存食がまだ残っているが、あの木の板みたいなものは、もう食べたくない。
「……まあ、こっちは別の意味で食べたい食べ物とは言い難いけど……」
冷蔵庫を開けると、お肉が入っている。
炊飯器を開けると、ご飯が入っている。
とってもおいしそう。見た目は。
妖精さんの出してくれた食料なので、品質に問題は無いはずだ。頭では、大丈夫なはずだと理解している。心の方はそう簡単に納得してくれない。
出現の仕方が謎すぎて不安が消せない。自分が最初に食べる勇気は出ない。
「……猫も鬼も、肉を食わせたら喜ぶよな、多分。これは子供達のため、子供達のためだ……」
自分で自分に言い聞かせながら、調理を始めた。
冷蔵庫からお肉を取り出し、城の厨房にあった塩で適当に味付けする。
IHコンロに専用フライパンを乗せ、油を引いて低温でゆっくり加熱していく。
見た目は霜降り牛肉なので多少レアでも大丈夫だとは思うが、万が一の危険性を考えて、中までしっかり火を通す。
「……ああ、超うまそうな香りが……」
謎肉が焼けてくると、得も言われぬ良い香りが立ち上ってきた。よだれ出そう。ただ塩を振って焼いただけなのに、極上の御馳走に見えた。
思い返せばここ数日、逃走優先で碌なものを食べていない。更に言えば、召喚されてから今日まで、うまいと思った食事は一度も無かった。異世界に来て初めて、本気で食べたいと思わせてくれる香りを嗅いだ気がする。
低温でじっくり焼き上げた後、謎肉は一旦避ける。
空いたフライパンに謎米を投入。
謎米に謎肉汁を吸わせつつ、軽く炒めて焦げ目を付ける。
炒めた謎米を三等分に分けて、城から無断拝借してきた深皿に盛り付け。
謎肉はサイコロ状に切り分け、炒めた謎米の上に乗せた。
「よし。できた」
ザ・男メシ。肉丼である。材料は謎肉と謎米。味付けは塩のみ。雑だ。
「……これ、空きっ腹の子供の胃には重すぎるかな……普通の人間より丈夫そうではあるけど……」
今更ながら心配になった。本当に食べさせて大丈夫だろうか。この家に胃薬は無い。
悩んでいると、子供達の騒がしい声がキッチンまで響いてきた。
「なんだこれ!にゃははっ!」
「おっきいの!すっごいの!」
やけに楽しそうな声だった。
脱衣所に入ると、子供達がワイシャツの余った袖を振り回し、互いにぶつけ合って笑っていた。
「何やってんの、お前達」
「ニンゲン!見ろ!ぶかぶかだぞ!ぶかぶかだ!」
「ぶかぶかなの!おじちゃんの服、おっきいの!」
「そりゃそうだろうよ」
当たり前だが、自分用のワイシャツは子供達の体格に全然合っていない。
「ちょっとこっち来い。そのままじゃ動き辛いだろ」
最初から服装を直すつもりだったので、細目の布と安全ピンを用意していた。
布は城から持ってきたものを適当な幅で切り分けたもの。安全ピンは元の世界からの持ち込みである。
子供達の腰の辺りに、帯のように細目の布を巻き付けて絞り、体に合わせる。
袖は何度も折り返し、両手が出た位置に安全ピンを刺して固定。
裾の合わせ目の一番下の部分にも安全ピンを刺し、広がらないようにした。
「「わぁっ!」」
「どうだ、これなら動きやすいだろ?」
手直ししたワイシャツは、一風変わった白いワンピース風。間に合わせにしては、なかなか悪くない仕上がりである。
鬼の少女は、かなり素材が良い。シンプルなコーディネートでも見栄えする。
猫耳少年も、意外と似合っている。美形は年齢性別問わず、何を着ても似合う。
「ありがとう、おじちゃん」
「こ、こんな事で、ほだされないぞ!……でも、ありがと」
「はいはい。どういたしまして」
左右の足にしがみ付かれた。気に入ってもらえたらしい。
手頃な位置に、黒と白の頭がある。適当に撫でた。シットリした髪は手触りが良い。よく洗われているし、よく拭かれている。
普通の人間の幼稚園児なら、大人の手助け無しには髪も体も綺麗に洗えないし、綺麗に拭けない。それが普通だ。
もっとドロドロでビショビショな状態になると思っていた。二人とも、見た目以上にしっかりしている。
ほのかなシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。お風呂上りである事を強く意識した。
「……よく考えたら、これ一応、裸ワイシャツなんだよな……」
人生初。男の夢。異世界にて叶う。嬉しくない。むしろ虚しい。
ふと、エルフの女性の裸ワイシャツ姿を想像した。血液が集中しそうになり、頭を振って不埒な想像を振り払う。
「風呂の次はご飯の時間だ。喜べ、チビども。取って置きを食わせてやる」
「「ごはん!」」
子供達を引き連れてダイニングに来た。
木製の大きなダイニングテーブル。天板は分厚い一枚板。
イスは6脚あったが、子供達の体のサイズには合わなかった。足元が完全に浮いている。こればかりは我慢してもらうしかない。
テーブルの上に、三人前の肉丼と水を置いた。
ちなみに、自分だけ箸で、子供達はスプーンである。
「「わぁっ!」」
「どうぞ、召し上がれ」
鬼の少女が目を輝かせて、肉丼を食べようとした。
猫耳少年も食べようとして、何かに気付いたようにハッとした表情をすると、鬼の少女の体を止めた。
「っ、これはニンゲンの罠だ!食べちゃダメだ!」
「なんで邪魔するの?」
「オレは油断しないぞ!ニンゲンは変な物を食べさせて変な事をするつもりなんだ!」
「……っ……」
痛い所を突かれた。思わず視線を逸らしてしまった。
罠は無い。変な事をするつもりも無い。しかし、変な物を食べさせようとしている事は、半分当たっている。
子供達に何も知らせず、謎肉と謎米を毒見させようとしたのは否定できない。
妖精さん謹製の食材は安全だと確信している。しかし、確証は無い。
「やっぱり罠なんだな!ニンゲンめ!」
「そんなのどうでもいいの。邪魔なの」
「あっ」
鬼の少女の怪力に、猫耳少年の体がグイッと横にどかされた。
間髪入れずにスプーンで肉丼を掬うと、パクッと食べた。
「んっ――――――――!」
声にならない声がダイニングに響いた。
「すっごいの!このお肉、クニャクニャしてて歯応え無いの!脂いっぱいのデロデロだけどトゥルントゥルンなの!下のツブツブはギットンギットンで、クニャクニャのデロデロのトゥルントゥルンと混ざってズルズルンッて入ってきたの!ボクこんなの初めて食べたの!」
なんか凄く食欲をそそられない食レポだった。
「ええっと……、もしかして、マズかった?」
「おいしいの!」
「ああ、そう。それならいいんだけど……」
言葉はともかく、心底幸せそうな表情を浮かべて肉丼を食べていた。
空腹が辛い。限界。もう我慢できない。意を決し、自分も肉丼を口に入れる。
「うっわ、うっま……」
うまかった。
「俺が今まで食べてきた肉と全然違う。柔らかくて噛まなくても肉が融けて旨味が口一杯に広がって、それでいて、しつこさやクドさが無くて、濃厚なのにスルスル食べられる。脂が多いはずなのに脂ぎった嫌な感じは一切無いし、融けた旨味が余す所無くご飯と絡んで、喉を心地良く通り過ぎて、胃が幸せで満たされる……」
心の中では服が消し飛び口目鼻耳から怪光線を発するくらい、うまかった。
気が付いたら、深皿は空になっていた。
「……もうカラッポなの……」
「……いつの間に食べ終わったんだ……」
うますぎて、しばし放心した。ふと我に返ると、視界に肉丼が映った。
「「……………………」」
「な、何だ!こっち見るな、ニンゲン!」
肉丼。まだある。食べたい。
「こ、これはオレのだ!」
猫耳少年が慌てて肉丼をかき込んだ。
「うみゃああああああっ!?」
猫の雄叫びが上がった。
「うみゃああっ、うみゃああああっ、うみゃああああああああっ!?」
言葉になってなかったが、うまそうだという事だけはわかった。一口食べるたびに雄叫びを上げ、顔が蕩けていく。
やがて、深皿は空になった。
「……ふ、不覚だ……罠だとわかってたのに……くっ……!」
口調は悔し気だったが、その表情は完全に蕩けてトロンッとしていた。イスの背もたれに体を預け、半ば魂が抜けかけている。幸せの余韻に浸りきって、体に力が入らないのだろう。自分も同じだからよくわかる。
「……うまかったなぁ……」
「……すごかったの……」
「……こころまではくっしないぞ……」
完食後、三人でしばらく呆けていた。
サラリーマンあるある。
うっかり保存し忘れて、作業中のデータが消滅。
うっかり上書き保存して、重要なデータが消滅。




