111.電設のヒデオさん、消える。
次話の更新は、9月中旬以降の予定です。
「嘘吐き!やっぱりニンゲンは嘘吐きだ!ニンゲンめ!」
「うわああああああああああああああああああああああああああああんっ!」
「信じてたのに、よくも裏切ったな!許さない!絶対に許さないぞ!」
「うわああああああああああああああああああああああああああああんっ!」
「ゆ、許さない!こ、こんなの、許さないぞ!ホントに許さないんだからな!」
「うわああああああああああああああああああああああああああああんっ!」
「うぅっ、うぅぅっ……許さにゃいっ……許さにゃいんにゃあっ……!」
「うわああああああああああああああああああああああああああああんっ!」
鼓膜、破れそう。
「……にゃうぅぅぅぅっ……にゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ……!」
「うわああああああああああああああああああああああああああああんっ!」
左右から完全に挟まれ、身動きが取れない。
左側は、黒猫に爪を立てられ、牙で噛み付かれている。
右側は、鬼女が全身の筋肉を使ってガッチリ固めている。
動物博士かつ柔道有段者でもなければ、この拘束は解けない。
「な、何事だ?どうしたと言うのだ?」
途方に暮れていると、着替えを終えたムチムチさんが出てきた。
スーツの上下とワイシャツをピシッと着こなしている。
完璧な美人さんだ。右目の眼帯風ネクタイ以外は。
「あの、ムチムチさん?普通の眼帯しないんですか?」
「これが一番シックリ来るのだ」
「……そうですか」
衣類生成装置により、医療用の真面目な眼帯から、装飾過多のオシャレ眼帯まで、色々生成済。それなのに、いまだにネクタイで代用中。
右目を負傷中の患者本人が気に入っているのなら、あまり外野が口うるさく言うのは憚られる。
「私の事より、これは一体全体どうした事なのだ?」
「あー、いや、それが、そのー、少々行き違いがありまして――」
「おじぢゃんに騙ざれだの!乙女心を弄ばれだの!」
「詐欺だ!ニンゲンは詐欺師だったんだ!」
「人聞き悪っ!?」
「……貴殿、ミユキとクロオに何をしたのだ?」
「違います。何もしてないです」
「「うそつき!」」
「……貴殿、本当に何をやらかしたのだ?ま、まさか、何か良からぬ事か!?」
「いやホント違いますから。ホント何もしてないですから」
「騙ざれぢゃダメなの!そう言っで、お姉ぢゃんも騙す気なの!」
「いやだからホント違うから。別に魅雪を騙そうとした訳じゃないから」
「ニンゲンは詐欺師だ!女を弄んでポイする詐欺師なんだ!」
「黒夫お前ホントいい加減にしろよこの野郎。しばくぞ」
左右からステレオで責められ続けて、正直ウンザリしてきた。
断固として断言するが、今回の件、自分はそんなには悪くない。そんなには。
端的に言えば、黒夫と魅雪は一緒について来るつもりだったらしい。
何故、そんな勘違いをしたのか。何故だ。
いや本当に何故だ。
自分達は、住む世界が違う。
文字通り、違う世界の住人である。比喩抜きである。
黒夫も魅雪も、それを知っている。以前、確認した。間違い無い。
自分が元の世界に帰還すれば、当然、お別れとなる。違う世界の住人なのだから、当然である。
それも知っていたはずだ。
知っていた、はずだった。
どうしてこうなった。
「……ぐすっ……ニンゲンなんか、嫌いだ……大っ嫌いだ……」
「……ひっく……おじぢゃん、嫌い……大っ嫌いなの……」
散々泣いて、泣き疲れたのか、少しだけ静かになった。
思いっきり嫌われてしまったが、こればっかりは、もうしょうがない。
見ようによっては、ある意味、これが自然だ。
普通に考えれば、今まで円満に生活できていた方が異常だろう。異なる世界の異なる種族の者同士が、事前の擦り合わせもせず、突発的に共同生活を始めて、数ヶ月も破綻しないなんて、あり得ない。
事ここに至る前にケンカ別れになっていても、おかしくはなかった。タイミングが遅れてやって来ただけだ。
同じ世界の住人であっても、人種や国籍が違えば、共同生活は難しい。
同じ人種や国籍の者同士が、事前に同意を形成した上で共同生活を始めた場合ですら、問題が噴出する事はよくある。
災害時など、止むを得ない事情があると頭では理解している状況下でも、赤の他人との共同生活に耐えられない人は多い。
本当に、自分達が今日まで一緒に生活できていたのは、異常なのだ。
異常が正常に直った。ただそれだけの事だ。
見ようによっては、別れるべきタイミングで嫌われたのは、ある意味、丁度良い。
……という事にしておこう。そう思って、呑み込む。
「あー、その、なんて言うか、アレだ。……二人とも、そろそろ離して?」
「……ひっく……ヤだもん、離さないもん……!」
「……ぐすっ……誰が離してやるもんか……!」
しがみついて離れない。警察官に身柄確保された犯罪者の気分。
いや犯罪者じゃないけれども。
詐欺師呼ばわりされたけど詐欺してません。
「カッカッカッ。このような酒の肴も一味違って良いものであるな」
「ちんみ~」
酔っ払いのオッサン、超マイペースに酒飲んでた。
他人の揉め事を肴にするとか、イイ趣味してやがる。
「笑ってる場合じゃねえんだけど。……なあ、つなし。助けてくんない?」
ダメ元で頼んでみた。
「断る」
「おことわり~」
ダメだった。
肝心な所で役に立たない、この酔っ払いのオッサン。
「そも、我が首を突っ込むような事では無かろうよ。そなたの自業自得であろう」
「うっ……。そりゃあ、まあ、そうなんだけど。そこを一つ何とか」
「一端の男なら、己の尻拭いくらい自力でするものである」
「……それ言われると言い返せねえけどさぁ……」
耳が痛い。色んな意味で。
子供達が勘違いしたのは、元をただせば、自分が言葉足らずだったせいでもある。全てが自分のせいとは思わないが、原因の一端である事は否定できない。
『きっと相手はわかっているだろう』ではなく『もしかしたら相手はわかっていないかもしれない』という心構えで、報連相を徹底すべきだった。自動車の『かもしれない』運転みたいなものだ。
報連相の大切さを再認識する。
本当に大切ですね、報連相。
きっと今からでも遅くない。徹底しよう、報連相。
「黒夫、魅雪。話がある。聞いてくれ」
「……嫌だ……!」
「……ヤなの……!」
即行、拒否られた。報連相の余地無し。
「いや、あのー、そう言わずに聞いて?」
「……ニンゲンの言う事なんか聞くもんか……!」
「……おじぢゃんの言う事なんで聞がないもん……!」
大切さを再認識した時には手遅れだった、という事はよくある。
後悔しても、もう遅い。
「ミユキ、クロオ。もうその辺にしておけ」
「……姉ちゃん……」
「……お姉ぢゃん……」
ムチムチさんが二人に声をかけると、左右の拘束が少しだけ弱まった。
自分がどれだけ言っても、微塵も緩まなかったのに。
これが信頼の差か。
泣ける。自業自得だけど。
「あまりヒデオ殿を困らせるものではないぞ」
「「でもっ!」」
「でも、ではないのだ。気持ちはわかるが、堪えろ。……本っ当に、気持ちはわかるが……物凄く、よくわかるが……っ……」
なんかスンゴク実感のこもってそうな声で、滔々と説得していた。
ムチムチさんが言葉を一つ口にするごとに、左右の拘束が少しずつ緩んでいく。
「人にはそれぞれ、帰るべき家があるのだ。ヒデオ殿にもそれはあり、そしてそれはここではなく、私達はそこへは行けないのだ。残念ながら、な」
「「……………………」」
「本当はもう随分前から、ヒデオ殿は帰ろうと思えば帰れたのだ。それなのに、帰るべき家を持たない私達のために、帰る家を用意してくれて、今後の生活に不自由が無いようにまでしてくれたのだ」
「「……………………」」
「わざわざ帰るのを遅らせてまで、私達のために時間を割き、手を尽くしてくれている。幾ら感謝しても感謝しきれるものではない。それなのに、最後まで困らせ、手を煩わせるなどと……。ミユキも、クロオも、わかるだろう?」
「「……………………」」
「さあ、これ以上、困らせるものではない。手を離すのだ」
「「……………………」」
小さな手が、離れた。
「すまないな、ヒデオ殿。最後まで迷惑をかけて」
「……いえ。とんでもない」
ムチムチさんが下がり、絨毯から距離を取った。
美しい顔が、物悲し気に歪んでいる。見ているだけで胸が苦しい。
手を伸ばしたい。
「……………………」
ダメだ。手は伸ばさない。
これでも悩んだ。
平凡な脳味噌を必死に稼働して、散々悩んだ。
悩んで、悩んで、悩んだ末の、今だ。
元の世界に、エルフと獣人と鬼をつれては行けない。リスクが大きすぎる。
異世界に残り、家族や知人に不要な心労はかけられない。不義理すぎる。
三人を置いて、帰る。
自分の選んだ選択肢が最適解だなんて思ってない。
それでも、自分が思い付けた選択肢の中では、マシな方のはずだ。
マシだと信じて、決めた事だ。
「……ニンゲン……」
「……おじぢゃん……」
ムチムチさんに手を引かれ、子供達も下がった。
ムスッとした顔してる。
笑顔でお別れと行きたかったが、まあしょうがない。
「我、微妙にハブられてる気がするのである」
「あぴ~る」
三人の後ろで十本首がウネッててキモいけど、それは別にどうでもいい。
「イッテラッシャイマセー」
十本首の横に立ち、強面の作業員さんがお辞儀していた。
ついでに足元にはロボット掃除機もいた。珍しい事に、今日はウィンウィン言ってない。
「ますたー」
「……うん。出発しようか、フェア」
総出でお見送りの中、フェアの声に返事をする。
途端、絨毯の周囲の様子が変わった。
「うぉっ!?何これ!?」
直径4mほどの光るドームが、絨毯を取り囲むように出現。
まるで大きなシャボン玉に包まれたかのように、不規則な虹色に揺らめいている。
「時空歪曲面を形成しています。航行中は危険ですので、手や顔を外に出されませんよう、ご注意ください」
「あ、はい」
フェアから注意喚起のアナウンス。
注意されるまでもなく、下手な事をするつもりは無い。
つい先日、六本足の女教師の特別授業で、異世界間の移動の危険性について散々聞かされたばかりである。
絨毯のド真ん中で、正座待機。
ベースは絨毯なので、シートベルト等の安全装置が無いのが若干の不安を誘う。
「……ヒデオ殿も、フェアも、達者でな……」
「……ばいばいなの……」
「汝らの行く末に、幸あらん事を祈る」
「げんきでね~」
虹色の薄膜の向こう側。すっかり見慣れた顔ぶれも、これで見納めだ。
「みんなも、元気で」
皆に、お別れの挨拶を返す。
距離の離れた所に、全員揃って並んでいる。
まるで集合写真でも撮るみたいな立ち並びで、全員の顔が見える。
そう。集合写真。
「……あっ」
この段に至って、今更、とんでもなく重要な事を忘れていた事に気付いた。
「1枚も撮ってねえ!?」
本当に、今更、気付いた。すっかり忘れてた。
異世界に来てから今日まで、誰の写真も撮ってない。勇者召喚の魔法陣の写真は撮ったけど。
自分はあまりマメな方ではないので、普段は写真を撮らないし、SNSにアップとかもしない。さすがに人生の節目には写真を撮るが、家族イベント系の写真は、いつも姉が撮っていた。
自分とは逆に、うちの姉は小マメにパチパチ撮るタイプ。おかげで、写真を撮り損ねて困った事は無い。
今までは、そうだった。
「ち、中止!フェア、出発は一旦中止して!」
せめて集合写真の1枚くらい欲しい。
慌てて止めた。
「いいえ。それは無理です。ますたー」
止まらなかった。
「なんで!?」
「すでに時空歪曲場を展開済です。中断できません。ますたー」
「そこを何とかならない!?」
「いいえ。何とかなりません。現段階でシークエンスを強制停止した場合、乗務員の安全を保障できません。ますたー」
なんかヤバそうな警告された。
異世界間の移動、つくづく命懸けらしい。
「……さすがに、写真と命は天秤にかけられないか……クソッ……!」
写真1枚のために生命を危機に晒すのは、いくら何でも嫌すぎる。
写真は諦める。
惜しいけど、そりゃもう本当に心底惜しいけど、諦めるしかない。
「……っ……うぅぅぅぅぅぅぅぅっ……やっぱり嫌にゃああああああああっ!」
「あごっ!?」
直後。虹色の薄膜を突っ切り、黒い物体が高速で吶喊。
諦めた自分のアゴにクリーンヒット。
地味に痛い。
「く、黒夫!?何やってんだ、お前!?」
「ニンゲンめ!オレを騙して逃げられると思うにゃ!」
「いやだから騙したんじゃねえって言っただろ!ってか、んな事言ってる場合かよ!?早く降りろ馬鹿!」
「嫌にゃ!逃がさにゃい!」
「逃げるんじゃなくて帰るんだよ!お前まで巻き込まれるぞ!」
「構うもんか!」
「いや構えよ!?俺がこれから帰る場所、人間しか住んでねえんだぞ!?お前、どんな目に遭うか、わからねえんだぞ!?リスク馬鹿高だぞ!?」
「ニンゲンを逃がすよりマシにゃ!一緒に行く!」
「いや絶対に残った方がマシだぞ!?」
「オレを騙した責任、絶対に取らせてやるんにゃ!覚悟しろ、ニンゲン!」
しがみ付いて離れない。
最後まで面倒臭い、この猫。
「ズルい!クロオばっかりズルいの!ボクも!」
「ぅおぁっ!?」
ここで更に魅雪が参戦。
黒夫に気を取られている隙に、死角から掴まれた。
「み、魅雪まで!?何してんの!?」
「乙女心を弄んだ罪は重いの!おじぢゃんには責任取っでもらうの!」
「いやだから弄んでないから!誤解だからそれ!とにかく降りて!」
「ヤなの!」
しがみ付いて離れない。
鬼女から逃れる術は無いのか。
「警告」
【WARNING!】
左右に引っ付く子供達を相手に四苦八苦していると、虹色の薄膜がグニャリッと大きく歪んだ。
「時空歪曲面に異常が発生しました。これより時空歪曲面の修正を開始します。エラー。時空歪曲面の修正に失敗しました。これより時空歪曲面の再形成を開始します。エラー。時空歪曲面の再形成に失敗しました。エラー。時空歪曲場に異常が発生しました。これより時空歪曲場の修正を開始します。エラー。時空歪曲場の修正に失敗しました。これより時空歪曲場の再展開を開始します。エラー。時空歪曲場の再展開に失敗しました。エラー。これより実行中のシークエンスを強制終了します。乗務員は各自の判断で安全を確保してください。エラー。実行中のシークエンスの強制終了に失敗しました。エラー。変位先の時空間点の座標情報を喪失しました。これより座標情報の再取得を開始します。エラー。座標情報の再取得に失敗しました。エラー。これより多次元時空間変位航行機を緊急停止します。乗務員は各自の判断で安全を確保してください。エラー。多次元時空間変位航行機の緊急停止に失敗しました。エラー」
【error code : -666】
「なにごと!?」
なんか超ヤバそう。
「ますたー。当機は現在、暴走状態に移行しています。退避を推奨いたします」
「暴走!?」
いつもの声音で、フェアが言った。
電気設備関係では結構いつも暴走気味なフェアが、はっきり暴走と明言した。
マズい。何だかよくわからないが、絶対にマズい。
世界を渡る絨毯が暴走とか、碌でも無い事になる気しかしない。
「ちくしょう!ようやく帰れると思ったのに!」
なんかもう呪われてるのかってくらい、すんなり行かない、最後まで。
とにかく今は退避だ。フェアの言う通りにしておけば大丈夫、多分。
左右に黒夫と魅雪を引っ付けたまま絨毯から降り、虹色の薄膜を突っ切る。
半球状だったドームが、更に歪に歪む。
万が一にも暴走に巻き込まれないよう、距離を取った。
「エラー。制御の回復に失敗しました。これより再試行します。エラー。制御の回復に失敗しました。これより再試行します。エラー。制御の回復に失敗しました。これより再試行します。エラー」
自分達は降りたのに、フェアが降りてこない。
「何やってんの!フェアも降りて!早く!」
「いいえ。それは無理です。ますたー」
拒否られた。
「無理ってどういう事!?」
「シークエンスが実行中のため、当機より離脱できません。ますたー」
「なっ!?そ、それって、フェアはどうなんの!?」
「当機と共に不確定座標に変位します。ますたー」
「不確定座標!?」
不穏なワードが出た。
脳裏に思い浮かんだのは、壁に半分めり込んだフェアの姿。
「大丈夫なのそれ!?」
「いいえ。大丈夫ではありません。退避を推奨いたします。ますたー」
マズい。非常にマズい。感情的にもマズいが、実利的にもマズすぎる。
このままでは、制御不能の暴走に巻き込まれて、フェアが消える。
絨毯だけなら、ここで消えても、また創造すれば済む。創造コストは重いが、替わりは利く。
しかし、フェアが消えたら、帰還の手段も消える。完全に詰みだ。
「どうか、お元気で。ますたー」
「っ」
一瞬、迷った。
迷う時間が無い。
「つなし!」
左右に引っ付いてる物を、力任せに引き剥がす。
「頼む!」
引き剥がした物を、力任せにブン投げる。
身体スペックだけなら勇者級。10kg超の重量物も片手で投げ飛ばせる。
「ニンゲン!?」
「おじぢゃん!?」
投げ飛ばされた物が、いつか見たような間抜け面してた。
笑える。
「まったく、そなたらには手を焼かされるのである」
「然り」
「我には手、無いけどな」
「ああああぁぁぁぁ……我の酒……勿体無いのである……」
十本の赤い首が伸びる。
飲みかけの強零の缶を放り捨て、投げ飛ばされた物に絡み付いた。
「とったど~」
「にゃあっ!?」
「ヤだぁっ!離してぇっ!」
「……ああ、勿体無いのである……我の酒……」
名残惜しそうに地面のシミ見つめてるけど、仕事は完璧だった。
見事に空中キャッチ。そのまま宙ぶらりんに拘束。ジタバタ暴れる物を離さない。
どんな俊足も怪力も、地に足が着いていてこそ真価を発揮する。宙に浮くような姿勢で拘束されたら、発揮しようがない。
これで一安心だ。
「フェア!」
子供達の安全確保を確認して、再び、絨毯に飛び乗る。
決してフェアを独りにはできない。感情的にも、実利的にも。
「今更だけどこれ乗り物としてどうなのよホントにさぁ!」
この絨毯、つかみどころが無い、物理的な意味で。
とりあえず、端っこの機械部分に付いているレバーっぽい部品を握っておく。他に身体を固定する方法が無い。
「ますたー。退避を推奨いたします」
「そういうのいいから!俺の事より、制御に集中して!少しでもマシにして!」
「はい。制御に集中して、少しでもマシにします。ますたー」
この絨毯、身体を固定できる部分が何も無いのが本当に困る。気付いてみれば至極当然の事なのに、今まで見落としていた。
事前に入念な準備をしていた時には誰も気付かず、いざ実機を稼働する段階になって初めて不具合が顕在化する事は、ままある。
乗り物としての機能性や安全性の向上のために、設計変更が必要である。
一段落付いたら、座椅子っぽい部品でも取り付けよう。その程度のDIYなら自分でも何とかできるはずだ、多分。
虹色の光量が上がっていく様子を見ながら、そんな事を現実逃避気味に考えた。
「ヒデオ殿!」
虹色の向こう側。ムチムチさんが、こちらに駆け寄ろうとした。
「ヒデオ殿ぶへしっ!?」
そしてコケた。地面に顔面ダイブ。
少しだけ近寄られたが、暴走に巻き込まない程度には距離がある。
この人の身体能力が低くて良かった。
「ますたー。これより航行を開始します」
虹色の光量が一気に跳ね上がり、視界が真っ白に染まる。
「ひでおどのぉ!」
美声を聞きながら、自分の意識も真っ白になっていった。




