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110/152

110.電設のヒデオさん、絨毯に乗る。


朝からドタバタして、しんみりするヒマも無い。良いんだか悪いんだか。


騒がしい朝食の後は、おにぎりをにぎる。食料生成装置からは材料のみ取り出し、せっせと手作り。


つまみ食いを目論む不埒者どもの口には、大ぶりのスルメ丸ごと突っ込んで黙らせておいた。



「できたのー!」


「……めっちゃ作ったなぁ……」



おにぎりの山、再建に成功。


指の皮がふやけるほど作りました。



「おじちゃんが手伝ってくれたから、早く終わったの!」


「う、うーん……。魅雪の手際に比べると、もたついてたと思うけど……」


「そんな事無いよ!おじちゃんとの共同作業のおかげで、すぐ終わったの!ボクとおじちゃん、相性バッチリなの!」


「ええっ……それはどうかなぁ……」


「そうなの!絶対そうなの!」



料理の腕前は、魅雪の方が遥かに上だ。自分の手伝いは、本当にお手伝いレベル。作業時間は同じでも、作業量には歴然の差がある。


当の魅雪が嬉しそうなので、まあ良し。


自分の自己評価より、魅雪の満足度の方が遥かに重要である。




自分が手伝うのは、おにぎりをにぎる所まで。最後の仕上げは魅雪に任せる。


大量に作ったおにぎりは、そのまま食べるのではなく、すべてお弁当スタイルにするらしい。


わざわざ一人前ずつ、大きな笹の葉で個包装。トコトンこだわりが強い。


魅雪に後を任せ、こちらはこちらで最後の仕上げを行う。



「よし。ここは潔く、刈るか。フェア、手伝ってくれる?」


「はい。手伝います。ますたー」



おにぎりをにぎりながら考えてみたのだが、やっぱり茶髪はマズい。


現代社会でも、髪色を気にする人は気にする。元から茶髪だったならまだしも、失踪前は黒髪だった男が茶髪になって戻ってきたら、どうしたって周囲からの心象は悪くなるだろう。


という訳で、丸刈りである。



「後ろ、お願いね。一思いにバッサリいっちゃって」


「はい。一思いにバッサリいきます。ますたー」



コード式掃除機のアタッチメントのバリカンで刈る。機器の限界、最短0.8mm。


こういう時、男は楽でいい。とにかく坊主頭にしとけば大体何とかなる。


髪への未練は断ち切る。どうせ放って置けば伸びる。



「……こんなもんか?」


「よくお似合いです。ますたー」


「そ、そう?似合う?」



丸刈り完了。頭スースーする。


髪を切っただけだが、不思議と心もスッキリした。



「にゃははははっ!にゃんだこれ!にゃははははははははっ!」


「ジョリジョリするの!クセつよ触感なの!」


「いや何してんのよ、二人とも……」



気付いたら、小さな手で頭を撫で回されていた。


何が楽しいのか知らないが、やたら楽しそう。


子供の琴線は、大人には理解し難い。



「ヒデオ殿。私も触って良いだろうか?」


「えっ?ムチムチさんもですか?」


「だ、ダメだろうか?」


「……いや、まあ、いいですよ。どうぞ」


「そうか!いざ!」


「……………………」


「おおっ!?これはなかなか良い手触りだな!ふふふふふふふふっ!」


「……………………」



子供の琴線を理解できる大人もいるらしい。徹夜明けのおかしなテンションで撫で回された。


ほっそりした指先が頭皮をなぞる感触。背中がゾワゾワする。



「矮小なる存在のやらかす事は珍妙であるな。とんと理解できぬ」


「然り」


「あれれ~?おっかしいぞ~?……ほんとに、おかしい……なんで……?」



十本首は、こっちを遠巻きに見ながら首を傾げていた。


酔っ払いのオッサンにまで絡まれなくて助かった。


しばらく、三人に好きに坊主頭を触らせる。


ボケーッと成すがままになっていたら、左の耳たぶを軽く引っ張られた。



「ますたー」


「……うん。わかってるよ、フェア」



このままズルズル昼過ぎまで居残ってしまいそう。


いい加減、切り上げないと。



「いつまで触ってんの。ほら、もうそろそろ解散して」


「「「えー」」」


「はいそこ、不満そうな声出さない。解散と言ったら解散!」


「「「……はーい……」」」



名残惜し気に、三人の手が離される。


人肌の熱が離れ、頭スースーする。


寒い。



「こんな時こそ、これでしょ」



坊主頭に猫耳カチューシャ装着。



「変態にゃっ!?」


「すっごく変なの!?」


「それはさすがにどうかと思うぞ、ヒデオ殿……」


「いやこれ今は実用品ですから。あったまったら取りますから」



電熱のおかげで、ほんのり温かい。防寒具代わり。



「ますたー」


「……わかってるって。もう出発するよ」



少し強めに耳たぶ引っ張られた。


こうして急かしてもらわないと踏ん切りも付けられないのは、我ながら情けない。



「ヒデオ殿。行くのか」


「ええ」


「そうか。……そうか」



これで、お別れだ。


自分は、王国の国家規模の施策によって、異世界に召喚された。


妖精パワー(仮)と落雷の合わせ技によって、元の世界に帰還する。


本来、行きの行程も、帰りの行程も、個人レベルでは実現できない。


元の世界には、魔法なんて無い。あるのは科学だけ。


妖精パワー(仮)で創造した電気設備は、消滅するかもしれない。あるいは、機能が消失するかもしれない。


運良く機能が残ったとしても、電気設備を稼働するには電力がいる。


もし、妖精パワー(仮)ですら充電に約3年かかる電気設備を、一般家庭用の電源から普通に充電しようとすれば、果たしてどれほどの歳月が必要だろうか。


そして何より、電気代は、お幾ら万円になるのでしょうか。平凡なサラリーマンが支払える金額に収まるのでしょうか。


行程の再現難易度が高すぎる。色んな意味で。



「「……………………」」



元の世界に帰ったら、もう二度と、異世界には来られない可能性が高い。


この人とは、もう二度と、会えない。



「……少し、時間が欲しい。身なりを整えたいのだ」


「そうですか。わかりました。私は一足先に外に出て待ってますね」


「……よもや、私がいない間に発つ、なんて事しないだろうな?」


「そんなに薄情じゃありませんよ」



別れを前にして、ムチムチさんは一旦和室に引っ込んだ。


ちなみに、ついさっきまでは芋ジャー姿でした。眼帯風ネクタイ付き。


あの姿で見送られていたら、きっと一生忘れられない想い出になっていただろう。色んな意味で。



「いよいよ行くんだな、ニンゲン」


「早くお外行こ、おじちゃん」


「あ、ああ、うん。そうね。うん」



少々感傷的な雰囲気の自分とムチムチさんとは違い、黒夫と魅雪は元気いっぱい。


左右から引っ張られるようにして、一緒に外に出た。



「帰るにはいい天気……って言っていいのか、これ?」



本日の天気。晴れ、所により雷。


雷の塔には、本日も超局所的暗雲が纏わり付き、数分おきに落雷が発生している。澄み渡る青空の下、無音のままピカピカしていて、相変わらず不自然な自然現象である。



「……帰ったら、雷がよく落ちる場所でも探してみるか……いや、でもなぁ……忙しくなりそうだし、そんな余裕あるかな……」



テレビの都市伝説系の情報番組で、そういうオカルトスポットを紹介してたような気がする。残念ながら、詳しい地名は覚えてない。


嘘か本当かは知らないが、他に当ても無い。平日は再就職のために励むとして、休日はオカルトスポット巡りでもするか。


失踪から帰ってきたと思ったらオカルトスポット巡りする男とか、周囲からの評価が地に落ちそう。


ただでさえ憂鬱な帰還が、ここに来て更に憂鬱になった。



「ますたー」


「わかってる。わかってるってホントに」



急かされるままに、通勤カバンから、丸まった筒状の物体を取り出す。


世界を渡る絨毯。フル充電済。



「よいしょっと」



レジャーシートのように、地べたに広げる。


1辺2mほどの正方形には、複雑な幾何学模様が描かれている。


端っこには、取って付けたようなメタリックカラーのメカ要素。操作方法不明。



「フェア。運転よろしくね」



いつも通り、フェアに丸投げする。自分が下手に手を出すより安心である。



「はい。お任せください。ますたー」



フェアは元気に返事をすると、そのまま機械部分に取り付き、合体。


ヴィーンッ。ピポッ。ピポポピポピピピッ。ガシャコーンッ。ヌヌッ。ィャァッ。



「おおっ、凄ぇ……。3Dホログラム?」



なんかメカっぽい音がして、機械の上に立体映像が浮かんだ。バーチャルアイドルのリアルライブっぽい。


半透明のホログラムになっても、フェアは可愛い。もちろんアイドルより可愛い。



「多次元時空間変位航行機、起動しました。ますたー」


「あ、うん。……これ、そんな名前だったの?」


「はい。そんな名前です。ますたー」



正式名称、発覚。仰々しい。



「ますたー。どうぞご着席ください」


「それじゃあ、失礼して」



靴を脱いで通勤カバンに収納し、絨毯に乗る。


真ん中の辺りに、適当に腰を下ろした。



「おじちゃんのふるさと、楽しみなの。ドキドキわくわくなの」


「ふんっ。オレは別にそんなでも無いぞ。ニンゲンのふるさとに期待なんかしてないからな」



自分のすぐ後ろの辺りに、黒夫と魅雪が腰を下ろした。



「……あの、黒夫、魅雪?土足のまま上がらないで欲しいんだけど?」



何故か、黒夫と魅雪が靴を履いたまま絨毯に乗ってた。何故だ。


土足で体育座りしてた。


小学生か。見た目は小学生だ。



「せめて靴は脱ぎなさい」


「「はーい」」



注意すると、二人は素直に靴を脱ぎ、絨毯のすぐ横に置いた。


レジャーシート感が増した。



「うん。それで良し――……って、いや違うそうじゃない!?」



場の雰囲気に流されかけた。



「ますたー。当機は自動浄化機能付きです。土足で乗っても問題ありません」


「あ、そうなの?それなら――……って、いやだからそうじゃなくてね!?」



土足のまま絨毯に乗るのは、外国では普通の事だ、とか言う話を聞いた事がある。


きっと外国同様に、異世界でも絨毯に土足は普通の事なのだろう、多分。


いやそんな事はどうでもいい。



「なんで乗ってんのよ。黒夫、魅雪、降りなさい」


「「……………………えっ?」」


お父さんと一緒にお父さんの田舎に行くんだと思ってたら予定が延期になっちゃって残念なんだけどお父さん忙しそうだしあんまりワガママ言うのも悪いと思って平気なフリして待ってたら更に予定が延期になっちゃって今度こそ我慢できなくて嫌だって言いたくなったけどお父さん本当に物凄く忙しくて大変そうだし来週には今度こそお父さんの田舎に連れて行ってくれるみたいだしまた平気なフリして待ってたら結局2週間後になっちゃったけど今度という今度こそは本当にお父さんの田舎に行ける事になって朝からワクテカしてたら実は全部誤解で本当はお父さんはお仕事のために田舎に単身赴任する事になってて遊びに行く訳じゃなくて一緒に連れて行ってくれないんだってわかった瞬間の子供、みたいなリアクションの図。

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