108.電設のヒデオさん、頼む。
そんなこんなで、雷の塔に到着して2週間が経過した。
「……片頭痛が痛ぇ……」
「ますたー。ご無理をなさらないでください」
「……別に無理はしてないよ、俺の方はね」
「いいえ。とてもそのようには見えません。長期の静養を推奨いたします」
「……俺の事はいいよ。それより、フェアの方はどう?まとまった休み、いる?」
「いいえ。まとまった休みはいりません。ますたー」
「……ホントに?大丈夫?」
「はい。大丈夫です。ますたー」
「……そう。それならいいんだけど」
この2週間、フェアには繰り返し無茶を強要した。
電気設備を創造し、24時間静養し、復帰と同時にまた創造し、また24時間静養。ひたすら、その繰り返し。
ブラック企業がドン引きするレベルのブラック生産体制である。ブラックアウトが隔日で必須とかヤバすぎる。
しかし、その甲斐もあり、この地での生活環境は整った。
「……ホント、がんばった甲斐あったなぁ……実際にがんばったの、俺じゃなくてフェアだけど……」
「いいえ。わたしは微力を尽くしたまでです。ますたー」
特に創造するのが大変だったのは、生産機械4台と、ロボット1台。
食料生成装置。見た目は箱型。和洋中、その他、各地の食文化に対応。異世界の食文化にも対応してます。
液体生成装置。見た目はドリンクサーバー。飲料用水、炭酸水、ソフトドリンク類、アルコール類、洗浄液、消毒液など、液体全般に対応。工業用メタノールやメッキ液などにも対応してます。
衣類生成装置。見た目はミシン。ラフな部屋着、フォーマルなスーツ、オシャレなドレスなど、衣類全般に対応。各種用途別の肌着や下着などにも対応してます。
その他、A1用紙に乗るサイズの代物なら大体何でも造形可能な汎用型生成装置。見た目は業務用プリンタ。樹脂、金属、ガラス、セラミック等々、多種多様な材料に対応。CFRPなどの複合材にも対応してます。
そして、作業用ロボット。セルフメンテナンス機能付き、スタンドアロンタイプ。逐一指示しなくても随時対応してくれます。
「装置ノめんてなんすハ、ワタシニ御任セ下サイマセー」
「あ、はい。頼みますね、作業員さん」
ちなみに、コンビニの店員さんやロープウェイの駅員さんの姉妹機である。内部の機構は作業員仕様に変更されているようだけど、愛嬌のある強面は健在。気配りは生身の人間以上。
業務規程外の業務になるが、ロボット掃除機のメンテナンスをこなし、一緒に掃除してたりする。働き者の作業員さんである。
その他諸々、生活に必要となる細々とした物も色々準備済。生活用水用の貯水タンクを、大気中の水蒸気から自動給水するタイプに改造したりとか。
創造し、設置し、調整。全ての準備を整えるのに2週間かかりました。
「いやホント、よくこれだけ準備できたもんだよ。本当にありがとうね、フェア」
「えへへー」
照れてるフェアも可愛い。
フェアは可愛いけど、フェアの創造した装置の性能は可愛くない。割とガチめにヤバいモン創造してもらった気がする。
無から有を生み出しているようにしか見えない物質生成装置群。動作機序不明。
一応、科学的な装置らしい。生成のための材料として、周囲の元素やら微生物やらをアレコレ収集して利用しているらしく、世界全体で見れば、質量保存の法則は維持されているらしい。
エセ科学系の商材並みに科学的説明が胡散臭い。
「……ここでしか使えないのが惜しいな、これ……」
一見すると、物凄い装置に見える。実際、物凄い高性能の装置である。しかし、その性能の高さ故に、明確な欠点が存在する。
これ、電気を馬鹿食いする。
各装置とも、世界を渡る絨毯と同等か、それ以上に電力消費が激しい。エネルギー保存の法則のせいで、省エネには原理的限界がある。
もし仮に、装置1台稼働するのに原子炉1基分の電力を外部供給する必要があるとしたら、そんなものはハイスペックなガラクタだろう。本来ならば。
「……丁度いいって言うのもアレだけど、まあ丁度良かったな……」
各装置の稼働に必要な電力は、雷の塔からの供給に頼る。この地でのみ実現可能な力業の解決方法である。
雷の塔の影響圏外ギリギリの位置にキャンピングカーを停泊し、居住性優先モードに変形させて固定。そこから圏内にケーブルを伸ばしてバッテリーに給電し、装置を稼働している。
自然エネルギーを活用した、自然に優しいエコ生活。電気料金0円なので、家計にも優しい。
念のため、住居の周囲を覆うように、巨大な鳥かご状の金属柵を設置。原則、電気は流れやすい経路を優先的に流れるので、こうしておけば柵の内側に雷は落ちないはずだ。
ついでに、生活の足として、軽自動車を用意。自動運転レベル4相当のシステムを搭載したカーナビ付きEV仕様車。軍用品レベルのシールド処理を施してもらったので、EMP攻撃を食らっても壊れないはずだ。
不自然な落雷に対しての安全性は、試験していないので不明。危険すぎて、迂闊に試せない。そもそも圏内に入らなければ影響は無いはずなので、不使用が前提の保険である。
塔には崩壊の兆しも無いし、まあ大丈夫だろう、多分。
「……ついに終わり、か……」
この地に来て2週間。予定の2倍の時間がかかったが、出発前の準備は終わった。
これでもう、いつでも帰れる。
帰れてしまう。
帰れてしまうからには、帰らなければならない。
「……うーん……いっその事、本当に長めの休みを取るのもアリか……いや、でもなぁ……この状況でそれやっちゃったら、おしまいな気がするんだよな、一社会人として……」
例えるなら、月曜日の朝に身体が超ダルくて風邪かと思い体温を測ってみたら平熱だった時の気分。
休みたい。休めない。だって大人だもの。
「どうやら一段落付いたようであるな」
「おつかれ~」
「いやお疲れじゃないが。人の部屋に勝手に入ってくんなよ、つなし」
懊悩してたら、十本首が来た。万年日曜日のオッサンである。
「我がどこへ行こうと、我の勝手である。何人たりとて、我の行く手を阻むのは許さぬ」
「無茶苦茶言ってんな。……まあ、こいつならいいか、別に……」
一瞬、追い出そうかとも思ったが、やめた。こんなんを追い出すために手間をかけるのも面倒臭いし、好きにさせとこう。
作業中、自分が部屋に引きこもったのは、倒れる姿を誰にも見せたくなかったからだ。心配をかけたくないというのもあるが、何よりカッコ悪い姿を女子供に見せるのは嫌だった。
だが、酔っ払いのオッサン相手になら、そういう気遣いは無用だ。
「……ある意味、丁度いいタイミングか……」
いつでも帰れる準備は整った。この機に確認しておきたい事がある。
三人の今後の生活が一番の気掛かりだったが、こっちはこっちで少しだけ気になっていた。
「なあ、つなし。お前、この後どうすんだ?」
気になったので、聞いてみた。
「どうする、とは?どういう意味であるか?」
「俺が帰った後、どうすんのかって話だよ。元々お前がついて来たのって、気分転換のためだろ?自信作のミードを台無しにされて、次の酒造りを始める気が起きない、とか言ってたよな?」
「ふぅむ。そう言えば、切っ掛けは、そうであったなぁ……」
「ここに着いて、もう2週間だぞ。全然動いてないけど、この後は、どうするつもりなんだ?旅を再開するのか。それとも森に帰るのか。ちょっと気になってな」
「ふぅむ……」
十本首が、一斉に思案顔になった。
「そなたは、この世界とは別の世界に帰るのであろう?」
「ああ、まあな」
「ふぅむ。旅の続きを別の世界ですると言うのも、楽しそうであるなぁ」
「ちょっ!?」
とんでもない事を言い出した、この酔っ払いのオッサン。
「――と言いたい所であるが、さすがに軽率に過ぎるか。別の世界を軽々にうろつくには、我の存在は重すぎる」
「お、おどかすなよ……」
エルフや獣人や鬼ですら、元の世界に連れて帰ったら、大きな騒ぎになるだろう。ましてや十本首の赤蛇の魔物とか、下手すれば自衛隊出動案件である。
「リアル怪獣映画とかマジ勘弁してくれ……。それで、本当はどうすんだ?」
「特に何も考えておらぬ」
「ええっ……」
「強いて言うならば、今しばらくは、ここで無聊をかこつのも悪くない気分であるか」
なんか殊勝な事を言ってた。強零の缶をラッパ飲みしながら。
「ただ単に、楽して酒にありつけるから居座ろうって魂胆だろ、それ」
「ぎく~っ」
「そ、そんな事は無いのであるよ?」
「し、然り」
結局、酒かよ。
ブレないな、この酔っ払いのオッサン。
「……なあ、つなし。一つ、頼み事してもいいか?」
内情はどうあれ。
ブレないからこそ、信頼できる部分もある。
「我に、であるか?」
「な~に~?」
「我は寛大である。言うだけ言ってみるが良い。聞くだけは聞いてやろう」
超偉そう。頼み事したくない。でも他に頼れる相手がいない。
「……頼む。三人を守ってくれ」
元の世界に帰る自分には、もう頼む事しかできない。
「「「「「「「「「「……………………」」」」」」」」」」
ゾワリッ。
鳥肌が立った。
十対の視線が鋭い。射抜かれている。
「そなた、誰に何を口走っているのか、わかっていような?」
「ああ、わかってるよ、もちろん」
ビビッて堪るか、こんな酔っ払いのオッサンなんかに。
ラッパ飲みしていた缶を奪い取り、表情筋を総動員して笑って見せた。
「無職の飲んだくれに、少しは仕事してもらおうと思ってな」
「だ、誰が無職の飲んだくれであるか!?」
「お前だ、お前。どうせ金無いだろうし、代わりに体で払ってもらうぞ、つなし」
「か、体で払う!?我をそのような目で見ていたのであるか!?」
「け、けだもの~!?」
「変な事言うなよ……。自宅警備員してくれればいいんだよ」
なんかクネクネしだした。キモい。
キモいけど、他に頼れる相手がいない。
「できる範囲でいい。四六時中、ずっと守ってくれなんて言わない。酒盛りの片手間でいい」
「「「「「「「「「「……………………」」」」」」」」」」
「行動を縛る気も無い。いつでも好きに出てっていい。ただ、この家にいる間だけでも、頼まれてくれないか?」
「「「「「「「「「「……………………」」」」」」」」」」
「こういうの、本当はダメなんだろうけどな。美鹿毛先生にでも知られたら蹴っ飛ばされそうだし」
かつて職場の先輩が言っていた。『頼られるのは嫌いじゃないが、当てにされるのは気に入らない』と。
十本首は、どうだろうか。自分からの頼み事を、どう受け止めただろうか。
「不遜。実に不遜である」
「然り」
気付けば、缶を奪い返されていた。
十本首はそのまま一気に飲み干すと、空き缶を部屋の隅のゴミ箱に投げた。普通に入った。
相変わらず、器用なヘビだ。
「我を走狗の如く扱おうなどと、思い上がりも甚だしいのである」
「然り」
「分を弁えるが良い、矮小なる者よ」
「……そう、だな」
距離感を測り間違えた。
同居していようとも、人間と魔族と魔物は別物だ。平穏な生活が成立しているだけでも御の字。それ以上を望むのは間違っていた。
「すまん、つなし。忘れてくれ」
頭を下げる。この件は取り下げるしかない。
「まったく、これだから矮小なる存在は度し難いのである」
「痛っ!?」
頭をかまれた。超痛かった。
何もそこまで怒らんでも。
「つくづく矮小な頭であるな。思い上がり甚だしいばかりでなく、思い違いも甚だしいとは」
「……うん?思い違い?」
怒ったのかと思ったが、違った。
十本首の顔は、呆れの色が強かった。
「頭で覚えられぬと言うならば、今一度、その魂に刻むが良い」
十本の首に取り囲まれ、言われた。
「我の座す場こそ、我の領域である。我の許し無く踏み入る者は、何人たりとて、ただでは済まさぬ」
「……………………」
本来なら、十本首に近寄る者は、呪いで石にされる。
王国の奇襲部隊は石にされた。お笑いトリオの犬コロも石にされた。自分も何度か石にされかけている。
黒夫、魅雪、ムチムチさんは、一度も石にされずに十本首と共同生活できている。本来なら、奇跡なのだ。
三人は、奇跡に守られて生活している。これまでも、今も。
「なあ、つなし。それって、要するに――……」
外敵から守ってくれるって事だろうか。さっきは遠回しな言い方してたけど。
「「「「「「「「「「……………………」」」」」」」」」」
「……いや、何でも無い」
もっと直截的に聞きたかったが、やめた。
これは、聞いてはいけない気がする。
十本首には十本首なりの、世界に対するスタンスみたいなものがある。以前、そんな話を本人から少しだけ聞いた。
人間よりも魔族よりも圧倒的格上の超生物。だからこそ、不自由な部分もあるのかもしれない。
「我にとって、ここは酒の湧く神泉にも等しいのである」
「大袈裟だな。……いや、大袈裟でも無いのか……?」
「更には、酒に合う肴まで湧き、竜モドキの給仕もいる。我の御座とするに相応しい場であろう」
「然り」
「いや然りじゃないが。乗っ取り宣言してないそれ?」
「乗っ取るも何も無いのである。元より我の物である」
「いや元々は俺の物だぞ」
「そなたの物は我の物である」
また出たジャイアニズム。やりたい放題かよ。
やっぱり自由すぎる、この酔っ払いのオッサン。
一応、釘は差しておこう。無駄かもしれんけど。
「念のために言っとくけど、この家は今、ムチムチさんの物だぞ。防犯システムにはムチムチさんを家主として登録してある。追い出されたくなかったら、怒らせるなよ?」
「ふぅむ?あやつが家主であるか?我をこそ家主とすべきであろう?」
「ただの居候が何言ってんだよ、図々しい」
「わ、我が居候!?」
「居候だろ。一応住人登録しといたけど、システム的には一番下だぞ、お前」
「わ、我が一番下!?」
「お前の本来の住処は森だろ。フラッとついて来ただけで、いついなくなるかも、わかんないし。下手にシステム弄られると危ないから、権限は一番下だ」
「何たる不敬か!いつもいつも、そなたは!今日と言う今日こそは許さぬぞ!」
「穀潰しに許してもらおうなんざ思ってねえよ」
「誰が穀潰しか!」
十本の首に取り囲まれ、襲い掛かられた。
二本の腕で対抗する。
最近では、これにも慣れた。
「矮小なる者よ!己が傲慢の代償、しかとその身で味合わうが良い!」
「かくご~!」
「上等だこの野郎!今まで散々タダで飲み食いしてきたツケ、払わせてやんよ!」
酔っ払いのオッサンと、本気の取っ組み合い。
異世界まで来て、自分は何をしているのだろうか。
もう準備も終わり、帰ろうと思えば今すぐにでも帰れる。
しかし、この日は十本首の相手で疲労困憊してしまい、帰れそうになかった。
しょうがないので、帰還の予定は延期した。
しょうがない事である。他意は無い。




