107.電設のヒデオさん、帰る準備をする。
拍子抜けするほどアッサリと、元の世界に帰る手段が確保できてしまった。
いや実際には、事ここに至るまでに紆余曲折が結構あるにはあった気がしない事も無いんだけれども。
最後の最後で超アッサリ充電完了してしまって、色々吹き飛んだ。
「これで、おじちゃんの故郷に行けるようになったんだよね?」
「どうするんだ、ニンゲン?今すぐニンゲンのふるさとに行くのか?」
黒夫と魅雪の反応は、以前と変わらずアッサリ風味。
湿っぽいお別れよりもマシと言えばマシだが、ちょっと寂しい。
「ますたー。今すぐ出発できます。今すぐ出発しますか?今すぐ出発しますよね?今すぐ出発しましょう」
フェアがグイグイ来る。いつになく積極的で可愛い。
スキル『電気設備』の妖精さん(仮)だし、電力消費の大きい電気設備を稼働可能な状態にした影響でテンション上がってんだろうか。
「……ヒデオ殿。すぐに発ってしまうのか?」
ムチムチさんは、悲し気だった。
自分との別れを惜しんでくれていると、うぬぼれても良いのでしょうか。
喜んではいけない事かもしれないが、嬉しい。
「いえ、出発はもうしばらく後ですね。こちらにいる内に、しておきたい事もありますし」
帰れるようになっても、すぐには帰らない。この点に関しては前々から考えていた事なので、予定通りである。
寂しいから出発を先延ばしにしている、とかではない。断じて。
「しばらく、か……。しばらくとは、どのくらいなのだ?」
「うーん、そうですね。大体1週間くらいですかね。正確な日数は、実際にやってみない事には、わかりませんけど」
「そ、そうか。1週間か。……そうか、1週間……あと1週間、か……っ……」
「……………………」
ムチムチさんの声を聞いていると、自分の中の何かが揺らぐ。
揺らいでいる自覚がある。
出発は、あまり先延ばしにできない。帰る決心が変わってしまう前には帰ろう。
「なんだ。すぐ行くんじゃないのか。つまんないぞ」
「おじちゃんは、のんびり屋さんなの」
黒夫と魅雪が言った。暗に急かされてる気がする。
いや別にいいんだけど。できるだけ早く帰るべきだと自分でも思ってるし、ホント別にいいんだけれども。
時に子供というものは、大人の目には薄情に見えるほど割り切りが早い。
本音を言えば、もうちょっとくらい別れを惜しんで欲しいな、とか思ったりもするけど。大人がそういう期待を抱いている時ほど、期待通りには動かない。
「のんびりする訳じゃないよ。出発の前に、何かと準備とかあるしな」
「「準備?」」
「まあ色々とな。大人には色々あるんだよ、色々。それが済むまでは居残りだな」
「「ふーん?」」
淡泊すぎて泣きたい。
子供達の様子は、ともかくとして。
のんびりするつもりは無い。元の世界への帰還が先延ばしになるほど、社会復帰のハードルが上がる。
かと言って、急ぐつもりも無い。数日前後した程度では、社会復帰のハードルの高さは誤差だ。
変に焦ると、重大な見落としをする危険性が増す。こちらの世界で何かしらミスをしても、元の世界に帰還後ではリカバリーできない。そちらの方が怖い。
必要な分だけ時間をかけ、過不足の無いように準備をして、元の世界に帰る。
それだけだ。
「そなたとの旅も、ここで終わりであるか。思いの外、短い旅路であったな」
「然り」
「ざんねん~」
「何言ってんだよ、つなし。どうせアレだろ。残念なのは酒の事だろ、どうせ」
「当然であろう。そなたの価値の9割9分9厘は酒である」
「おいコラつなしテメェこの野郎」
「だ、だが、まあ、その……。の、残り1厘くらいは、そ、そなた自身の事を残念に思っていない事も無くは無いのである」
「……はいはい、そうかよ」
十本首からは、ちょっとだけ別れを惜しまれた。
ちょっと嬉しかった。
ちょっと嬉しいとか思ってしまったのが、悔しい。
三人との別れは、三人と初めて出会った時から決まっていた事。
三人との別れの前に、三人が当面の生活に困らないように準備するのは、初めから決めていた事。
大筋の方針に関しては、変更無し。ただし、準備の詳細な内容に関しては、当初の予定から大幅に変更する。
「フェア。少しばかり無茶してもらう事になるけど、よろしくお願いね」
「わたしは要請に応える者です。ますたー」
フェアが言った。相変わらず頼もしい。そして可愛い。
可愛いフェアの姿を見ながら、気合を入れ直す。
「それじゃあ行くよ!」
「はい。ますたー」
当初の予定では、水や食料などを中心に、生活物資を備蓄するつもりだった。
当然だが、備蓄は有限。いつかは必ず尽きる。どれだけ節約生活を送ろうと、一生分の量の消費財など用意できない。
フェアの創造力にも限界はある。無理なものは無理だ。そう思っていた。
しかし、それは違った。フェアの創造力に限界は無かった。
フェアの創造力には、量的限界はあるが、質的限界が無い。質的限界は、自分の想像力に依存する。
少し不思議な超科学的道具も、自分が想像できれば、フェアは創造してくれる。
事実として、世界を渡る絨毯は、創造できている。
現代の科学技術どころか、未来の科学技術でも実現性が怪しいものさえ創造可能。それがフェアだ。
自分の想像次第では、永遠に尽きない消費財を用意できる――……かもしれない。
「ええっと……。何て言うか、こう、何も無い所から自動で料理が出てくる感じの、少し不思議な感じの、秘密道具的な感じの奴が欲しいんだけど。出せる?」
想像するのは、某タヌキ型ロボットの腹のポケットから取り出される感じのアレ。
「いいえ。それは無理です。ますたー」
「……ああ、そう」
創造できなかった。想像力不足だ。
漠然と、テーブルクロスっぽい代物を思い浮かべていたが、これでは無理だった。電気設備のイメージから遠すぎた。
フェアは万能だが全能ではない。創造できるのは、電気設備に関連した物品のみ。もっと電気設備っぽいイメージに寄せて再挑戦しよう。
「ええっと……。何て言うか、こう、見た目は箱型っぽい感じで、ボタンを押してドアを開けたら料理が出てくる感じの奴とか、どう?出せる?」
想像を修正する。
機能は据え置き。外観イメージは調理用3Dフードプリンタ。いかにも電気を動力にしていそうなイメージを膨らませる。
「警告。その行為は極めて負荷の大きい行為です。実行しますか?」
【警告!その行為は極めて負荷の大きい行為です!実行しますか?(Y/N)】
ポップアップが出た。
この警告文、見覚えがある。
「……やっぱり負荷が大きいのか……」
「はい。負荷が大きいです。ますたー」
「ねえ、フェア。もしこれを実行したら、どうなるの?」
「はい。これを実行すると、何も無い所から自動で料理が出てくる感じの少し不思議な感じの秘密道具的な感じの見た目は箱型っぽい感じでボタンを押してドアを開けたら料理が出てくる感じの奴が出ます。その後、過負荷により緊急停止します。再起動までの所要時間は推定24時間です。ますたー」
「なるほど」
想定内の負荷だった。
電気設備を創造する際にかかる負荷は、電気設備の質に大きく左右される。家1軒よりも、世界を渡る絨毯1枚の方が重い。
現代科学を超越した電気設備を創造する場合、妖精パワー(仮)の使用率100%超過の可能性が高いと予想していた。
絨毯を創造した時の事は、覚えている。あの時は、魅雪に悪い事をしてしまった。
前回の教訓を活かし、今回はフェアと二人きり。自室に引きこもっておいて正解だった。
「フェア。実行して」
「警告。その行為は実行中に中断できません。本当に実行しますか?」
【警告!その行為は実行中に中断できません!本当に実行しますか?(Y/N)】
なんか出た。
この警告文は初めて見る。二段階の警告とは、なかなか用心深い。
用心は大事。さすがフェア、よくわかってる。
「フェア。本当に実行して」
警告に構わず実行。
瞬間。体からナニカがゴッソリ抜け落ちた。
懐かしい虚脱感。
「――――――――はい。何も無い所から自動で料理が出てくる感じの少し不思議な感じの秘密道具的な感じの見た目は箱型っぽい感じでボタンを押してドアを開けたら料理が出てくる感じの奴です。ますたー」
出た、多分。
視界が暗くてよく見えないけど。
「……うん……ありがとう、フェア……今日はもう休んでいいよ……」
どうにか言葉を振り絞る。
辛うじて言うべき事だけ言うと、そのまま意識は黒く塗り潰されていった。




