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106.電設のヒデオさん、充電する。

次話の更新は、7月下旬の予定です。


南への移動を再開して、3日が経った。


現在、すこぶる順調。トラブル無し。


現役魔王やら、牝馬の魔物やら、面倒事の襲来でゴタゴタしていた過日の悪夢も、今となっては想い出である。



「……こっちは順調だけど、あっちは大変そうだなぁ……」



自分達の旅路は、すこぶる順調。しかし、魔族の領域内は、そうでもない。


この3日間、移動中に幾つかの街が遠目に見えた。


どの街からも煙が立ち上っているのが見えた。


そして今も現在進行形で、一つの街から煙が立ち上っているのが見えている。



「時代が移ろおうとも、悪党の芽が尽きる事は無い。混乱に乗じて悪さをする輩は少なからずいるものだ」


「そりゃまあ、そうでしょうけど。こんな時にまで揉め事を起こさなくてもいいと思うんですけど」


「理想は、貴殿の言う通りだがな。現実には、こういう時にこそ揉めるのだよ」



元魔王様の言葉には、妙な実感がこもっていた。


現役時代に苦労したのだろうか。






六本足の牝馬にまつわる男性トラブルの余波は、思わぬ形で顕在化した。


よその世界から夫婦神が乗り込んできた事により、世界が揺れた。


その揺れを大勢の者達が感知し、震えた。




世界は揺れたが、物理的には揺れていない。


揺れたのはホンの一時だけで、後には余震も何も無い。


精神的には大きな動揺があったかもしれないが、直接的には被害が無い。


それがマズかった。




被害が無いという事は、行動に支障が無いという事だ。


誰かが死んだ訳でもケガした訳でも無く、道路や水路などのインフラが損なわれた訳でも無く、食料などの物資が失われた訳でも無い。


純粋な混乱。人的にも物的にも無事でありながら、精神だけが揺らいだ。


その揺らぎが、社会的な均衡を大きく揺らがす事につながった。


今回の件が契機となり、大規模な騒動が起きている。


街から立ち上る煙は、暴動によるものか。それとも略奪によるものか。あるいは両方か。



「……下手に関われないよなぁ……」



古今東西、火事場泥棒のような個人レベルから、侵略戦争のような国家レベルまで、騒動の発生を好機と見なして更なる騒動を引き起こす者達は幅広く存在する。


大規模な災害が起きた後でも国民が整然と並んで待てるのは、稀有な事例である。


知識としては、稀有だと知っている。しかし、実感には乏しい。


良くも悪くも災害慣れした国で生まれ育ち、自分の常識や倫理観はそれに準拠している。


地震や台風による被害があった地域では、犯罪の発生率は上がるが、暴動や略奪と呼べるほどの規模にはならない。それが普通だ。自分にとっては。


元の世界の普通の非常事態であっても、平凡なサラリーマンの手には余る。ましてや、異世界の異常な非常事態なんて、対処できる気がしない。



「……まあ、関わる必要も無いか……義理も無いし……」



天災による直接的な一次被害は無い。


現在発生しているのは、二次被害。この世界に生きる人達の決断と行動の結果として生じた人災である。


要するに、自業自得だ。


人災からの復興は、自力で何とかしてください。



「黒夫、魅雪。どうだ?何かありそうか?」


「今日は大丈夫なの」


「何にも無いぞ」


「うん、そうか。もし何か気付いた事があったら、すぐに教えてくれ」


「「はーい」」



厄介事には関わりたくないので、関わらない。


暴動発生中と思しき街には近寄らない。


大型バスの進路上に何者かの存在が感知できた時は、大きく迂回して避ける。


もしかしたら、街から逃げ出した避難民がいる可能性もあるが、それでも避ける。


この3日間、保身全開で安全第一。


こちとらあいにく、リスクを抱えてまでボランティア精神を発揮できるほどの精神的な余裕はありません。



「それじゃあ、しばらくこのままで。よろしく、フェア」


「はい。ますたー」



いつも通り、フェアに運転丸投げ。


前回までの反省を活かし、現在40km/hほどの速度で走行中。


チンタラしすぎても速すぎても面倒事が襲って来る面倒臭い異世界である。



「そなた、あの街には寄らぬのか?」


「当たり前だろ。どう見ても、思いっきり揉めてる最中じゃねえか、あれ」


「また、であるか……。どこの街にも寄らず、観光スポットにも立ち寄らぬなど、旅の風情が無いのである。つまらぬ」


「然り」


「気楽に言ってくれるなぁ……。言っとくけど、街中で騒動に巻き込まれたら、酒を飲む余裕も無くなるぞ?それよかマシだろ」


「ふぅむ。そういう事なら、致し方無し」



酔っ払いのオッサンから苦情が出たけど、無視して進んだ。






で、4日目。


雷の塔に着いた。



「……早くね?」



思ったより早かった。


出発した時には遠近感が不確かになるほど遥か遠くにあるかのように見えていた軌道エレベーターは、確かに遠くではあったが、思っていたよりは近かった。



「ムチムチさん。念のために確認しますけど、あれが雷の塔ですよね?」


「ああ、そうだ。あれが『神鳴りの塔』で間違いない。……何年経っても変わらないな、ここは」



元魔王様から、お墨付きをもらいました。


もらってしまいました、お墨付き。



「……ってか、軌道エレベーターじゃないよな、これ……」



黒くて長い電柱みたいなのが立ってた。


某カリン糖を黒塗りしたような棒だった。



「……まあ、薄々気付いてはいたけど、結構前から……」



実を言えば、一昨日くらいの段階で、薄っすら違和感があった。


徐々に近付くにつれて遠近感が確かになっていき、代わりに違和感が膨らんでいき、こりゃ何か違うなと思っていた。


それでも、今更止まる訳にも行かず、他にこれと言った目星も無く、そこかしこでは厄介事を感じさせる煙が上がっていて寄り道もできず、なんとなく惰性で進み続け、ここまで来てしまった。



「……しっかし、よくわからん……ホント何なんだろ、これ……」



全長不明。頂上は青空の彼方。目算だが、高さ10~1000kmくらいだろうか。


元の世界の常識に照らし合わせて見れば、非常識なほど高い人工物。しかし、軌道エレベーターと呼ぶには低すぎるし、細すぎる。用途不明。



「ミユキ、クロオ。決して、この目印より先に踏み入ってはならないぞ。巻き添えを食らいかねないからな」


「うん。わかってるよ、お姉ちゃん」


「そんなの言われるまでもないぞ。常識だぞ」



棒を見上げて呆けている自分の後ろからは、いつも通りの調子の声音が聞こえた。


ムチムチさんが、黒夫と魅雪に注意している。


注意する方もされる方も、この光景を普通のものとして受け入れている。


自分にとっては非常識すぎて受け入れ難いが、三人にとっては違うらしい。



「……雷の塔って、名前通りかよ……」



目の前で、黒い棒に雷が落ちた。晴天なのに霹靂。


果たして、これで何発目だろうか。もうずっと前から、数えるのも面倒臭いくらい落ちてる。


雷が落ちるたび、黒い棒の表面に、電気の流れる電子回路のCG映像のような光の筋が走る。原理不明。


見た目は結構派手だが、雷鳴は響かない。まるで落雷のエネルギーを全て吸い取るかの如く、静かなものだ。



「……思ったより静かだけど、無害って訳じゃなさそうだな……」



落雷の余波は、周囲に明らかな悪影響を及ぼしている。棒の直近の地面は荒廃し、雑草も碌に生えていない。


棒を中心にした半径100mくらい、雑草の有無の境目付近には、ドクロマークの描かれた粗末な立て看板が立っていた。


監視員などはいないが、中に入ろうとは思わない。



「なあ、黒夫。ここでは、これが普通なのか?やたら雷が落ちてるけど」


「ん?そうだぞ?昔から、こうだぞ?」


「……そうなのか。昔から、こうなのか、ここ……」



黒夫に聞いてみたら、あっさり言われた。


ここでは本当に、これが当たり前の光景らしい。



「もしかして、ニンゲンは知らなかったのか?みんな畏れて近付かないから、直に見に来る奴は滅多にいないけど、すっごく有名だぞ?」


「有名って言われてもなぁ……。知らんもんは知らんわ」


「ふふーん。こんな事も知らないなんて、やっぱり非常識だな、ニンゲンは」


「悪かったな、この野郎」



猫に鼻で笑われた。


生意気な猫だ。今日の夕飯はキノコ尽くしにしよう。


まあそれはさておき。


棒の中ほど辺りには、漆黒の筋斗雲みたいなものが丸く纏わり付き、5分に1発くらいの頻度で定期的に落雷が発生している。


晴天。暗雲。雷光。コントラストが酷くて、目がチカチカする。


棒は人工物っぽいので、非常識な代物ではあっても、そういう代物として誰かが作ったのだろうと一応納得はできる。異世界ならではの技術とかを駆使して、どうにか建てたのだろう、多分。


しかし、雲と雷は、どうしてこうなっているのか、まったく意味がわからない。


自然現象が不自然すぎる。



「……あの、ムチムチさん。物凄く今更の話なんですけど、聞いていいですか?」


「なんだ、ヒデオ殿?」


「どうして言葉が通じるんでしょうね、私達」


「うん?どうしても何も、言葉が通じるのは当然だろう?」


「そりゃまあ、この世界では、それが当然なんでしょうけど。今更ながら不思議に思いまして」



本当に今更の話になるが、異世界の常識は、元の世界の常識とはかけ離れている。自然だけでは無く、文化人類学的な意味でも。


こちらの世界には、言葉の壁が無い。


そもそも言語が一つしかない。


王国の人間も、諸外国の人間も、貴族も、平民も、金持ちも、乞食も、魔族も、魔物も、言語能力を有する知的生命体は全て、共通の言語を使用している。


王国の蔵書を見た限りでは、現代の資料も古文書も同じように読解可能なので、おそらく古代人も共通の言語を使用していたと推測される。


そればかりか、異世界人であるはずの自分も、何故か普通に言葉が通じる。


言葉が通じないという状況が発生しない。




言葉の壁ができない世界。


だからこそ、この世界の戦争は千年以上も続いている。




誰とでも言葉が通じる世界。


なまじ言葉が通じてしまうせいで、それ以外の違いが残酷なほど明瞭になる。


文化。風習。道徳。倫理観。価値観。宗教観。死生観。人種差。民族差。種族差。あらゆる違いが厳然と立ちはだかり、融和を阻む。


個人レベルでは例外もあり得るかもしれないが、社会レベルでは相容れない。


言葉が通じてしまうからこそ、話の通じない相手には、絶望的なまでに話が通じない。


希望を抱く余地は無く、受け入れられない相手は絶対に受け入れられない。


この世界は、それがハッキリわかってしまう世界である。



「不思議とは、何がだ?別に不思議な事など何も無いと思うが?」


「……そうですか」



そして今も、自分が何を不思議に思っているのか、通じていない。


言葉の壁という概念が無い世界の住人では、理解できない話だろう。



「ふふっ。急に変な事を聞いてくるものだな、貴殿は」


「……………………」



だからどうした。そんな話など、どうでもいい話だ。


ムチムチさんの美しい笑顔を見ていたら、細かい事情はどうでも良い気分なった。至極どうでもいい。



「そんな事より、どうなのだ?貴殿の道具は、人工的な雷を動力とするのだろう?人の手によるものではないが、この『神鳴りの塔』であれば、いつでも好きなだけ動力を補充できるのではないか?」



そして言葉が通じても、勘違いは起こる。


会話の前提となる知識や常識が違えば、同じ言語を使用していても、認識には齟齬が生まれる。


雷と電力は、似て非なるものだ。



「残念ですけど、ここの雷で充電するのは、ちょっと無理そうですね」



電気設備に雷は天敵。


充電とか言ってる場合じゃない。



「いいえ。無理ではありません。ますたー」



フェアが、何か言った。



「……あの、フェア?今、なんて言ったの?」


「無理ではありません、と言いました。雷で充電可能です。ますたー」


「えっ、充電できるの?」


「はい。充電できます。ますたー」


「えっ、マジで?」


「はい。マジです。ますたー」



勘違いしていたのは、自分の方だった。


フェアが充電できると言うからには、きっと充電できるのだろう。


雷発電的なモノだろうか。よく知らんけど。



「ええっと……。それって危なくないの?雷だよ?」


「わたしは危なくありません。ですが、ますたーは危ないですので、離れていてください」


「……ホントに平気なの、フェア?」


「はい。ホントに平気です。ますたー」



フェアが平気と言うなら、きっと平気なのだろう、多分。



「……それじゃあ、これ、お願いね」



当然、フェアを信じる。


世界を渡るための絨毯を、外に引っ張り出し、地面に置いた。



「お任せください。ますたー」



フェアが自信満々に言った。


可愛い小さな手で絨毯の端をつかむと、そのままズルズル引きずり、立ち入り禁止エリアへと進入して行く。



「……ねえ、フェア。本当に平気なんだよね?」


「はい。平気です。ますたー」


「無理はしなくていいからね?ちょっとでも危なそうだったら、すぐ戻ってくるんだよ?とにかく安全第一だからね?」


「はい。無理はしません。ますたー」



落雷は、5分に1発。


次の落雷の待つのは、異様に長く感じる。カップうどんの待ち時間よりも長く感じる。


焦れる事、数分。その時は来た。



「これより充電を開始します。ますたー」



絨毯に雷が落ちた。



「充電完了しました。ますたー」


「……………………えっ?」



そして戻ってきた。



「バッテリー充電率100%です。ますたー」


「あれ一発で終わり!?」


「はい。あれ一発で終わりです。ますたー」


「早くない!?」


「いいえ。早くありません。順当です。ますたー」



棒に落ちた雷の余波でも拾うのかと思っていたら、まさかの直撃充電だった。


なんか絨毯に付いてるレバーっぽい部品に落雷が直撃したかと思ったら、もう充電完了していた。急速充電にもほどがある。


いやそれ以前の問題として、棒と雷雲と絨毯の位置関係を考えたら、絨毯に直撃するはずが無い。


落雷の軌跡が不自然すぎて自然現象に見えない。


だが、それより何より、ショックな事がある。



「……これまでコツコツ充電してたの、何だったんだ……」



日課で毎晩0.1%ずつ充電していたのは、あんまり意味無かった。ほぼ誤差。



「……まあ、早い分には困らないし、いいか……」



遅いよりは早い方がいいはずだ。そう思い込んで、飲み込む。


ショックを飲み込んだら、他は何だかどうでもいい気分になった。


現在の科学技術では雷を電力として利用できませんが、それに近い研究はされています。


参考:大気電流発電(Wikipedia)

<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B0%97%E9%9B%BB%E6%B5%81%E7%99%BA%E9%9B%BB>

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