105.電設のヒデオさん、健康診断する。
四人一塊になって背中をさすったりさすられたりしていたら、フェアが復帰した。
「ますたー。メンテナンス終了しました」
「お疲れ様、フェア」
戻って来たフェアは、いつもと変わらずニコニコしていた。
表情からは、長時間労働による疲労は見られない。
安心していいのか。心配すべきなのか。どっちだ、これ。
「ずいぶん時間がかかったみたいだね、フェア。メンテナンスって、そんなに大変だったの?」
「仕事が遅くなりまして申し訳ございませんでした。ますたー」
何故か、謝られた。何故だ。
今の自分、客観的に見たら結構ヤバくないかしら、これ。
お供の妖精さんを徹夜で働かせた上に謝罪までさせてるゲス勇者だわ、これ。
ついでに言えば、パーティメンバーとイチャコラしてたオマケ付き。
「いや、あの、フェア?別に責めてる訳じゃないよ?いつものフェアなら、すぐに終わらせるのに、らしくないなーって思っただけでね?」
「トランス・フォーメーション関連のシステムの調整に手間取りました。次回は、もっと短時間でメンテナンスを終了できるよう鋭意努力いたします。ますたー」
「いやだから違うよ!?……ホント、がんばってくれるのは嬉しいし、いつも助かってるけど、無理はしなくていいから。もうホント十分すぎるくらい助かってるから。いつもありがとうね、フェア」
「えへへー。わたし、もっともっとがんばりますね。ますたー」
「いやだからそうじゃなくてね!?」
感謝を述べたら、逆にヤバさが増した。
やりがい搾取するヤバい経営者みたいになってる。ヤバい。
ここまででもヤバいが、更にヤバい事がある。
自分はこれから、フェアに新たな仕事を頼まなければならない。
「さっきの今で、こんな事を頼むのは凄いアレなんだけど……。キャンピングカーの壊れてる部分、直してもらっていい?」
平凡なサラリーマンには、半壊したキャンピングカーの修理は無理です。
フェア大先生、よろしくお願いいたします。
「はい。キャンピングカーを直しました。ますたー」
「早っ!?」
車体の修復、一瞬で完了。いつもながら仕事が早い。
普通ならソフト面よりハード面の修復の方が時間かかりそうなのに、どういう手際なんだろうか。
「……あれ?タイヤ、何か変……?」
パンクして潰れていたタイヤも、見事に修復されている。それは良いとして。
タイヤが変だ。大型バス相当の重量がかかっているはずなのに、歪みが全く無い。綺麗な円形。
不自然なほど、あまりにも綺麗すぎる。
「……あの、フェア。ちょっと聞いていい?」
「はい。何でしょうか。ますたー」
「もしかしたら、俺の勘違いかもしれないんだけど……。これ、浮いてない?」
「はい。浮いてます。ますたー」
タイヤ、浮いてた。
地面に頭を近付けてみたら、1cmくらい浮いてた。
「えっ、なにこれ。なんで浮いてんの。魔法?」
「いいえ。魔法ではありません。科学です。ますたー」
「ええっ……」
魔法ではなく、科学らしい。
タイヤが浮く科学って何だ。
「……どんな原理の科学なの、これ……リニアモーターカーみたいな感じの原理で浮いてるのか……?」
「はい。リニアモーターカーみたいな感じの原理で浮いてます。ますたー」
なんかリニアモーターカーみたいな感じの原理で浮いてるらしい。
絶対に違うような気が物凄くするけど、フェアがそう言っているのだから、きっと間違いない、多分。
「システムを調整しました。次は快適な吶喊をお約束いたします。ますたー」
「あ、ああ、そうなんだね。うん。……もう二度と、あんな無茶するつもり無いんだけど……」
快適な吶喊って何だ。
次の予定とか無いよ。
「……………………」
色々と言いたい事はある。
色々と言いたい事はあるけど、仕事してくれたフェアに対して、ろくすっぽ仕事してない自分が色々言うのは、お門違いだろう。
「……まあ、高性能になったみたいだし、いいか……」
性能が上がっている分には困らない。
深く考えない事にした。
修復した車両に乗り込み、移動を再開する。運転手はフェアである。
徹夜明けのメンテ直後に運転させるとか、太古の観光業界もドン引きのブラック労働体制である。つくづくヤバい。
自分でもヤバいとは思うが、しょうがない。他に代替案が無いのだ。
地面から1cm浮いてる大型バスとか、普通運転免許しか持ってない自分では、とても運転できる気がしない。普通に事故る。
運転免許を持ってない他の面々は言わずもがな。危なすぎて任せられない。
つまり、フェアに頼むしかない。いつも通りである。
「……めっちゃ静かだねぇ……」
「システムの調整の成果です。ますたー」
「……もうこれ実質、車じゃないなぁ……」
サスペンションが高性能とか言うレベルじゃない。
以前から走行音も振動も小さかったが、タイヤが浮いた事により、驚異的な静音性と制振性を実現している。
副次効果として、地面にタイヤの跡が残らない。もしも追手がいたとしても、大型バスの走行の痕跡が急に途切れれば、混乱してくれるだろう。
これなら、追手をまくのは難しくないはずだ。変な仕込みさえ無ければ。
「はい皆さん注目してください。急な話になりますが、これより緊急の健康診断を実施したいと思います」
という訳で、変な仕込みの有無を調べる事にした。
走行音も振動も皆無なので、移動しながらでも、調べるのに支障は無い。
「何言ってるんだ、ニンゲン?オレ、健康だぞ?」
「ボクも。健康だよ?」
「いやいや、黒夫も魅雪も、若いからって過信は禁物だぞ。こういうのは健康だと思ってる人ほど危なかったりするから。いい機会だし、ちゃんと調べとこう」
子供達をあまり不安にさせたくないので、表向きは健康診断という事にする。
実際は身体検査だ。体内に危険物が仕込まれていないか調べ、除去する。
「二の轍を踏むのを避けるためには必要、という事か」
「そういう事です。協力してください、ムチムチさん」
「無論だ。本来なら、こちらから進んで願い出るべき事だからな」
当事者の筆頭、ムチムチさんからは快諾を得られました。
美人さんを身体検査。他意はありません。
三人の体内には、寄生虫型ビーコンが仕込まれていた。
虫を仕込んだのは、旧魔王クローンの製造元。
虫の存在はクローン本人には知らされず、自力では見付け難い箇所に仕込まれていた。クローンの逃走等に備えての仕込みだろう。
虫は、すでに処理済。しかし、虫以外にも、何か仕込まれている危険がある。
相手は違法クローン研究に手を出すような、倫理観のブッ壊れた連中である。最悪の場合、機密保持のための自爆装置的なモノが仕込まれていても、不思議は無い。
「せっかくだし、隅々まで調べるぞ。まずは黒夫からだ」
「オレか?」
一番手は黒夫。順番はシンプルに、自分が調べやすい順である。
自分は医者でも看護師でも養護教諭でも無い。女性の身体検査をするのは、心理的ハードルが高い。その点、黒夫なら全然平気で調べられる。
寄生虫型ビーコンの時の感じからして、もしも何か仕込まれているとすれば、三人全員に同様の仕込みがされている可能性が高い。
最初の一人を徹底的に調べれば、おおよその当たりが付けられるので、残りの二人を調べるのが楽になる。
こういう場面では、やはり男が体を張るべきだろう。
魅雪とムチムチさんのためにも、黒夫には気張ってもらおう。
「それじゃあ早速、始めるぞ。いいな、黒夫?」
「うん」
黒夫に確認を取ると、素直にうなずいた。
「それじゃあ、服脱げ」
「にゃああああっ!」
顔を引っ掻かれた。
「あ痛ぁっ!?」
「変態!ニンゲンの変態!」
「いや何がだよ!?服脱げって言っただけだぞ!?」
「み、みんなが見てる前で脱げなんて……、変態!やっぱりニンゲンは変態だ!」
「健康診断だって言ってんだろうが!いいから脱げ!」
「い、嫌だ!」
「嫌じゃねえんだよ!とっとと脱げ!」
「絶対に嫌だ!」
全然素直じゃなかった。
たまにいる、人前で脱ぐのを極端に嫌がる男子。特に女子の前だと超嫌がる。
まさか黒夫が、そのタイプだったとは思わなかった。今日まで気付かなかった。
子供の羞恥心は、大人とはズレている場合が往々にしてある。恥ずかしがるべき所で平気な顔をしていたかと思えば、変な所で極度に恥ずかしがったり。典型的な事例としては、小学校の男子トイレの個室利用とか、ああいう感じのアレだ。
「とにかく脱げ、黒夫」
だからどうと言う話でも無い。忖度無し。脱がすものは脱がす。
普通の健康診断であれば、皆には席を外してもらって、自分と黒夫の二人きりでやってもいい。だが今回は、危険物の有無を調べるための身体検査なので、そうも言ってられない。
後々の安全を考えれば、目は多い方がいい。
比喩抜きで命懸けの問題なので、皆の目の前で脱いでもらう必要がある。
「こ、こんな所でオレを裸にして何する気だ!?」
「……うん?いや別に、裸になれとは言ってないぞ?服を脱ぐだけだぞ?」
「だ、だから、服を脱いで裸になるんだろ!?」
「いや違うぞ?脱ぐのは服だけだ。下着はそのままでいいんだぞ?」
「……えっ?そ、そうなのか?」
「何度も言うようだけど、健康診断だからな。下着はいいよ」
「な、なんだ、下着は脱がなくていいのか。それなら――……って、オレを下着姿にして何する気だ!?」
「健康診断だって言ってんだろうが」
実に面倒臭い。力尽くで剥いてやろうか。
いや、短慮は良くない。余計に面倒臭くなる未来しか見えない。
急がば回れ。丁寧に説得しよう。
黒夫の肩に手を置き、腰を落として目線を合わせる。できるだけ優しい声で話しかけた。
「なあ、黒夫。俺は、お前に元気でいて欲しいんだよ」
「オレは元気だぞ」
「今はそうでも、このままずっと元気でいられるかは、わかんないだろ。お前、昨日は倒れてたし。またいつ倒れるかも、わかんないだろ?」
「昨日のはニンゲンのせいだろ!」
「そ、そりゃまあ、そうなんだけど。昨日は、ああするしか無かったからな……。と、とにかくだ。何かあれば、健康なんて簡単に崩れるものなんだよ。そうならないためにも、定期的な健康診断は大事って言うか。そういうものなんだよ」
「……………………」
「だからな、健康診断したいんだよ。黒夫が元気に走り回ってる姿を見るのが好きだからな、俺は」
「……………………」
「だからさ、頼むよ、黒夫。俺のためにも、健康診断を受けてくれ」
「……………………」
「いつまでも元気でいて欲しいんだよ。だから、服を脱いでくれ。な?」
「……………………」
そっぽ向かれてしまった。
何のこれしき。めげない。諦めない。
その後も、しつこく説得を続けた。何度フラれても懲りずに続けた。
「……ど、どうしても、脱がないとダメなのか、ニンゲン?」
「そりゃそうだよ。服、邪魔だしな」
「……わ、わかった。脱げばいいんだろ、脱げば」
しつこく続けてたら、折れた。
そっぽ向きながらだったけど、小さな頭がコクンッと縦に振られた。
思わずホッとする。
いや、ここで気を抜くのは早い。猫は気まぐれ。脱いでる途中に気が変わるかも。
善は急げ。気が変わる前に、とっとと剥こう。
「そうと決まれば早速やるか」
「も、もうヤるのか!?」
「こういうのは早めに済ました方が安心だしな。ついでだし、脱ぐの手伝ってやるよ、黒夫」
「い、いらない!オレ一人で脱げる!」
「まあそう言うなって。一人より二人の方が早いだろ。ほら――」
「にゃああああっ!」
すねを蹴られた。
「痛ぇっ!?足折れる!?」
「手を出すな!ニンゲン!」
人間離れした脚力で蹴られた。本気で折れたかと思うくらい超痛い。
ちょっとズボンに手をかけただけなのに、酷い猫である。
「フシャ――――――――ッ!」
「わ、わかったよ。待つよ。待つから」
全力で威嚇された。
しょうがないので、静かに待つ。
「……うぅぅぅぅっ……こ、こっち見るにゃあっ……」
「お、おう、わかったよ。後ろ向くよ。これでいいだろ」
後ろを向いて待つ。
「……うぅぅぅぅぅぅぅぅっ……ニンゲンに肌を晒すにゃんてぇっ……」
しばらく唸っていたが、ついに観念したのか、服を脱ぎ始めた。
背後から、かすかに衣擦れの音が聞こえる。
黒夫が、ゆっくりと服を脱いでいる。
いつもの速さは微塵も無く、ゆっくり、ゆっくり、脱いでいる。
「……………………」
パサッ。
衣服を床に落とす音が聞こえた。見えてないのに、おかしな気分になりそう。
いや子供が服を脱いでるだけだ。相手は男の子だ。おかしな事など何も無い。
開いてはいけない扉が開きそうになっていたので、全力で閉めた。
「……ぬ、脱いだぞ、ニンゲン!」
「お、おう、そうか」
脱いだらしい。
「な、なあ、黒夫?み、見ていいんだよな?」
「い、いいぞ!」
「そ、そうか。そ、それじゃあ、ふ、振り向くぞ?い、いいよな?」
「い、いいって言ってるだろ!」
「ほ、ホントにいいんだな?ホントに振り向くぞ?見るぞ?ホントに見るぞ?」
「は、早くしろ、ニンゲン!」
本人からOKが出ました。だから見ます。
合法です。
「……うぅっ……うぅぅぅぅぅぅぅぅっ……」
振り向くと、そこには下着姿の黒夫がいた。
「……黒夫、お前……」
お子様サイズのシャツとトランクスだけを身に着け、うつむきながら立っている。
うつむいているせいで顔は見えないが、首から下が真っ赤だ。
紅潮した褐色の肌が、年齢不相応に艶めかしい。
「……………………」
扉が開きそうだったので閉じようとしたら蝶番が弾け飛んで今にも扉が外れそう。
「こ、これでいいんだろ!満足したか、ニンゲン!」
うつむきながら、吠えるように黒夫が言った。
「いやダメに決まってんだろ。脱げ」
いけません。
実にいけません。
脱がさなければ。
「にゃあっ!?にゃにを言ってるんにゃっ!?」
「聞こえなかったのか?脱げって言ったんだよ。脱げ、黒夫」
「言われた通り、服は脱いだぞ!」
「お前なぁ……。健康診断だって言ってんだろ。上は全部脱げよ」
「全部!?」
「ああ、下は履いててもいいぞ。上だけな、上だけ。ほら、脱げ」
「にゃあっ!?」
シャツを着ている黒夫に、脱ぐように言った。
今回の健康診断の目的は、危険物の有無の調査。もしもクローンの製造元が何かを仕込んでいるとすれば、クローン本人の目が届きにくい場所に仕込んでいる可能性が高い。
具体的には、上半身の背面部が怪しい。
怪しい箇所を重点的に調べるのに、シャツは邪魔だ。
「あとシャツ1枚脱ぐだけだろ。とっとと脱げ」
「い、嫌だ!」
無駄に抵抗された。往生際が悪い。
「めんどくせぇ……。ああもういい。脱がすぞ」
「ニンゲン!?にゃにするんにゃあっ!?」
「いちいち騒ぐな。それより、ほれ、バンザイしろ、バンザイ」
「にゃあっ!?」
服を着込んでいた時ならまだしも、ここまで来れば、あと1枚だけだ。
大した手間でもない。力尽くで剥こう。
「ふにゃぁんっ!?ど、どこ触ってるんにゃっ!?」
「うわっ!?こ、この野郎、暴れんな!」
「い、嫌にゃあっ!こ、こんにゃ所で、こ、こんにゃ形にゃんて、嫌にゃあっ!」
「つべこべ言ってないで観念しろ!とっとと脱げや!おらぁっ!」
黒夫を力尽くで床に押さえ付ける。
身のこなしは黒夫の方が遥かに上だが、単純な身体スペックなら自分の方が上だ。恥ずかしがって初動が遅れた隙を突き、力比べに持ち込んだ時点で、勝負は付いている。
後は、薄い布切れ1枚、剥いて終わりだ。
「ニンゲンのケダモノぉっ!」
「ふははははっ!好きなだけほざけっ!」
床に押さえ付けたまま、邪魔なシャツをめくる。
半分までめくれ、ヘソがチラ見えした。
あと少しで、全部見える。
「……うぅっ……こ、こんなの、あんまりだ……オレ、オレ……ニンゲンのこと、信じてたのに……っ……」
「はははっ!ようやく本当に観念しやがったか!そうやって初めから大人しくしてりゃあ良かったんだよ!手間かけさせやがって!」
クタッと横たわり、黒夫の全身から力が抜けた。
今度こそ本当の本当に、観念したらしい。
「……うぅぅぅぅぅぅぅぅっ……」
「そのまま大人しくしてろよ?そうすりゃ優しく扱ってやるからなぁ?」
無抵抗になった黒夫のシャツを、完全にめくり上げる。
「それじゃあ、ついに御開帳うべばっ!?」
直前。世界がひっくり返った。
いや違う。ひっくり返ったのは自分の方か。
「おじちゃん」
仰向けになった視界に、魅雪がいた。
車内灯で逆光になって、表情が見えない。
「……あ、あの、魅雪?手を放して欲しいんだけど?」
「ダメなの。今のおじちゃん、とってもダメダメなおじちゃんなの」
気付いた時には、もう床に寝ていた。
何が起きたのかよくわからないけど、魅雪に投げ飛ばされたんだと思う、多分。
起き上がろうとしたけど、起き上がれない。魅雪の小さな手に、完璧に抑え込まれている。
単純な身体スペックは自分の方が上だが、力の使い方なら魅雪の方が遥かに上だ。全力を出そうとすると絶妙に力を散らされ、うまく力が入らない。
黒夫に気を取られている隙に、逃げられない体勢に持ち込まれた。
一度こうなると、逆転の目が無い。
「うぅぅぅぅぅぅぅぅっ……怖かったよぉ、姉ちゃん……ニンゲンが急にケダモノになって、オレ、オレ……」
「よしよし。もう心配いらないぞ、クロオ。何も怖い事など無いからな」
視界の端では、黒夫がムチムチさんに抱き着いていた。
ムチムチさんの手が、泣く子をあやすように背中を優しくさすっている。
何がどうしてこうなった。
自分はただ健康診断しようとしただけなのに。
「そなたにはデリカシーというものが無いのであるか。まったく、あのような真似をこの場で仕出かすとは」
「ぼくねんじん~」
「お前にだけは言われたくねえよ、つなし」
酔っ払いのオッサンにまで言われた。強零の缶をラッパ飲みしながら言われた。
「此度の件については、我が引き継いでやろう。旅の連れの健康管理は、我の快適な旅路に必須であるしな」
「然り」
「いや何でだよ。俺がやるよ普通に」
「そなたは終わるまで待っているが良い。この程度の事、我にかかれば児戯にも等しい。すぐに終わる」
十本首は一方的に言うだけ言うと、車両後方の区画へと移動して行った。
後に続いて、黒夫とムチムチさんも移動して行く。
「ボクも行ってくるね」
そして魅雪まで行こうとしていた。
手が離れ、ようやく起き上がれた。
「おじちゃんは、ここで待っててね?」
「い、いや、そういう訳にはいかないよ。ちゃんと確認しないといけないし、俺も行くよ」
「おじちゃんは、ここで待っててね?」
「い、いや、でも、健康診断するって言い出したの、俺だし。言い出しっぺが何もしない訳には――」
「待っててね、おじちゃん?」
「……いや、あの……」
「待っててね?」
鬼女の圧が強い。
「……はい。待ってます」
「うん。すぐに終わらせて戻って来るからね?イイ子で待っててね?」
「……はい。お待ちしております。はい」
鬼女の圧に屈した。
実際問題、ここで自分が参加しても、実効性では誤差に近い。
自分は、五感も注意力も平凡。この場にいる面子の中では、最も知覚能力に劣る。
「……ホント、どうしてこうなったんだ……」
魅雪を見送りながら、ちょっとだけ途方に暮れた。
最初に健康診断を提案したの、一応、自分なんだけど。
提案者なのにハブられてる。何故だ。
「ますたー。わたしも行ってきます」
ふわふわ飛びながら、フェアが言った。
「ええっと……。運転はいいの?」
「はい。運転はいいです。慣性航法システムを稼働中です。ますたー」
「ああ、そう言えばあったね、そういうの。……タイヤ浮いてても使えるの?」
「はい。使えるようにシステムを調整しました。ますたー」
「……有能だなぁ……勇者の出る幕無いわぁ……」
思わず呆けた。
呆ける自分の横を、フェアが横切って行く。
「……あの、フェア?どこ行くの?」
「健康診断に参加しに行きます。ますたー」
「えっ?なんでフェアまで?」
「ますたーの名代として見届けて参ります。すぐに戻りますので、少々お待ちください。ますたー」
なんか物々しい。健康診断に名代は必要なのだろうか。
「……まあ、フェアなら安心か。面倒かけて悪いけど、頼んだよ、フェア」
「はい。お任せください。ますたー」
フェアが行くと言うなら、もう全部お任せでいい気がしてきた。そのまま見送る。
「……マジで俺だけハブ……まあ別にいいんだけど……」
今回の件で最重要なのは、三人の身の安全の確保だ。
それ以外は全て些末事だ。
自分がハブられてるのも些末事だ。
些末事だと言ったら些末事なのだ。
「……………………」
バタンッ。カチャンッ。
出入り口は閉ざされ、車両前方には自分だけが取り残された。
姿は見えずとも、後方からはキャイキャイと声が聞こえてくる。
「あれ?クロオ、前とちょっと違う?おっきくなってるの?」
「へっ?そ、そうかな?」
「クロオの、さわっていい?さわるね?」
「んにゃっ……。ど、どうだ、ミユキ?オレ、おっきくなったかな?自分じゃよくわかんないんだけど」
「やっぱり、ちょっとおっきくなってるの。……ボクのより、おっきいの」
「いたたたたっ!?力入れすぎだぞ!?」
「あ、ごめんなさい」
「よくもやったな!お返しだ!」
「やぁんっ……。てっぺんは、さわっちゃヤなの」
「んんっ?ミユキも、おっきくなってる?ミユキの方がおっきくないか?」
「そう?ボクのより、クロオのがおっきいよ?」
「そんな事無いぞ。ミユキの方がオレよりおっきいぞ」
「うむ。二人とも甲乙付け難し、だな。クロオも大きくなっているし、ミユキも大きくなっているのだろう。健やかに成長しているようで何よりだ」
「……やっぱり、あんまり変わんない気するぞ。姉ちゃんに比べると……」
「……そだね。お姉ちゃんのと比べたら、どんぐりの背比べなの……。でも、ボクには将来性があるの!今はまだまだでも、いつかは追い越してみせるの!」
「大きければ良いというものではありません。小さいものには、小さいからこその良さがあるのです。ますたーはその事をよくご存じなのです」
「そなたら、何をくっちゃべってるのであるか。健康診断するのではないのか?」
みんなで背比べでもしているのだろうか。姦しい。
「……楽しそうだなぁ……」
さみしい。
健康診断が終わるのを待ってるだけなのに、ちょっと泣きたくなった。
ちなみに、健康診断は10分ほどで終了。
全員、問題ありませんでした。
「今度こそ本当に大丈夫なんだろうな、つなし」
「無論である。我を信じよ」
寄生虫の他には、これと言った仕掛けは無かった。違法な研究に手を染めるような連中のクセに、研究成果の管理が杜撰である。あるいは、そんな杜撰な連中だから、現役魔王にバレて潰されたのか。
仕掛けとは別の問題として、クローン製造の際に用いられた呪いの残滓があるようだが、それらはすでに効力の大半が失われ、悪影響は無いらしい。
魔物の呪いなどとは違い、あまりタチの悪くない呪い。むしろ、ここで下手に除去すると心身のバランスが崩れる恐れがあるため、自然消滅するのを待つのが無難。そういう類のものらしい。
「私も確認したのだ。心配無用だぞ、ヒデオ殿」
「わたしも確認いたしました。心配いりません。ますたー」
「……ああ、そうなの……それなら安心……していいのか……?」
フェアとムチムチさんにも言われた。
安心と不安が同時に押し寄せたけど、とりあえず納得しておいた。




