104.電設のヒデオさん、予感が当たる。
気は進まないが、車両を自力で押して進む事にした。
そのためには、当然、車両の外に出なければならない。
「……出たくねえ……」
嫌な予感がする。
嫌な予感はするが、予感なんて不確かな理由で、いつまでも寝室に引きこもってる訳にも行かない。
意を決して、ドアを開けた。少しだけ。
「……………………」
そーっと、隙間から外の様子をうかがう。
「……仲いいなぁ……」
十本首と六本足、折り重なり合うようにして、地べたに寝てた。
やっぱりケンカップルだ、この二人。これはもう絶対に間違い無い。
寝相に色気は欠片も無いけど、仲睦まじい姿である。きっと昨晩は、夜のプロレスでもヤってたんだろう、多分。
2体の魔物が交雑したら、果たして、どんな子供が生まれるのだろうか。ヘビに足が六本生えたり、馬に首が十本生えたりするのだろうか。
いや、そもそも、どうやって子供を産むのだろうか。卵生か、胎生か、卵胎生か。
ご祝儀、どれくらい包めば良いのだろうか。酒とニンジン渡しとけばいいのか。
ちなみに、ヘビのオスの生殖器は、先が二股に割れてる。爬虫類の雑学。
「どうしたんだ、ニンゲン?」
「おじちゃん?お外、出ないの?」
「あ、ああ、出るよ。……俺だけ外に出るから、ここに残っててね」
夜のプロレスで疲れて寝落ちした、あられもない姿は、見せない方がいいだろう。
六本足は、牝馬だ。馬とは言え、女性だ。今のような姿を見られるのは、気にするかもしれない。
酔っ払いのオッサンはどうでもいい。酒飲んで寝落ちするの、日常茶飯事だし。
静かに外に出て、静かにドアを閉める。
一瞬、この場に2体の魔物を置き去りにしたい誘惑に駆られた。
「……さすがに、黙って置いてくのもアレか……」
とりあえず、十本首の方だけ起こす。
「起きてくれ、つなし」
六本足を起こさないよう、十本首を揺すりながら小声で呼びかけた。
気分的には、うっかり友人宅にスマホ忘れて朝一で回収するためにアポ無しで訪ねたらベッドで女性と就寝中の場面に出くわしてしまって出直そうと思ったけど一日中スマホ無いのも困るし寝ている隙に素早く回収して素早く撤収しようとするも探せども探せども見付からず結局最後には友人を起こすしかなかった時のようなアレだ。
記憶を消したい。
まあそれはともかく。十本首、起こしても起きない。
「おおい、つなし。起きてくれって」
「……あら?もう朝ですの?」
十本首が起きる前に、六本足が起きた。トラウマが疼く。
「あ、あの、おはようございます、先生」
気まずい。
「ごきげんよう。気持ちの良い朝ですわね」
普通に挨拶を返された。
こちらの気まずさをよそに、六本足は裸身を晒して平然としている。
下々の目など、魔物は気にしないのか。
「貴方、何をなさってますの?」
「ええっと……。つなしを起こそうとしてたんですけど……」
「あら、そうなの?生憎ですけれど、しばらく起きないと思いますわよ。昨晩は、絞りに絞りましたもの」
「……………………」
ナニを絞ったんでしょうか。
気になるけど、聞きたくない。
「まったく、いつまで経っても、わたくしの事を嫌な呼び方してくるのよ。ねえ、貴方も、お聞きになりましたでしょう?わたくしをあんな風に呼ぶなんて、酷いと思いますわよね?」
「はい。それは確かに。アレは酷かったですね」
「そうですわよね!そう思いますわよね!」
「それは当然そうですよ。いくら何でもアレは酷すぎます」
牝馬の言葉には、同意せざるを得ない。
いくら気心の知れたケンカップルだからって、言っていい事と悪い事がある。
女性に面と向かって『尻軽』と呼ぶのは酷い。親しき仲にも礼儀あり。
「そうなんですのよ!ですからもう昨晩は、ぐうの音も出せなくなるくらい徹底的に絞ってやりましたの!」
「な、なるほど。絞ってヤった訳ですか。なるほど、なるほど」
ケンカの後ほど燃え上がる的なアレだろうか。自分には理解不能な異世界。
「わたくし、こういうのは得意ですの!様々な世界を渡り歩きながら、様々な方々から技術を学びましたもの!」
「な、なるほど。様々な方々から技術を学んだんですね。なるほど、なるほど」
女性に面と向かって『尻軽』と呼ぶのは、酷すぎる。
たとえ事実だったとしても、酷いものは、酷いものだ。
だから、十本首が起きられないほど絞られたのは因果応報である。
かばわない。
「それはそうと、聞きましたわよ。貴方でしたのね?」
なんか話の流れが変わった。
背に悪寒が走る。別のトラウマが疼く。
「な、何がですか?」
「『つなし』という名前を考えたの、貴方だそうですわね?」
「ええ、まあ、一応、考えたのは私ですけど」
「その時の話、散々聞かされましたのよ。それはもう嫌と言うほど」
「……その話、真に受けないでください。つなしの言った事、9割方、嘘です」
どんな話を聞いたのかは知らないが、否定しておく。
海で一角鯨と話していた時の事を考えれば、話の内容は、おおよそ想像が付く。
十本首は、都合良く話を改変し、誇張しているはずだ。ヘビでも知り合いには見栄を張りたがるらしい。
「それでも、名前を考えたのは貴方なのでしょう?」
「そ、それは、まあ、一応、そうですけど。はい」
「やはり本当の話でしたのね、あの話」
「いえ違います。合っているのは名前を考えたという部分だけです。それ以外は全て嘘ですデマです偽情報です信じないでください決して」
「あらあら、本当に聞いていた通りですわね。己が功績を誇らず、謙虚です事」
「謙虚じゃないです。誇るほどの功績が無いだけです」
「そんなに謙遜なさらなくても、よろしいのではなくて?」
「謙遜じゃないです」
人の話を聞いてくれない、この馬。馬耳東風。
「何だか新鮮ですわね。わたくしの見知っている殿方は、自信家が多くて。貴方のような殿方は珍しいですわ」
「そ、そうですか」
見知っている殿方って、三千世界の主神だろうか。
そりゃ当然、自信家ばかりだろう。だって神様だし。
確かな実力と実績に裏打ちされた、正しい自信家。人間とは違う、色々な意味で。
「決めましたわ。貴方には、わたくしの新しい呼び名を考えさせてあげますわ」
「……………………」
嫌な予感、当たった。
「……まあ、こうなるんじゃないかとは思ってましたよ、薄々……」
こうならないよう、十本首を先に起こして、牝馬の相手は全部押し付けてしまいたかったのに。
「呼び名を新しくするなら、やはり新しい風を呼び込むのが一番ですわね。新鮮な貴方なら、適任ですわ」
「……………………」
「わたくしのために呼び名を考えられるのです。光栄に思いなさい」
「……………………」
光栄かどうかは、一旦脇に置くとして。
お世話になった先生である。色々教えてもらったし、授業料の代わりと言っては何だが、少しくらい頭を悩ませるのは悪くない。
自分で自分にそう言い聞かせて、どうにか自分を納得させる。
「……名前……どうすりゃいいんだよ……」
納得したからと言って、馬の名前なんて早々思い付かない。
牝馬の呼び名だから、馬娘の名前みたいなのを考えればいいのだろうか。
わからん。
「先生。一つ質問いいですか?」
「あら?何かしら?」
「先生って、他の世界にも足を運んでいるんですよね?とても交友関係が広いと思うのですが、他では、どういう名前で呼ばれてるんですか?」
「名前で呼ばれる事はありませんわね。『おい』とか『お前』とか呼ばれますわ」
「ええっ……」
六本足の周りにいるのは、古い亭主関白タイプの男ばっかりなのか。
活動範囲は広いのに、価値観は狭そう。
ちなみに、うちの父はそんな呼び方しない。祖父は、たまにそう呼んでた。
「あの、先生。先生をそう呼ぶのって、男性が多いんじゃないですか?女性からは、何と呼ばれてるんですか?」
「……わたくし、女性の知り合い、ほとんどいませんの」
「あ、はい」
気まずい。
「わたくしを特別な呼び方で呼ぶのは『先割れ』くらいですわね。……あっ、そうですわ。『潮飛ばし』もいましたわ。忘れてましたわ」
「潮飛ばし?」
「海の底に沈みっぱなしの寝坊助ですわ。あの方、滅多に外に出てこなくて……。最後に顔を合わせたの、いつだったかしら……?」
「その人からは、何と呼ばれてたんですか?」
「……あの方からは『平尻』と呼ばれてましたわ」
また、尻。
思わず臀部に注目する気持ち、わからなくはない。この牝馬、サラブレッド並みに良いお尻である。
「こんな変な呼び名、もう嫌ですの!わたくしに相応しい、エレガントな呼び名を考えて頂戴!」
「エレガント、ですか……」
こういう抽象的な注文、凄く困る。
思わず『へい、尻』って言いたくなる。
どんな呼び方でも『尻軽』や『平尻』よりはエレガントだろうし、あんまり考えすぎないように考えよう。
「うーん……茶色い毛並みで、所々黒い……茶……黒……確か、これに何か呼び方があったような……?」
一応、思い付いた。
「先生、『美鹿毛』というのは、どうですか?」
美しい鹿毛の牝馬だから、美鹿毛。見たまんまである。
「あらあらまあまあまあ!美鹿毛ですって!わたくしが、美鹿毛!」
「……あの、先生?嫌なら別の考えますけど?」
「気に入りましたわ!わたくしの事は、美鹿毛と呼んで頂戴!」
「あ、はい。わかりました。美鹿毛先生」
一発OKもらいました。
良かった。右京の時みたいに拗れなくて、本当に良かった。
ホッとしていたら、寝室のドアが急に開いた。
「ニンゲン!」
「おじちゃん!」
黒夫と魅雪が飛び出してきた。勢いそのまま、しがみ付かれた。
「大変なの!すっごく大変なの!」
「く、来るぞ!凄い奴が来るぞ!」
顔が真っ青だった。かなりヤバそう。
「まさか、追手が来てるのか!?」
思わず後ろを振り返った。
何も無かった。
「連中、もう追い付いて来やがったのか!?どこだ!?」
「「違う!」」
「……えっ?違うのか?」
「あんなどうでもいい奴らじゃない!」
「もっともっと大変なの!」
現役魔王の部隊が、どうでもいい扱い。何が来るんだ。
「……っ……」
遅まきながら、感覚の鈍い自分にも、異変が感じ取れた。
足元がグラつくような、奇妙な感覚。
物理的には平静なはずなのに、揺れてる。
地震では無い。酔っている訳でも無い。
何が揺れているのかは不明だが、何かが揺れている感覚だけがある。
「……ふぅむ。これは、おちおち寝てられぬな」
十本首が起きた。
寝起き早々、十本首の表情が険しい。何かを警戒している。
魔物が警戒するような相手なのか。
何者だ。また新しい魔物でも来るのか。
「なんとなく、こうなる気はしていたのである。あやつが帰ってくる時は、結構な確率で、こうであるからな」
「知ってるのか、つなし?」
「知りたくないが、知ってるのである。昔馴染みであるからな……」
空を仰ぎながら、十本の首が一斉に溜息を吐いた。
「大方、『尻軽』目当てに誰か来たのであろう」
「誰か?誰かって誰だよ」
「知らぬ」
「いや知らないのかよ。知ってるって言ってただろ」
「誰かは知らぬが、十中八九、男であろうな。よその世界で変な男にでも絡まれて、それを振り切るために、こちらに逃げ込んだのであろうよ。まったく面倒な『尻軽』である」
「……なあ、つなし。それだけ聞くと、まるで男性トラブルにでも遭ったみたいに聞こえるんだけど」
「まるでも何も無いのである。男性トラブルである」
まさかの男性トラブルだった。牝馬の男性トラブルって何だ。
「先生、何やってんの……。ってか、先生いない!?いつの間に!?」
「いつもながら、逃げ足の速い女である」
気付いた時には、いなかった。
「あやつは昔から、オラオラ系の男に好かれやすい女でな。大抵は、その場でうまく対処して別れているようであるが、たまにしつこく言い寄られるのである。そのたびに、こちらに帰って来ては、ほとぼりが冷めるまで静かにしているのである」
「ええっ……。どっかで聞いた事あるような男性トラブルの対処法……」
「だからそう言っているのである」
しつこい男と別れた女性が、実家に一時帰省して身を潜めている、みたいな感じだろうか。
超世界規模の、痴情のもつれ。凄い傍迷惑。
「それじゃあ、今、俺が感じている、これって……」
「よその世界から、どこぞの男が乗り込んで来たのであろう。この気配からして、かなり無理矢理の訪問であるな」
諦めの悪い男が、女性の実家を特定して乗り込んで来た、みたいな感じだろうか。
人間レベルでも、そんな事をする男は結構ガチめでヤバめの男である。
超世界規模で、超ヤバめ。
「だ、大丈夫なのか、それ?」
「断言はしかねるが、まあ大丈夫であろう。以前にも似たような事は何度かあったが、大きな問題は起きなかったのである。……ああ、やはり大丈夫そうであるな。これで一安心である」
十本首が言った。
直後、足元がグラつくような感覚が一際大きくなった。
そして、急に消えた。
「ふぅむ。連れ戻されたようであるな」
「えっ?連れ戻す?誰が、誰に?」
「男が、妻に、である」
「つ、妻!?結婚してんの!?」
「あやつは昔から、夫婦神と変に関わって、揉め事を起こすのである。揉めるだけ揉めた後、解決を奥方に丸投げして雲隠れするのである」
「ええっ……。先生、ホント何やってんの……」
とりあえず、超世界規模の揉め事は去ったらしい。
超世界規模で超ヤバめの男は、こっちの世界に来たと思ったら、あっちの世界に即行で連れ戻されたようだ。めでたし、めでたし。
いや、これ、本当に大丈夫なのか。
安心していいのか、悪いのか、どっちなんだ、これ。
「それにしても、先生、どこ行ったんだ?」
「しばらく独りで隠れるつもりであろうよ。あやつが男性トラブルを起こすのはよくあるが、よその世界にまで乗り込んで来るほどしつこい男は、さすがに少数派である。警戒して、しばらくは大人しくなるでろうな。以前も、そうであった」
「……………………」
これが初めてじゃないらしい。本当に傍迷惑な牝馬である。
いや、本当に悪いのは、牝馬をしつこく追い回す妻帯者の方なんだろうけれども。
第三者からして見れば、他人の痴情のもつれの余波が来ている時点で、どっちが良いも悪いも無い。
どっちも同罪の共犯者。細かい事情とか関係無い。
「……ニンゲン」
「……おじちゃん」
「……ヒデオ殿」
気付いたら、おしくらまんじゅうみたいになってた。三人ともピタッと身を寄せて離れない。
顔色が悪く、かすかだが体が震えている。まるで、大地震の後、余震が来ないか怯えているかのよう。
感覚の鈍い自分にすら、世界の異変の一端を感じ取れた。五感や気配や魔力の乱れ等に敏感な三人なら、尚更、異変を強く感じ取っていても、おかしくない。
「なあ、つなし。本当に大丈夫なんだよな?問題は起きないんだよな?」
「まあ大丈夫であろう。十中八九」
「……それ、本当に大丈夫なのか?」
「天上の揉め事など、地上には縁無き事である。少々小うるさいだけであるな」
隣近所の夫婦喧嘩の声がうるさい、くらいの軽いノリで十本首が言った。
魔物からのお墨付きなら、本当に大丈夫だろう、多分。
「そういう訳なんで、なんか大丈夫そうですよ?だから安心してください。ね?」
三人を落ち着かせようと、適当に軽く背中をさする。
何故か、しがみ付く力が強くなった。何故だ。
「ひ、ヒデオ殿。私は今、とても不安なのだ。も、もう少しばかり、こ、こうしていても良いかな?」
「あ、はい。どうぞ」
「ボクも。もうちょっとこうしててもいいよね、おじちゃん?」
「そりゃまあ、いいけど」
「オレは全然平気だぞ。でも、ニンゲンは不安だろうから、もうちょっとだけ、こうしてやっててもいいぞ」
「はいはい、もう好きにしてくれ」




