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103/152

103.電設のヒデオさん、魔法陣を再考察する。

説明会の続き


紙の図面の前で、美人さんと膝を突き合わせる。


なんかイイ匂いする。いや違うそうじゃない。



「空馬様の話を元に考察し直すと……、肝となるのは、回廊の形成だろうな」


「ええっと……。この魔法陣を構成する要素の一つでしたっけ?」


「この場合で言うなら、厳密には回廊ではないがな。傾斜の急な下り坂とでも言うべきか」


「定命の存在というのは、時々こういう妙なものを作りますわね。面白いですわ」



アドバイザーの牝馬に見られながら、ムチムチさんと魔法陣を見直した。


勇者召喚の魔法陣は、異世界に避難するために開発された魔法陣の失敗作である。千年前、滅亡寸前だった王国から若い王子と王女を避難させるため、急ごしらえで用意され、物の見事に避難に失敗し、代わりに初代勇者を召喚した。


魔法陣を構成する要素は、大別すると4種。世界の境界面の選定、穴の開口、穴の固定化、そして、回廊の形成。


千年前の魔法陣の開発者は、おそらく、左右に隣接する世界への避難を想定して、この魔法陣を開発している。壁に穴を開けて隣に一時避難し、ほとぼりが冷めた頃にまた壁に穴を開け、隣から帰って来るための魔法陣を作りたかったはずだ。


しかし、実際に出来上がったのは、天井に穴を開け、上の住人を下に落とす機能を持った魔法陣だった。


ただそれだけなら、墜落死を量産するだけの産廃になっていただろう。初代勇者は死に、王国は滅亡し、以降、誰も異世界に召喚されなかっただろう。だが、そうはならなかった。


幸か不幸か、回廊を形成する機能が良い仕事をしてしまった。そのせいで、勇者召喚は現代まで延々と繰り返される事となった。


世界間を安全に移動できるよう形成される、チューブ状の回廊。それはさながら、マンションの高層階から地上に避難するための即席スロープのように機能した。


即席スロープがあれば、ほぼ100%安全に着地できる。子供も老人も安心安全。ただし、移動できるのは、上から下への一方通行。



「違うぞ、ヒデオ殿。厳密に言えば、一方通行ではない。回廊内は自由に移動できるのだ。ただ、上から下へは労力がいらず、下から上へ行くのは一苦労というだけだ」


「あー……。もしかして、バッテリーの充電が超大変な理由は、それかぁ……」



元の世界に帰るための電気設備。世界を渡る絨毯。超魔物級の大喰らい。


勇者召喚の魔法陣は、起動に莫大なエネルギーを必要とする。王国が経済的に傾くほどのエネルギーである。


ただ単に上から下に落とすだけでも、世界の天井に穴を開けるだけのエネルギーがいる。


落とすのではなく、安全に移動させようと思えば、更にエネルギーがいる。


そして、下に落とされた人間が上に戻るためには、上るためのエネルギーが追加で必要になる。


ある意味、宇宙よりも遠い場所に上るためのエネルギー。その総量たるや、果たして如何ほどのものだろうか。


過去の勇者の中には、大量の魂をかき集めてエネルギーに変換し、元の世界に帰還した人がいるらしい。そういう非常手段を取らず、国にも社会にも頼らず、個人でエネルギーを溜めて帰ろうとすれば、どうしたって時間がかかる。


熱力学の法則は、人間に忖度してくれない。



「更に言うなら、安心とは言い難いだろうな、これでは」


「どうしてですか?安全な道ができるんですよね?」


「ああ、そうだ。丈夫な回廊だから、安全ではある。だが、安心はできまい」


「安全なのに、安心できない?」


「貴殿は以前、回廊を通った記憶が無い、というような事を言っていたな?」


「え、ええ、記憶は無いですけど、それが何か?」


「貴殿は、先刻の強行突破の間の事を覚えているか?」


「い、いえ、ほとんど覚えてませんけど、それが何か?」


「……おそらくだが、回廊の移動中に同様の事が起こったのではないか?」


「……えっ?」



上下に接した世界を繋ぐ回廊の形成。本来、開発者の想定では、左右方向に形成されるはずだった。それが手違いにより、上下方向に形成された。


人一人通る分には安全。その程度の丈夫さはある。しかし、想定外の無理な設置をした影響により、歪みが生じた可能性が高い。


入口付近は、ほぼ垂直。出口に近付くほど、たわみ、たるみ、角度がゆるむ。


しかも、この回廊、物質的なものではない。魔力により形成された、ビニールより透明度の高いチューブ。まるで何も無いかのように見えるスロープである。いや、見えないスロープである。


超世界規模のフリーフォール。透明度100%シースルー。


どう考えても、失神必須である。少なくとも、平凡なサラリーマンの精神では耐えられそうにない。



「……何も覚えてない理由、そんなんなのかよ……しょーもねえなぁ、俺……」


「い、いや、こればっかりは誰でもそうなるのではないか?」


「……………………」


「きっと私が貴殿の立場でも、気を失っていたぞ。うむ、きっと気を失っていたに違いない」


「……………………」



強行突破の際に意識を保ち続けた人から、フォローされた。余計に凹んだ。



「わたくしには、よくわかりませんけれど、疑問は解消しましたの?」


「ええ、まあ、それは、はい。おかげさまで」


「そう。良かったですわね」


「はい。先生のおかげです。ありがとうございました」



先生にお礼を言う。


勇者召喚の魔法陣の秘密がわかったのは、間違い無く、先生がいてくれたおかげだ。ここで先生に出会わなければ、絶対にわからなかった。


わからないまま帰るのは、モヤモヤして凄く嫌だった。


帰る前にスッキリできて良かった。つくづく、そう思う。



「質問は以上ですの?」


「あ、いえ。せっかくなんで、もう一つ、いいですか?」


「あら?まだ何か?」


「ちょっとプライベートな質問で恐縮なんですけど。先生について、教えてもらってもいいですか?」


「あら?あらあらあら?わたくしの事?」


「はい。先生の事が知りたい――」


「わたくし、今はカレシいませんの、今は。好きな物はニンジンとバナナ。嫌いな物はキャベツとブロッコリー。趣味は一人旅。特技は早駆け。今日は久しぶりに、こちらに帰って来た所ですの。偶々帰って来た時に、偶々地上を駆ける見慣れない物を見付けて、興味を惹かれて来てみましたら、貴方に出会いましたの。まるで運命の出会いですわね」


「あ、はい。……いや、あの、そうじゃなくてですね」


「他に何が知りたいのかしら?何でも教えて差し上げますわ」


「先生に教えてもらった内容、とても勉強になりました。ありがとうございました。……それで疑問に思ったんですけど、どうして先生は、そんなに詳しいんですか?先生と同じような立場でも、みんながみんな詳しいって訳じゃないですよね?」



チラッと横を見ながら言った。



「うん?何であるか?我の顔など見詰めて」


「てれる~」


「……いや、何でも無い……」



酔っ払いのオッサン、マイペースに酒飲んでた。先生の授業、そっちのけ。



「先生は、どうしてそんなに博識なのでしょうか?」



ヘビの魔物と、牝馬の魔物。その差はどこで付いたのか。慢心、環境の違いか。


完全に興味本位100%の質問。ぶっちゃけ、知る必要は無い。でも知りたい。



「わたくしが博識な訳?そんなの、わたくしがわたくしだからに決まってますわ」


「あ、はい」



なんか慢心してそうな回答だった。先生と言えど、やっぱり魔物は魔物だった。


先生の答えに、十本首が胡乱な目をして、こっち向いた。



「こやつが詳しいのは当然である。放浪癖の持ち主であるからな」


「知ってるのか、つなし?」


「昔馴染みであるから、多少はな。滅多に顔は合わせぬが、こやつがどういう女なのかは、よく知ってるのである。せっかくであるし、教えてやろう」


「ちょっと貴女、変な事は言わないで頂戴よ」


「安心するが良い。我は事実しか言わぬ」



ヘビと牝馬。種族は違えど、魔物は魔物。お互い、それなりに相手の事情を知っているようだった。




六本足の牝馬の魔物。


この馬、あらゆる空間を駆ける能力を持つ。そしてそれは一つの世界に留まらず、複数の世界を行ったり来たり駆け回ってるらしい。


とんでもない馬だ。素直に感心する。



「……んっ?世界を行き来できる?……それって、まさか……!?」



感心してる場合じゃなかった。超重要情報ゲット。


いや、逸ってはいけない。十本首からの情報が正しいとは限らない。


まずは、先生本人に確認を取らなければ。



「……あの、先生。もしかして、私が元居た世界にも行けたりするんですか?」


「勿論ですわ」


「っ、本当ですか!?」



あっさり肯定された。不意に心臓がドクンッと跳ねた。



「もしかして、今すぐ帰れる!?先生、俺を帰せますか!?」


「あ、それは無理ですわね」



あっさり否定された。上げて落とすのが早い。



「いや何で!?先生、行けるんですよね!?」


「ええ、わたくしは行けますわ。でも、貴方は無理ですわよ。死にますわ」


「死っ!?」


「先程も言ったでしょう?定命の存在が世界間を移動しようなんて、無茶ですわ。もし、わたくしの背に貴方を乗せて世界を超えようとしたら、死にますわね」


「そ、そんな!?」


「わたくしが世界と世界の狭間を駆け抜ける間、生身を晒していても平気なくらい丈夫であれば、乗せてあげても良かったのですけれど」


「俺の存在は変質して丈夫になってるって、さっき言ってたじゃないですか!」


「その程度の丈夫さでは、乗せられませんわ。わたくし、走りには手加減できませんの。耐えるには、各世界の主神クラスの丈夫さが必要ですわね」



なんか凄まじい条件が提示された。主神クラスの丈夫さって何だ。


魔法陣の機能に守られていなければ、異世界への移動は超危険という事か。それとも、六本足の牝馬だから乗るのが危険なのか。あるいは、その両方か。


自分には乗馬の経験は無いが、身体への負荷が大きいという話を聞いた事がある。牝馬の魔物ともなると、並みの馬より乗るのが大変なのだろう、多分。



「そなた、やめておいた方が良いぞ。こやつめは、あっちこっちの世界を渡り歩いては、数多の男どもを取っ替え引っ替え、その身に乗せるような女であるぞ」


「人聞きの悪い!わたくし、お相手はキチンと厳選してますのよ!乗せているのは、ごく限られた方々だけですわ!」


「よく言うのである。三千世界の主神をコンプリートしたと自慢していたではないか。身持ちが悪いにもほどがあろう」


「い、いつの話をしてますの!?もうずっと昔の事ではありませんか!」


「だが、事実であろう?」


「そ、それは、その……。わ、若気の至りですわ!それを今更ほじくり返すなんて、卑怯ですわ!」


「我に文句を言う前に、己が尻の軽さを猛省する方が先であろう」


「おしり、かる~い」



十本首と六本足、また揉めてた。下世話なような、壮大なような。


この牝馬、少なく見積もっても三千以上の神々を乗せた事があるらしい。千人斬りならぬ、三千柱斬り。


正直、どうでもいい。


誰を乗せてようが、何人乗せてようが、自分が乗れないのなら他人事だ。乗れない魔物は、ただの魔物だ。


聞きたい事は聞けた。知りたかった事は知れた。もうこれ以上、質問事項は無い。



「……ひとまず部屋に戻りましょうか、ムチムチさん」


「い、いや、しかし、良いのか、放っておいても?」


「いいんですよ。友人同士の語らいを邪魔しちゃ悪いですし」



そそくさ退散。触らぬ神に祟り無し。


紙の図面を通勤カバンに収納し、キャンピングカーの寝室に避難する。


知りたかった事は知れた。後の事は知らん。



「その言い草、到底見過ごせませんわよ、『先割れ』」


「我は、つなしである。いい加減に覚えよ、『尻軽』」



その後、寝室の外で何が起こったのかは、神のみぞ知る。






早々に寝て、翌朝。


黒夫と魅雪が普通に起きた。



「「……おなか、すいた……」」



開口一番、子供達が言った。それを聞いて、思わず安堵の息を吐いた。


空腹は、回復の兆しだ。


体調が悪化している時には、食欲にも異常が出る。食欲があるなら、大体大丈夫。



「レトルトのおかゆ、あるぞ。食べるか?」



二人ともスタンガンを食らって以降、固形物は何も食べていない。


気を遣って聞いてみた。



「えー、そんなの嫌だよ、オレ」


「ボク、お魚食べたい。たくさんあるよね?」



寝起き早々、食欲旺盛。


昨日の今日で、まだ体調は万全では無いはずだが、胃袋の方は健康優良児である。



「早くお台所行こ?」


「ちょっと待って。今日はこのままここで朝食にしよう。すぐ準備するから」



せかす魅雪を止めた。


嫌な予感がする。外に出たくない。


ほとんどの荷物は通勤カバンに放り込んであるので、用意はできる。


個人的には、寝室でメシ食うの嫌だけど、しょうがない。



「パンと合いそうな料理は、これがいいかな」



先にトースターでパンを焼きつつ、料理を選ぶ。


作り置きの中から、魚介のトマト煮を取り出した。


見た目は洋風。味付けも洋風。隠し味にちょっぴり和風。


温め直すと、ほのかに味噌の香りが漂う。


ちなみに、作ったのは魅雪である。少し味見させてもらったが、抜群にうまい。



「……ふわぁあぁぁ~……いいにおいがするぅ~……」



ムチムチさんも起きた。


フェアは、まだ戻って来ない。心配だが、できる事が無い。信じて待つしかない。


とにかく今は、腹ごしらえ。



「「「「いただきます」」」」



四人で朝食を食べる。



「これ、うみゃいにゃあっ!」


「うむ。美味だな」


「くふふっ。一度冷やして味を染み込ませるのがコツなの」



魅雪の料理解説付き。食が進む。


本当に朝から良く食べる。三人とも。


身体は、食べ物によって出来ている。胃腸の丈夫さこそ、健康への道。



「……この後、どうするかな……」



パンをトマト煮に浸して食べながら、今後の予定を考える。



「……考えても、できる事あんまり無いんだよなぁ……」



フェアがいないと、どうしても行動に大幅な制限がかかる。


フェアのいない自分なんて、丈夫さだけが取り柄のゆで卵だ。



「……ここで足止めは、避けないとマズいか……」



妖精さん(仮)におんぶにだっこの元勇者とか、ハードボイルドからは程遠い。


それでも、できるだけの事はやっておかないと。



「よし。メシ食い終わったら、押すか」



キャンピングカーを押して、南に進む事にした。


包囲網を強行突破する前、故障して停車したら押そうと決意していた。ある意味、当初の想定通りである。


タイヤがパンクして走行性は落ちているが、部品をパージして車両は軽量化している。差し引きゼロ。問題無い。



「ヒデオ殿。このまま進むのか?」


「ええ。目的地は見えてますから、後は一歩ずつ地道に近付くだけです。これ食べ終わったら、すぐ出発しましょう」


「そ、そんなに急がなくとも良いのではないか?昨日の今日だぞ?少しくらい休んでもバチは当たるまい?」


「もう十分休みましたよ」



ムチムチさんに言われて、昨日の事を思い返してみた。


昨日の自分、あんまり動いてない。


凄いドタバタは、していた。しかし、あんまり動いてない。お笑いトリオに食べ物を投げ付けたり、座席に座って寝落ちしたり、馬とおしゃべりしたりしただけだ。


運動量、微小。身体疲労、皆無。ここで下手に休むと、精神疲労が溜まりそう。



「き、昨日一日だけでも、か、かなりの距離を南下しているのだ。もっと楽にしても良いと思うぞ、私は」


「進める時に進められるだけ進めといた方が、気は楽ですよ。目的地が見えてるのにジッとしてるのも落ち着きませんし」


「よ、良くないぞ。そんな生き急ぐような生き方は」


「いや別に生き急いでませんよ」



やたらムチムチさんに足止めされそうになったが、普通に進む事に決めた。


気の進まない仕事ほど、心身とスケジュールに余裕のある内に進めておくのが吉。後に回して余裕が減ると、死ぬほどやりたくなくなる。



「……そんなに急いでは……帰還が早まってしまうではないか……」


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