表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたりぼっち、異世界に  作者:
第一章:俺は世界を選ばない、私は世界を選ばない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/15

第07話:明滅する刃の導き

 美玲は陵に手を引かれ、冷たい石床からゆっくり立ち上がった。

 だが、彼女の視線は陵の顔ではなく、その右手に握られた折れた黒刀へ吸い寄せられていた。


 刀身に走る亀裂。

 その隙間から、赤黒い光が滲むように漏れている。


 どくん、どくん。


 まるで生き物の心臓だった。

 一定のリズムで、刀そのものが脈打っている。


「っ……」


 美玲の喉がひくりと鳴る。

 得体の知れない嫌悪感。本能に直接触れてくるような、不気味さ。


 気づけば、美玲は繋いだままの陵の手を強く握り締めていた。


 こんなもの。

 普通なら、今すぐ放り捨てたくなる。


 だが――陵は違った。


 怯える様子はない。

 むしろ、その黒い瞳は冷静に刀を観察していた。


 感情を削ぎ落としたような鋭い眼差し。

 危険そのものより、“何が起きているのか”を優先している目だった。


「……陵、それ……」


 震える美玲の声が、静まり返った地下廊へ落ちる。


 陵は答えない。

 代わりに、折れた黒刀を静かに握り直した。


 ――その時だった。


 陵の手が、無意識に刀の切っ先をある方向へ向ける。

 地下廊のさらに奥。闇の最深部。


 どく、どく、どく。


 脈動が変わった。

 赤黒い光が、明らかに強さを増していく。


「……?」


 陵の目が僅かに細まる。

 試すように、切っ先を別方向へ動かす。


 すると、光はすっと弱まった。

 脈動も静かになる。


 再び、暗闇の奥へ向ける。


 どくん――ッ。


 今度は先ほどよりも強く、黒刀が脈打った。


 まるで。

 そこに“何か”が存在すると訴えるように。


 陵は無言のまま、その反応を観察していた。


 偶然ではない。

 この黒刀は、地下廊の奥にある何かへ反応している。


 あるいは。

 そこへ向かえと、自分たちを導いているのか。


 赤黒く脈打つ刀身。

 その先に広がる、底の見えない闇。

 陵はゆっくりと視線を上げ、地下廊の奥を見据えた。


 静寂。

 だが、その静けさこそが不気味だった。


 先ほどまで地下廊を揺るがしていた死闘。

 あれほどの轟音と破壊の痕跡を残して、この空間だけが静かなままでいるはずがない。


 森の怪物たちのように、血の匂いや物音を嗅ぎつけた別の何かが、いつ現れてもおかしくなかった。


「……長居はできないな」


 陵が低く呟く。

 その一言だけで、美玲の背筋に冷たいものが走った。


 思わず周囲の闇を見回す。

 地下廊の奥は、どこまでも黒かった。その闇の中に、何かが息を潜めている気がしてならない。


「どうやら、こいつが道を示してるらしい」


 陵は右手の黒刀へ視線を落とした。

 亀裂の奥で、赤黒い光がどくん、どくんと脈打っている。


「道……?」

「切っ先を向ける方向で反応が変わる。たぶん、この先に何かある」


 陵は淡々と言う。

 だが、その目は油断なく細められていた。


 信じているわけではない。

 危険だと理解した上で、この異質な刀を利用しようとしている。


 それが美玲にも分かった。


「……でも……」


 こんな不気味な剣に従うなんて、正気とは思えない。

 その先に、もっと恐ろしい何かが待っているかもしれないのに。


 躊躇う美玲の手を、陵が少しだけ強く引いた。


「ここに残っても危険だ。他の奴らが寄って来る前に動く」


 迷いのない声だった。

 生き延びるためなら、危険すら利用する。

 今の陵には、そんな研ぎ澄まされた覚悟があった。


 美玲は唇を噛む。

 この先に何が待っているのか、想像するだけで足が竦みそうになる。


 それでも。

 陵が前へ進くなら、自分も立ち止まってはいられなかった。


「……うん」


 小さく頷く。

 美玲は陵の背中へ寄り添うように、一歩踏み出した。


 どくん、どくん。


 赤黒い脈動だけが、漆黒の地下廊を照らす唯一の道標。二人は足音を潜めながら、底なしの闇の奥へ進み始めた。



 どれほど歩いただろうか。

 時間感覚すら曖昧になる暗闇の中、頼れるものは赤黒く脈打つ黒刀の光だけだった。


 どくん、どくん。


 進むほどに、脈動は強くなる。

 それに引きずられるように、美玲の心臓も嫌な鼓動を刻んでいた。


 やがて。

 二人の足が止まる。

 地下廊が、完全に塞がれていた。


 崩れ落ちた巨大な石柱。天井から落下した瓦礫。

 無数の岩塊が山のように積み重なり、通路を完全に埋め尽くしている。


「……道、塞がってるね」


 美玲が小さく息を吐く。


 引き返すしかない。


 そう思った瞬間だった。


 どくん――ッ。


 黒刀が、大きく脈打つ。

 赤黒い光が鋭く瞬き、瓦礫の一角を照らし出した。


「……いや。ここだ」


 陵の視線の先。


 乱雑に積み上がった瓦礫の奥。

 石壁に紛れるように、“それ”は存在していた。


 石の扉。

 装飾もない、重厚な扉だった。


 意図的に隠されていたのか。あるいは崩落に埋もれたのか。


 だが。


 黒刀は明らかに、その先へ反応している。


 陵は瓦礫の隙間を縫って近づき、扉の縁へ手をかけた。


 力を込める。

 だが、扉はびくともしない。


「……っ」


 陵が低く息を吐く。


 次の瞬間。

 迷いなく、黒刀の刃を扉の隙間へねじ込んだ。


「陵!?」

「下がってろ」


 美玲を背後へ下がらせる。

 陵は両手で柄を握り締め、そのまま全身の力を叩き込んだ。


 ただの高校生が開けられる重さではない。


 ――本来なら。


「……ぐ、ぅぅぉおおッ!」


 陵の腕が軋む。

 制服越しにも筋肉が浮き上がり、血管が浮き出る。


 そして。

 黒刀が応えるように脈打った。


 どくんッ。


 亀裂の奥から漏れる赤黒い光が激しく明滅する。

 まるで、陵の力に呼応するように。


 ギギ……ギギギギギ……!


 重い摩擦音が地下廊へ響いた。

 絶対に開くはずのなかった石扉が、少しずつ動き始める。


「……っ」


 美玲は息を呑んだ。


 助かるかもしれない。

 そう思う一方で、美玲の胸には別の不安が広がっていく。


 陵が力を込めるたび、黒刀の脈動も強くなっていた。

 まるで、刀そのものが、陵へ力を流し込んでいるかのように。


 ズズン――。


 重い音と共に、ついに扉が人一人通れるほど開いた。


 隙間の奥から、古びた空気が流れ出してくる。

 埃臭い。だが、血の匂いはしなかった。


「……開いた」


 肩で息をしながら、陵が振り返る。

 その手の中で、役目を終えたように、黒刀の脈動がゆっくりと静まっていった。


 陵は先に扉の隙間へ体を滑り込ませた。

 油断なく内部を見渡し、異常がないことを確認すると、外で待つ美玲へ短く手招きする。


 美玲も慌てて後に続いた。


 分厚い石扉を潜った瞬間。外に満ちていた、あの肌を刺すような気配がふっと遠のく。


 陵はすぐさま扉へ向き直った。

 両手を押し当て、全身の力で石扉を押し戻す。


 ズズン――。


 重い音を立て、隙間が完全に閉じる。

 さらに扉の内側に備え付けられていた鉄のかんぬきを、力任せに横へ滑らせた。


 ガァンッ!


 鈍い金属音が狭い部屋へ響き渡る。

 それは、外界と完全に遮断された音だった。


「……っ、はぁ……」


 その瞬間。

 張り詰めていたものが、一気に切れた。


 陵の膝が崩れる。

 そのまま背中を扉へ預け、ずるずると床へ座り込んだ。


 美玲も同じだった。

 もう脚に力が入らない。

 陵のすぐ隣へ、へたり込むように座り込む。


「はぁ……はぁ……」

「…………」


 静かな部屋に、荒い呼吸だけが響いていた。

 二人とも、指一本動かす余力すら残っていない。


 どれほど時間が経ったのか。

 少しだけ呼吸が落ち着いた頃、美玲は重い瞼を持ち上げ、薄暗い室内を見回した。


 古びた木机。崩れた簡易ベッド。

 壁際には、武器を掛けていたらしいラックが並んでいる。


 兵士の詰所。

 あるいは避難部屋。


 そんな場所だったのかもしれない。

 外の地下廊と違い、ここには化け物に荒らされた痕跡がなかった。


 そして。

 部屋の最奥。

 壁へ凭れるように、“それ”は座っていた。


「……」


 白骨死体。

 色褪せた布服を纏い、俯いた姿勢のまま骨だけになっている。

 その膝には、古びた革表紙の手記が今も抱えられていた。


 だが、美玲は悲鳴を上げなかった。

 動かない死体より、さっきまで外を徘徊していた“生きた怪物”の方が、遥かに恐ろしい。


「……あれは、後で調べる」


 陵が掠れた声で呟く。

 彼もまた、今は動く力が残っていないのだろう。


 役目を終えた黒刀を床へ置き、深く目を閉じる。


「……うん」


 美玲は小さく頷き、陵の隣へ身体を寄せた。

 冷たい石床。その中で、陵の腕だけが微かに熱を持っていた。


 土埃と血の匂い。

 けれど今は、その温度が妙に安心できた。


 陵も拒まない。

 力の抜けた腕で、不器用に美玲の肩を引き寄せる。


 ふたりきりの世界。

 ここが本当に安全なのかも。

 元の場所へ帰れるのかも。


 まだ何一つ分からない。


 それでも今だけは、眠ってしまいたかった。


 互いの体温を確かめるように寄り添いながら、二人の意識は、ゆっくりと深い眠りへ沈んでいく。


 ――床に置かれた黒刀だけが。

 暗闇の中で、微かに脈打ち続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ