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ふたりぼっち、異世界に  作者:
第二章:世界を生き抜く片道切符

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第21話:這い上がる条件――剣と知

「……誰か、来たみたいだな」


 重い金属の足音が耳に届いた。

 陵の顔から、先ほどの不器用な笑みが完全に消え去った。瞬時に、地下遺跡で見せていた冷酷な「戦士」の顔へと戻る。

 痛む身体を無理やり起こし、美玲を背後に庇うように立ち上がると、足元に転がっていた『黒剣』の柄へスッと手を伸ばした。


 ガコンッ、と。


 外から扉を塞いでいた重いかんぬきが、乱暴に外される音が響く。

 ギィィィッ、と嫌な音を立てて傾いた木の扉が開かれた。

 淀んでいるとはいえ、外の眩しい光が薄暗い密室に容赦なく差し込んでくる。美玲は思わず目を細めた。


 逆光の中に立ち塞がっていたのは、二人をここまで連行してきた騎士たちだった。まだ剣は抜いていないものの、いつでも抜けるよう手を柄の近くに構えている。

 そして、その中心。ドブと泥にまみれたスラムには酷く不釣り合いな、汚れを一切知らない純白の法衣。リーナが無表情のまま二人を見下ろしていた。


 背後の騎士の一人が、陵の隙のない警戒姿勢に反応して剣の柄に手をかける。だが、リーナは白く細い手を軽く上げてそれを制した。

 彼女の硝子玉のような瞳が、静かに立つ陵と、彼に庇われるように立つ美玲、そして美玲が隠し持つように抱えている水袋を順番に捉える。


『警戒する必要はありません。神の慈悲により、あなた方はすでに“保護”されているのですから』


 保護。その単語に陵の眉がわずかに動くが、彼は沈黙を保った。

 陵が不用意に動かないことを見届けると、リーナは再び脳内へ声を響かせる。


『外の住人から、自力で水を手に入れたようですね。……素晴らしい』


 その声色には、称賛の熱など微塵もなかった。

 あるのは、迷路に放り込んだ実験動物が、予想外の正解ルートを導き出したのを観察するような、極めて無機質な響きだ。


『窓もなく、与えられるものもない。ここを劣悪な檻だと思うでしょう。ですが、ここは分厚い城壁の内側。魔物の脅威も、野盗の暴力も届かない場所です』


 リーナは淡々と、この世界の冷徹な事実を告げる。


『何も持たず、この都市ルミナスに何の貢献もしていない異邦人が身を置く場所として、これ以上の安全はありません』


 リーナの冷徹な論に対し、陵の身体が微かに前傾姿勢になる。

 彼から放たれる目に見えない圧力が一瞬だけ高まったが、美玲はその背中へそっと手を添えた。陵はかすかに息を吐き、静かに気配を収める。


 美玲は陵の脇から、一歩前へと足を踏み出した。

 感情を昂ぶらせることも、理不尽な現状に不満を並べることもない。彼女の瞳は、驚くほど冷ややかに目前の少女を観察していた。


 もし本当に「価値のないゴミ」として処理するつもりなら、最初から牢へ叩き込むか、城壁の外へ追い出せばいいだけだ。わざわざ騎士団を引き連れて、こんな高貴そうな恰好をしている少女が、自らスラムの底にあるみすぼらしい小屋まで足を運ぶ必要などどこにもない。


 監視のためでもない。生存を確認し、自分たちの反応を確かめに来たのだ。

 ならば、答えは一つしかない。


「そうですね」


 美玲は静かに、リーナの言葉を肯定した。

 声を荒らげる必要はない。淡々とした、理路整然としたトーンだった。


「何の貢献もしていない私たちに、城壁の内の安全が与えられている。それ自体が、あなたたちの言う『保護』であり、対価なのだと理解しました。……ですが」


 美玲はリーナの硝子玉のような瞳を真っ直ぐに見返した。


「ただ安全に腐らせるためだけに、あなたがわざわざこの掃き溜めまで足を運んだとは思えません。私たちに、何か別の『価値』を見出そうとしている。違いますか?」


 美玲の問いかけに対し、リーナを囲む騎士たちの間に微かな緊張が走った。

 しかし、リーナ自身の表情は変わらない。ただ、その脳内に直接語りかけてくる声が、ほんの少しだけ密度を増した。


『……自力で命を繋ぐ知恵があり、状況を正しく値踏みできる。

 素晴らしい。やはり、ただの迷い人ではないようですね。


 その通りです。

 この都市において、無価値な人間が這い上がる手段は一つしかありません』


 リーナの瞳が、美玲から陵へと移る。正確には、彼がその手に提げている『黒剣』を見つめていた。


『都市の地下深くには、未だ全容の知れない巨大な迷宮が広がっています。そこでの探索、未知の資源の回収……そして、魔物の間引き。教会の管理下でその任務に就き、神の御心に叶う成果を示した者にのみ、相応の対価と上層への居住権が与えられます』


 迷宮の探索。魔物の討伐。言葉にすればとてもヒロイックだ。

 だが、その実態は――正規の兵が死なないための、使い捨ての駒。何も言わずとも、美玲は瞬時に理解していた。


『明日の朝、迎えの者を寄越します』


 純白の法衣がふわりと揺れ、リーナは二人へ背を向ける。

 彼女は騎士たちを伴って、開け放たれた外へと歩み去っていった。


『この掃き溜めで緩やかな死を待つか、それとも上へ這い上がるか。

 選択の自由はあなた方にあります。


 ……這い上がる意志があるのなら、その剣と知恵で、自らの価値を証明しなさい』


 バタン、と。

 再び乱暴に扉が閉められ、外から重いかんぬきが降ろされる音が響いた。

 遠ざかっていく金属の足音。薄暗い密室に、再び重苦しい静寂が戻ってくる。


「……行ったな」


 足音が完全に聞こえなくなったのを確認すると、陵はふうっと息を吐く。手にしていた黒剣を地面に突き立て、そのまま手を離した。


「……どうする? 十中八九、ただの罠か使い捨ての道具扱いだぞ」


 陵が美玲に問う。

 その瞳には、すでに戦う覚悟が宿っていた。


「わかってる。でも、あっちから『交渉のテーブル』を用意してくれたのは事実だよ」


 美玲は理解していた。

 何の後ろ盾も持たない自分たちが、権力者を自ら『交渉のテーブル』に着かせることが、どれだけ難しく、そして価値のあることかを。


「他に、行動の指針はあるのか?」

「幾つか考えてはいたけど、私は今回の話に乗るべきだと思ってる」


 色々と考えがあったことは否定しない。だが、この流れに乗ることこそが、現状を大きく動かす一手になる――そんな確信があった。


「……そっか。それなら仕方ないか」


 陵は肩をすくめた。


「それで行こう」


 あまりにもあっさりと告げられ、美玲は思わず目を瞬かせた。


「えっ?」

「えっ、じゃないだろ。何を驚いてるんだよ」


 陵は再び肩をすくめ、そして真っ直ぐに美玲を見た。


「……武器があれば、なんとかなる。なんとかする」


 言葉の響きは静かだったが、そこには揺るぎない絶対の自信があった。


「俺は……紀元前から続く最強の武術、『神源流』の正統後継者だからな」


 過去の全てを持って、陵は美玲の選択を肯定する。

 その瞳には、寸分の迷いもなかった。

 地面に突き立てられた『黒剣』が、呼応するようにドクンと微かな脈動を打った。


 ――そして、数時間後。

 板の隙間から白み始めた朝の光が差し込んだ時、再び小屋の前に重々しい足音が鳴り響いていた。

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