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ふたりぼっち、異世界に  作者:
第一章:俺は世界を選ばない、私は世界を選ばない

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第12話:最深部の扉、死の祭壇

 地下遺跡の最深部。

 そこだけ、これまで二人が歩いてきた冷たい石造りの通路とは、空気そのものが違っていた。


 無意識のうちに、美玲の足が止まる。

 眼前にそびえていたのは、あの手記の最後のページに描かれていた「巨大な扉」だった。


(……違う)


 見上げるほど巨大な石扉。

 表面には緻密な紋様が刻まれている。


 だが、美玲は本能的に理解してしまった。


 これは墓所じゃない。

 宝を守るための扉でもない。


 ——出してはいけない何かを、押し込めるためだけに作られた壁だ。


 そこに立っているだけで、肺が重い。

 扉の向こう側から滲み出している“何か”が、皮膚を細い針みたいに刺していた。


「……」


 陵は何も言わず、その巨大な封印を見据えている。


 その時だった。


 彼の右手で握られていた『折れた黒刀』が、今まで以上に大きく脈打った。


 どくんっ。

 どくんっ。


 ひび割れた刀身の奥から、赤黒い光が漏れ出す。

 光は刀身から這い出し、石扉の表面へ広がっていく。

 見えない文様をなぞるように、赤黒い線がゆっくりと走った。


 陵が静かに、一歩前へ出る。

 黒刀を扉へ近づけた、その瞬間だった。


 ——ズ、ズズズズズズ……ッ!!


 鼓膜より先に、腹の底を揺らすような重低音が地下空間へ響き渡った。


 扉が、開く。

 物理的に押したわけじゃない。鍵を使ったわけでもない。

 何百年も閉ざされていたはずの石扉が、長い沈黙を終えるみたいに、ゆっくりと口を開いていく。


「っ……」


 開いた隙間から、空気が流れ出した。


 冷たい。


 いや、それだけじゃない。


 重い。

 淀んでいる。

 空気そのものが腐っているみたいだった。


 これまで地下通路に漂っていた湿った空気とは根本的に違う。

 まるで、冥界に誘われているかのようであった。


「……ぁ」


 喉が勝手に鳴る。

 本能が叫んでいた。


 入るな。

 近づくな。

 ここは、生き物が踏み込んでいい場所じゃない。


 膝が震える。

 立っているだけで精一杯だった。


「陵……」


 縋るように、美玲は陵の袖を掴む。

 指先が白くなるほど力を込めても、震えは止まらなかった。


 だが。

 陵の腕は、微塵も揺れていない。

 彼はただ静かに、開かれた暗黒の奥を見据えている。


 自分は立っているだけで吐き気がするのに。

 陵だけが、この場所の空気を当然のように受け入れていた。


 その横顔が。

 瘴気よりもずっと深く、美玲の心臓を冷たく締め付けた。


 開かれた扉の先。

 そこは、青白い光石に照らされた広大な空間だった。


 祭壇の間。

 本来なら、神聖な場所だったのだろう。


 だが。

 そこに残っていたのは、凄惨な破壊の痕跡だった。


 何人がかりでも抱えきれないほどの石柱が、飴細工みたいにへし折れている。

 石床は巨大な力で抉れ、壁には獣の爪痕みたいな裂傷が無数に刻まれていた。


 どれほどの戦いだったのか、想像すら追いつかない。


 その中心。

 祭壇の上に、そいつは横たわっていた。


 巨大だった。

 これまで遭遇した怪物たちが、小さな獣に思えるほどに。


 肉は黒く干からび、骨格の一部は崩れている。

 明らかに死骸だった。


 なのに。

 そこにあるだけで、この空間の主はまだこいつなのだと思わされる。


「……」


 美玲は息を呑む。

 そして、気づいた。


 怪物の胸。

 心臓があったはずの場所に、一振りの剣が突き立っている。


 漆黒だった。

 柄から刀身まで、夜を削り出したみたいな黒。

 周囲に満ちた瘴気さえ寄せ付けない、静かで冷たい存在感。


 それは、手記に記されていた「剣」だった。


 隣の陵は、怪物の死骸ではなく、その胸に突き立った黒剣だけを見ていた。


 陵が、動いた。

 無言のまま、ゆっくりと祭壇へ近づいていく。


「……っ」


 待って。

 そう言おうとした美玲の喉は、ひゅっと掠れた音を漏らすだけだった。

 声を出せば、この極限まで張り詰めた静寂が弾け飛んでしまいそうで、口を開くことすらできない。


 陵の歩みには、一切の隙がなかった。

 右手で『折れた黒刀』を軽く握り、周囲のわずかな変化にも即座に対応できるよう、極度の警戒を保っている。


 その黒刀だけは、まるで本来あるべき何かを求めるように、激しく赤黒い光を明滅させていた。


 やがて、陵は怪物の巨体のすぐそば、祭壇の脇へ辿り着く。

 そして、怪物の胸に突き立つ『漆黒の剣』へ向けて、静かに左手を伸ばした。


 黒剣の冷たい柄に、陵の指先が触れようとした。


 ——その、瞬間だった。


 ぞわり、と。


 美玲の全身の産毛が総毛立った。


 部屋全体を満たしていた重く濃密な瘴気が、突如としてうねりを上げたのだ。

 巨大な渦潮みたいに、壁に埋め込まれた青白い光石すら歪めながら、空間そのものが一点へ向かって収束していく。


 吸い込まれていく先は。


(嘘……でしょ……?)


 ——怪物の、死骸だった。


 べちゃっ……。


 バキ、メキメキメキ……ッ!!


 乾ききっていた肉が濡れた音を立てて膨張する。

 ひしゃげていた巨大な骨格が、無理やり正しい位置へ矯正されていく。


 耳障りな音が、広大な祭壇の間へ響き渡った。


 死骸が、動いた。

 部屋中の瘴気を喰らいながら、死んだはずの肉体へ無理やり命を流し込むみたいに、どくん、どくんと巨大な身体全体が脈打ち始めたのだ。


「あ……、あ……」


 美玲は後ずさろうとした。

 だが、足が動かない。絶望が、物理的な重さを持って起き上がってくる。


 上層で遭遇した怪物たちとは、比べ物にならなかった。

 この巨体が一度でも暴れれば。その先の想像すら、彼女にはできなかった。


 これが、この地下を地獄に変えた元凶。

 瘴気を纏った怪物が、ゆっくりと首をもたげる。

 そして、眼窩の奥に、どろりと赫い光が灯った。


 その視線が、眼前に立つ陵を捉える。


 ——ギィヤアアアアアアアアアアアアッ!!!


 咆哮。

 いや、それはもはや音の形をした暴力だった。


 突風のような衝撃波が吹き荒れ、美玲は思わず腕で顔を庇う。


 視界の先。

 蘇生した巨体が、一切の前兆なく動いた。


 丸太ほどの太さがある巨大な腕が、凄まじい速度で振り下ろされる。

 標的は、祭壇の脇に立つ陵。


(殺される……っ!)


 回避する隙なんてない。

 だが、陵は逃げなかった。


 迷うことなく左手を引き、右手の『折れた黒刀』を頭上へ構える。

 ひび割れた刀身から、赤黒い光が爆発的に膨れ上がった。


 ガギィィィィンッ!!


 火花が散り、鼓膜を破壊するような激突音が弾け飛ぶ。


 陵が、受け止めていた。

 見上げるほどの巨腕の直撃を、あの折れた刀一本で。


 到底、人間の筋力で防げる質量ではない。

 事実、激突の余波だけで硬い石床が砕け散り、陵の足元がクレーターみたいに陥没している。


「陵っ!!」


 叫んでいた。

 頭で考えるより先に、喉が張り裂けるほどの声を上げていた。


 甲冑の化け物に、兜の残骸を投げつけたあの時と同じだ。


 怪物が恐ろしいんじゃない。自分が死ぬことが怖いわけでもない。


 彼が死ぬことが。

 自分がたったひとり、この暗黒に取り残されることが。

 何よりも恐ろしかった。


「りょうっ!!」


 美玲の悲痛な叫びが、広大な祭壇の間に響き渡る。


 それを掻き消すように、怪物が再び鼓膜を裂く怒号を上げた。

 吹き荒れる瘴気と破壊の嵐。圧倒的な絶望を前にして、決して引こうとしない陵の背中。


 もう、後戻りなんてできない。

 極限の死闘の幕が、切って落とされた。

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