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泣き虫な俺たちは  作者: 陽花紫


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3/5

泣いていた俺

 本来俺は、人前では絶対泣いたことがないような人間だった。


 少なくとも、これまではそう思っていた。

 感情はある、もちろん傷つくこともある。

 でもそれを人前に晒すのは、苦手だった。

 泣くくらいなら、黙る。黙れないのなら、笑う。

 そうやって生きてきたんだ。

 リツと付き合うまでは。


 最初、泣くのはいつもリツのほうからだった。

 俺はその隣で、背中を撫でてティッシュを渡して、リツが傷つかないような言葉を選んでいた。


「大丈夫だ」

「離れないから」

「考えすぎだって」


 その言葉を言うたびに、少しずつ、自分が大人になっていくような気もしていた。

 誰かを支えている、守っている。

 そう思うことで、俺はこの不安を消していた。


 リツは、呆れるくらいよく泣いた。

 電車が混んでいた日、俺の返信が遅れた夜、些細な沈黙。

 その理由なんて、いくらでもあった。


 俺は最初、全部受け止めるつもりでリツの隣に立っていた。

 いた、受け止められているつもりでいたんだ。


「ごめんね、重いよね……僕……」


 リツがそう言うたびに、俺は首を横に振っていた。


「重くなんかない、むしろ嬉しい。好きだから」


 嘘じゃなかった。

 少なくとも、その時は。


 けれど変化は、ほんの小さな出来事から始まった。


 ある夜、リツが泣いて俺に電話をかけてきた。

 理由は、今日は疲れてるから明日会おうと俺がリツに言ったこと。


「嫌いになった?」

「なってない」

「じゃあ、なんで今日じゃだめなの……」


 俺は、うまく答えることができなかった。

 説明しようとすればするほど、リツの声は震えていく。


「ごめん……」


 そして結局、また俺は謝っていた。

 電話を切ったあと、胸が途端に苦しくなる。

 疲れが抜けない、眠りにつくことができない。

 その時、初めて気づいてしまう。


 ――少しだけ、しんどいかもしれない。


 でも、口に出すほどじゃなかった。

 そう思って、無理やり目を閉じた。


 次の日、リツは何事もなかったかのように笑っていた。


「ごめんね。僕、自分勝手で……」

「いや、俺の方こそごめん」

「でも、シュンスケの声が聞けて嬉しかった」


 その笑顔を見て、俺は安心した。

 けれど、わずかな怖さが膨らんでいく。


 俺の都合よりも、リツの安心のほうが優先されていく。

 それが、当たり前になっていることに。


 それでも、俺は決して泣いたりはしなかった。

 泣くのは、リツの役目だから。


 決定的になったのは、ある、夕方のことだった。

 駅の改札前で、リツが急に立ち止まったんだ。


「ねえ……」

「うん?」

「僕のこと、義務で会ってない?」


 その一言で、頭の中が真っ白になる。


「……なんで、そう思うんだよ」

「最近、前より優しくない」

「普通だろ」

「普通って、何……?」


 リツの目に、みるみるうちに涙が溜まっていく。

 見慣れた光景であったはずなのに、その日はなぜだか違っていた。

 胸の奥が、ずきりと痛む。


 どうしようもなく、逃げたくなった。

 この会話から、この関係から。


 ――もう、何もかもが面倒だ。


 その瞬間、俺の中で何かが壊れた。


「……俺だってさ、」


 この声は、思ったよりも震えていた。


「俺だって、毎日不安なんだ……」


 リツが、大きく目を見開く。

 俺自身も、驚いていた。けれど言葉は、止まらなかった。


「離れたらどうしようって、俺が足りなくなったらどうしようって。……飽きられたらどうしようって」


 これまでずっと溜め込んでいたものが、一気に溢れていたんだ。

 喉が詰まる、視界が滲む。


「ごめん……」


 そこで、俺は初めて人前で泣いた。

 声を殺そうとしても、無理だった。情けない嗚咽が、勝手に漏れる。

 リツは慌てて、俺のことを抱きしめた。

 これまで俺が、そうしていたように。


「ごめん、ごめん……」

「泣かないで……、シュンスケ……」


 その言葉を聞いた瞬間、ますます涙は止まらなくなっていく。


 ――ああ、これだ。


 これを、リツはずっと感じていたんだ。

 泣くことでしか、伝えられない不安。置いていかれる恐怖。


 俺は、情けなくリツの肩に顔を埋めていた。

 こんなこと、今まで一度もなかったのに。


「……怖いんだ」

「何が……?」

「リツのことを、失うのが」


 リツの体が、びくりと揺れた。


「……一緒だね」


 その声は、少しだけ嬉しそうで、それでいて少しだけ泣いていた。


 俺の涙が落ち着くまで、リツもまた静かに涙を流しながら俺のことを強く抱きしめてくれていた。


 それからだった。

 リツの前でだけ、俺が泣くようになったのは。

 喧嘩のあと、不安な夜、リツの機嫌が読めない時。


 最初は、もちろん恥ずかしく思っていた。

 でも、リツはそれを責めなかった。

 むしろ、安心したような顔をして俺の頭を撫でていた。


「一緒だね」


 俺たちは、同じ場所に立っていた。

 もはやそれは支えるわけでもなく、支えられるわけでもなく。

 ただ、一緒に沈んでいった。


 それでも、俺は泣かずにはいられなかった。


「好きなんだ。だから……、俺を捨てないでくれ……」


 泣けば、リツが離れることはないと知ってしまったから。


「疑わないでくれ……。リツがいなくなったら、俺は……」


 その言葉を、リツと同じ声量で言えるようになっていたんだ。


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