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泣き虫な俺たちは  作者: 陽花紫


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2/5

きっかけ

 俺たちが出会ったのは、ある、春の終わりの日のことだった。


 大学の構内は、新入生向けのイベントがひと段落して、ようやく落ち着きを取り戻しつつあったんだ。

 人混みが苦手な俺は昼休みになると決まって、人の少ない中庭のベンチに逃げ込んでいた。

 そこで、いつも一人で泣いている男を見つけていた。

 最初は、気のせいかと思っていた。

 イヤホンをしたままうつむいて、スマホを見ているだけのようにも見えたから。


 でも、そのような状態が三日も続いていた。

 同じベンチで同じ時間、同じように、肩を小刻みに揺らすその姿。


 四日目、さすがに気になって、俺は声をかけていた。


「……大丈夫?」


 男はびくりと肩を跳ねさせて、慌てて顔を上げていた。

 赤い目に、濡れた睫毛。鼻先も真っ赤で、どう見てもそれは泣いている状態でもあったんだ。


「あ……、えっと……」


 言葉を探すように、視線が泳ぐ。

 逃げ出してしまうのかと思ったけれど、彼は逃げるようなことはしなかった。


「……ごめんなさい。僕、気持ち悪いですよね……」


 そう言って、またうつむいてしまう。


「えっ、気持ち悪いとかはないよ……。ただ、心配で……」


 俺は慌てて応えていた。

 その瞬間、彼の顔がくしゃりと歪んだ。

 そしてまた、堰を切ったようにどんどん涙が溢れ出す。


「……ごめんなさい。心配されたの、久しぶりで……」


 しまった、と俺は後悔していた。

 不用意に声をかけてしまった。でも、もう遅かった。


 彼は、ぽつりぽつりと話し始める。

 友達ができないこと、サークルで浮いていること。

 常に構われていないと寂しい性格で、メッセージアプリの既読がつくまで、ずっと心が苦しくなること。


「僕、リツって言います。君は?」


 名前を告げる声は、まだかすかに震えていた。


「俺は、シュンスケ」

「シュンスケは、どうしてここに?


 その言葉に、俺は苦笑した。


「似たようなもんだよ……」


 それから、俺たちは時々一緒に昼飯を食べるようになっていた。

 リツは、よく泣いた。

 ちょっとした一言や、俺と視線が合わなかったこと。

 わずかに返事が遅れたことや、他のことを考えていたことに。


 俺は最初、戸惑いながらも、リツのことを慰めていた。

 その理由は、単純だ。放っておけなかったから。

 それに、泣いている人を見ると胸がざわつく。


 リツはすぐ、俺に懐くようになっていた。


「今日も、来てくれる?」

「明日も、ここにいる?」


 そのたびに、俺はむず痒い気持ちになっていく。

 必要とされる感覚が、心地よかった。

 でもそれと同時に、少しだけ怖くもあったんだ。


 ある日、俺が用事で昼に来られなかっただけで、リツはひどく取り乱していたのだから。


「どうして、来なかったの……」


 責めるような声だった。


「僕のこと、嫌いになった?」

「違う、ただ……」


 説明しようとした俺の言葉を、リツは大きな声で遮った。


「僕、ずっと待ってたのに……」


 その目を見た瞬間、胸がひどく締めつけられた。

 これは危ない、と頭ではわかっていた。

 それでも俺は、謝っていた。


「ごめん」

「……本当に、そう思ってる?」

「思ってる。本当に、ごめん」


 その日から、リツは俺の時間を欲しがるようになっていく。

 授業後、帰り道、夜のメッセージ。


 断ることができなかった。

 断ったら、きっとリツは壊れてしまうだろうから。

 俺は、そう思い込んでいたんだ。


 ある雨の日、リツは突然、何の連絡もなしに俺の家に押しかけていた。


「一人でいるの、無理で……」


 濡れた髪と、赤い目に、震える手。

 俺は、玄関で立ち尽くしたまま静かにリツを抱きしめていた。


 その瞬間、もう手遅れなのだと俺は気付く。

 どうしようもないくらいに、リツのことが好きだと思った。

 その身勝手な行為でさえ、愛らしいと感じていた。


「ねえ……」


 リツが、俺の胸に顔を埋めたままこう言った。


「僕、シュンスケがいないと息ができない」


 普通の男なら、引く言葉だ。

 重く、危険で、厄介なその言葉。

 それでも俺は、その言葉を拒むことはできなかった。


「……俺も」


 思わず、そう答えていた。


 その夜、俺たちはキスをした。

 慰めるつもりだった、支えるつもりだった。

 でも唇が触れた瞬間、その全てが崩れていく。


「シュンスケのことが、好き」


 リツは、泣きながらそう言った。


「好きになっちゃ、だめ?」


 俺は、答えることができずにいた。

 だめだとは、言えなかった。

 代わりに、もう一度キスをした。


 それが、始まりだった。


「俺がずっと、そばにいるから……」


 それが健全な愛でないことは、わかっていた。

 でも、孤独になるよりかはましだった。


 付き合い始めてからも、リツの不安は消えることがない。

 むしろ、増えているようにも思えていた。


「本当に、僕のこと好き?いつまで好き?飽きない?」


 俺も、同じようなことを考えていた。

 ただ、口に出す勇気がなかっただけなんだ。


「ずっと、好き。飽きない。俺のほうこそ……、飽きないか?」

「飽きないよ。ずっとずっと、シュンスケのことが好き」


 こうして、俺たちは恋人同士になっていた。


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