泣き虫な彼氏
「やだやだ、シュンスケ。僕を捨てないでよ」
そう泣いている彼氏に対して、俺もまた泣いていた。
「なんでそんな思考になるんだよ、疑わないでくれよ……」
床の上に落ちる涙は、もはやどちらのものかもわからない。
湿った空気の中で、俺たちは絡まったまま、ほどけ方を知らない糸のように複雑な想いを抱えていた。
彼氏であるリツは、俺のシャツの裾を握りしめたまま離さない。
爪が立つほど強く、まるで、俺がこのまま消えてしまうと本気で信じているかのように。
「だって……、優しくなくなった」
「いつも、優しくしてるだろう?」
「前より……。前より、そっけなくなった……」
前より、前より、前より。
その言葉が出るたびに、胸の奥が縮んでいく。
俺たちは、付き合い始めたときからずっと、お互いに泣いてばかりいたんだ。
最初は、リツのことは可愛いやつだと思っていた。
次第にそれは、大きな愛おしさになっていって、やがて不安に変わっていた。
「僕のことなんか、もうどうでもいいんだ!」
そして、リツが泣く。
「そんなわけ、ないじゃないか!わかってくれよ……」
つられて、俺も涙を流していた。
どちらかが泣けば、もう片方も崩れていく。
慰める役と慰められる役が交互に入れ替わって、結局ふたりとも床に座り込む。
「シュンスケ。本当は……、もう僕に飽きてるの?」
「飽きてない」
「嘘だ!」
「嘘じゃない!」
声を荒げたその瞬間、リツの肩がびくりと跳ねた。
それを目にして、俺の喉が詰まっていく。
「……ごめん」
「……ほら、やっぱり」
違う、そうじゃない。
そう言いたいのに、言葉にすると壊れてしまいそうで、俺はただリツを強く抱き寄せた。
リツの体は、細くて軽くて、でも抱きしめるたびに重く感じられていた。
この腕の中に、彼の全部があるような気がして。
だから、余計に怖くなる。
俺が、もし間違えたら。
俺が、もし疲れたら。
もし俺が、いなくなってしまったら。
リツは、決して俺を信じていないわけじゃない。
ただ、世界を信じていないだけなんだ。そして俺も、同じだった。
俺はリツの髪に顔を埋めながら、静かに嗚咽を漏らしていた。
「俺だって……、怖いんだよ……」
「何が」
「リツが、俺の人生になりすぎるのが」
リツが、息を止めたのがわかった。
一瞬、部屋が無音になる。
「……それ、ひどいよ……」
震えた声が、まるで刃物みたいに刺さっていく。
「ごめん。……でも、本当なんだ」
「じゃあ、離れたほうがいいじゃん……!」
「離れたいだなんて、言ってない!」
そしてまた、俺たちの声は大きくなる。
また、リツが泣く。
そして、俺も泣く。
最悪だ。
こんなふうにしか、愛せない自分たちが。
「ねえ……」
リツが、そっと俺の胸を叩いていく。
「僕、さ……」
「……うん」
「捨てられるくらいなら、最初から壊してほしいって思うんだ……」
その言葉に、背筋が冷える。
それでも同時に、胸の奥が熱くなるような気がしていたんだ。
「そんなこと、言うなよ……」
「だって。期待するから、苦しいんだよ……?」
リツの目は赤く腫れて、ぐちゃぐちゃで、それでもいつだって俺だけを見続けてくれていた。
逃げ場なんて、最初からなかった。
俺は、リツの頬に手を伸ばす。
涙で濡れたその肌は、驚くほどに冷たかったんだ。
「壊すくらいなら」
俺は、喉を震わせながらこう言った。
「一緒に、壊れよう」
リツもまたその目を大きく開いていた。
けれど次の瞬間、子どもみたいに声を上げて泣き出した。
「やだ……、やだよ……!そんなの、ずるいよ……」
「ずるくて、いい」
「……ほんとうに、離れない?」
「離れない」
「疑っても?」
「疑われても、戻ってくるよ」
それは、完璧な約束じゃない。健全なものでもない。
でも今の俺たちには、それしか方法がなかったんだ。
リツは俺の首に腕を回して、いつものように縋りつく。
「僕、重いよ?」
「知ってる」
「めんどくさいよ?」
「知ってる」
「……それでも?」
「それでもだ。……俺だって、重いし面倒くさいんだから……」
リツは、少しだけ笑っていた。
泣きながら、情けない顔で。
その笑顔を見て、俺は思う。
また、逃げられなくなってしまうのだと。
そして、しょっぱいキスをした。
夜は深くて、外はやけに静かだった。
この部屋の中だけが、異常なほどに涙の色で広がっていた。
明日も、俺たちはたぶん、泣くだろう。
互いを疑って、責めて、追い縋って。
それでもまた、こうして強く抱きしめ合う。
正しくなんて、なれなくてもいい。
ふたりで一緒にいる限り、決して俺たちは孤独にならないのだから。
どうしようもないくらいに愛が重くて、泣き虫で、この感情を持て余していた。
それでも俺たちは、今日も互いを捨てられずに、生きている。
涙でぐちゃぐちゃのまま、愛していると、何度も何度もその想いを確かめながら。




