第二十声
「――“代わりになる人”……?」
「“その人が可哀想だから村を出た”……?」
東堂家の呪いとはまた違う話が、まさか村の外で聞けるとは思わなかった。
しかも、その内容は穏やかなものではない。
(昔、この村を出た人たちが言っていた”その人”って……東堂家の直系のことなのか?)
東堂家の直系は、生まれた時から二十五歳までしか生きられない運命を背負っている。
その境遇を憐れみ、村を離れた者がいたとしても不思議ではない。
「ちょっと、朔弥。どうしたの?」
美織の声で我に返る。
「店の真ん中でぼーっとしちゃって。」
「ああ……いや。」
俺は小さく笑った。
「コンビニに来て正解だったなって思ってさ。」
「は?」
美織が眉をひそめる。
「誰かさんが夜食を買いに行こうって言い出したおかげで、思わぬ話が聞けた。」
「……つまり、私の提案が大正解だったってこと?」
「そういうこと。」
「最初からそう言えばいいのに。」
美織は少しだけ得意げに笑った。
俺は改めて志穂へ視線を向ける。
「志穂ちゃん。村の外にも、奥の村について知ってる人がいるみたいだ。」
「え……?」
「しかも、外から見た話だからこそ分かることもある。村の中より、かえって客観的な話が聞けるかもしれない。」
志穂は驚いたように目を瞬かせた。
俺はレジの向こうに立つお婆さんへ向き直る。
「すみません。」
「なんだい?」
「閉店までまだ少しありますよね。」
「あるけど。」
「僕たち、閉店作業を手伝います。その代わり、終わったあと少しだけ昔の話を聞かせてもらえませんか。」
お婆さんは目を丸くした。
「私が知ってることなんて、大した話じゃないよ。」
「十分です。」
俺は静かに頭を下げた。
「今は、どんな小さな話でも手掛かりになると思うんです。」
お婆さんは少し考えたあと、ふっと笑った。
「変わった若い人たちだねぇ。」
そして照れくさそうに頷いた。
「それじゃ、お願いしようかね。」
⸻
それから俺たちは閉店作業を手伝った。
商品の整理をし、床を掃き、入口を片付ける。
三人で作業したおかげで、閉店準備は予定よりもずっと早く終わった。
「助かったよ。」
お婆さんは嬉しそうに笑う。
「じゃあ、家でお茶でも飲みながら話そうか。」
⸻
お婆さんの家は、コンビニから歩いて数分の場所にあった。
築四十年ほどになる二階建ての家だったが、今は一階だけを使って一人で暮らしているという。
居間へ通されると、お婆さんは冷たい麦茶を出してくれた。
名前は、美乃さん。
生まれも育ちもこの土地で、亡くなったご主人と共に長年ここで暮らしてきたらしい。
奥の村の話は、昔この辺へ移り住んできた人たちから何度も耳にしてきたという。
俺は姿勢を正した。
「美乃さん。遅い時間に本当にすみません。」
「いいんだよ。」
「奥の村について、どんな些細なことでも構いません。知っていることを教えてください。」
「お願いします。」
志穂も深々と頭を下げる。
その様子を見て、美乃さんは少し困ったように笑った。
「そんなに頭を下げなくても。」
そして静かに続ける。
「私は奥の村の人間じゃないし、聞いた話も四十年以上前のことだからねぇ。本当かどうかも分からない話ばかりだよ。」
「それでも構いません。」
俺は頷いた。
「まず一つ。」
「はい。」
「奥の村では、『姿の見えない相手には返事をしてはいけない』という決まりがありますよね。」
「ああ、それは知ってるよ。」
「それ以外に、何か言い伝えや風習は聞いたことがありますか。」
美乃さんは少し考えてから口を開いた。
「奥の村の決まりっていうなら、その話くらいしか知らないね。でも、その決まりを破ると……。」
言葉を選ぶように少し間を置く。
「山に住む何かが殺しに来る、とか、攫いに来る、とか。」
志穂が眉をひそめた。
「山に住む何か……。」
「私が子どもの頃に聞いた話だからねぇ。本当に怖かったのを覚えてるよ。」
そして、さらに続けた。
「だから、殺されたり攫われないように、その人の代わりになる人が必要なんだって。」
「代わり……?」
美織が思わず聞き返す。
「そんな話、聞いたことない……。」
「私も詳しくは知らないよ。」
美乃さんは首を横に振った。
「昔の人が話していただけだから。」
今度は志穂が口を開いた。
「あの、美乃さん。」
「なんだい?」
「奥の村には、代々二十五歳になるまでに亡くなる一族がいるって聞いたことはありますか。」
「ああ。」
美乃さんは頷いた。
「そんな話も聞いたことがあるよ。」
「その一族について、何かご存じですか。」
「詳しくは知らないけど……。」
少し考えるように視線を落とす。
「直系の人は二十五歳までに亡くなるから、結婚も早いんだろうって聞いたねぇ。長子なんかは十八を過ぎると、早く子どもを作るよう急かされるとも。」
志穂は静かに俯いた。
亡くなった兄にも、幼い子どもが二人いる。
その話と重なったのだろう。
美乃さんはぽつりと呟いた。
「可哀想にねぇ。」
「……。」
「あの家は、代々身代わりになる家なんだって。だから若くして亡くなるんだって、昔の人は言っていたよ。」
――え……?
俺も、美織も、志穂も。
誰一人、すぐには言葉を返すことができなかった。




