↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/23

第十八声

「……っ、ふ……」


静まり返った居間に、小さく息を詰まらせるような声が漏れた。


見ると、志穂が肩を震わせていた。


「志穂?」


美織がそっと声を掛ける。


志穂は俯いたまま唇を噛み、やがて堪えていたものが切れたように美織の肩へ額を預けた。


「……美織ちゃん、ごめん……。」


震える声だった。


「私……大丈夫だって思ってた。」


美織は何も言わず、ただ志穂の背中に手を添える。


「小さい頃から、二十五までしか生きられないって言われて育ってきたから……。だから、覚悟はできてるつもりだった。」


志穂は苦しそうに息を吸った。


「でも……。」


肩がまた震える。


「さっきの足音を聞いたら……急に怖くなっちゃった。」


涙がぽたりと畳へ落ちた。


「もしかして……あれが私を迎えに来たのかなって……。」


かすれた声が続く。


「東堂家に来たってことは……私、本当に、もう死ぬのかなって……。」


その言葉を最後まで言い切ることはできなかった。


志穂は子どものように顔を覆い、静かに泣き崩れた。


「嫌だよ……。」


美織は強く志穂を抱きしめた。


「そんなこと言わないで。」


声まで震えている。


「志穂はまだ死なない。絶対に死なない。」


「でも……。」


「死なせないから。」


美織は泣きながら首を振った。


「私の親友なんだから。呪いなんかに負けるわけない。」


二人の姿を見つめながら、俺はさっきの出来事を思い返していた。


あの足音。


姿は見えなかった。


けれど、最後に聞こえた言葉だけは、今も耳の奥に鮮明に残っている。


――弥一郎様。


――山のアレに見つかる前に、お逃げください。


あの声は俺に逃げろと言った。


もし本当にあれが東堂家の者を害する存在なら、わざわざ警告などするだろうか。


もちろん断言はできない。


だが少なくとも、俺にはあの足音の主が志穂を殺しに来たようには思えなかった。


「……志穂ちゃん。」


志穂は涙を拭いながら顔を上げた。


「はい……。」


「俺も志穂ちゃんに死んでほしくない。」


その言葉に志穂は目を伏せた。


「美織だってそうだ。」


「もちろん。」


美織は力強く頷く。


俺は二人を見渡してから、静かに言った。


「志穂ちゃんは、自分の運命を受け入れようとしてきたんだと思う。」


志穂は小さく頷いた。


「でも、本当は怖かったんだよな。」


しばらく沈黙が続いたあと、志穂は震える声で答えた。


「……怖いです。」


「だったら。」


俺はゆっくりと言葉を続けた。


「最後まで抗ってみよう。」


志穂が顔を上げる。


「呪いのこと。この村のこと。東堂家のこと。まだ分からないことばかりだ。」


「……。」


「だったら全部調べよう。必ずどこかに、この呪いを終わらせる手掛かりがあるはずだ。」


美織もすぐに頷いた。


「そうだよ、志穂。」


志穂の両手を握る。


「二十五までなんて決めつけられて終わるなんて嫌だ。」


「……。」


「私も一緒に調べる。朔弥もいる。三人なら絶対何か見つけられる。」


志穂は何度も涙を拭った。


その瞳には、まだ恐怖が残っている。


けれど、それだけではなかった。


「……私。」


ゆっくりと息を吸い込む。


「もっと生きたい。」


その一言が、美織の涙をまた溢れさせた。


「もっと美織ちゃんと遊びたい。」


震える声で続ける。


「もっと、お母さんと一緒にいたい。」


そして、小さく、それでもはっきりと言った。


「死にたくない。」


その言葉は、この村で生まれ育ち、運命を受け入れるしかないと思い続けてきた志穂が、初めて自分自身の意思で口にした願いだった。


俺は静かに頷いた。


「だったら、終わらせよう。」


志穂はゆっくりと顔を上げる。


「この呪いを。」


ボーン、ボーン、ボーン――。


古びた柱時計が、重く時を告げた。


気づけば夜九時を回っている。


志穂が地下へ籠るまで、あと三時間。


誰も口を開かなかった。


先ほどまで交わしていた言葉の余韻が、まだ部屋の中に残っていたからだ。


やがて、美織が静かに顔を上げた。


「ねえ、志穂。」


「うん?」


「……今日も、やっぱり地下へ行かなきゃ駄目なの?」


志穂は少し考え、ゆっくりと頷いた。


「怖いけど……地下にいる間だけは、声も聞こえないって言われてるから。」


「でも……。」


美織は納得できないように俯く。


そこで俺は口を開いた。


「地下の部屋って、家族以外は入っちゃいけない場所なの?」


「いえ、そんな決まりはありません。」


「だったら、今日は俺も一緒に行く。」


「えっ?」


志穂も美織も同時にこちらを見た。


「一人で籠る必要はないだろ。」


美織は慌てて身を乗り出した。


「朔弥一人だけ行かせるなんて嫌だからね。」


「無理しなくていいぞ。」


「一人で屋敷に残る方が怖いもん。」


その言葉に、志穂が思わず吹き出した。


「……ふふっ。」


ほんの少しだけ、部屋の空気が和らぐ。


俺も笑ってしまった。


「じゃあ三人だな。」


実際のところ、俺には別の目的もあった。


あの地下室は、おそらく前世で弥一郎として暮らしていた場所だ。


あそこへ行けば、失われた記憶の続きを思い出せるかもしれない。


それに――。


あの声は、また俺に何かを伝えてくる気がしていた。


その時だった。


「そうだ。」


美織が何かを思いついたように立ち上がる。


「今のうちにコンビニ行こう。」


「コンビニ?」


「来る時に寄ったでしょ。」


「あのおばあちゃんがやってる店?」


「そう。」


「あそこ、ここから四十分くらいあったよな。」


「だから今のうちなの。」


「もう閉まってるんじゃないか?」


「まだ大丈夫。十一時までは開いてるから。」


俺は思わず苦笑した。


「二十四時間営業じゃないコンビニって、やっぱり田舎だな。」


「もう、その言い方!」


美織は頬を膨らませる。


「田舎で悪かったですね。」


「いや、悪いとは言ってない。」


「だったら早く車出して。」


「はいはい。」


二人のやり取りを見ていた志穂が、小さく笑った。


その笑顔は、今日一日で初めて見せた、少しだけ肩の力が抜けた笑顔だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。