ビーシューズ
キラークイーンとの決戦を前に悠太は現在の装備を見直すことにした。
キラービーの巣を大虐殺したことで、ポーチの中に魔石だけでなく、いくつかのドロップ品も入手できたからだ。
それに、KYチャンネルの登録者数が数千にまで増えた今、動画内の服装や装備から身元が特定されるリスクも高まってきていた。
週末の土曜日。
一度実家に顔を出した悠太を待っていたのは、にこやかな笑顔で歩み寄ってくる妹の結衣だった。
「お兄ちゃん、お帰りなさい!」
ニコニコと悠太を見つめ笑顔を絶やさない結衣。その笑顔の奥にある無言のプレッシャーを悠太は見逃さない。
無造作にポケットへ手を突っ込むと、折り目のついた一万円札を少し躊躇いながら差し出す。
「ほら、小遣い」
「わぁ、ありがとー!お兄ちゃん大好き!」
万札を受け取った瞬間、さらに光輝く結衣の笑顔。
(金のことはさておき、相変わらず癒やされるな)
高校生になってから露骨に現金になった妹の姿に、悠太は少しだけ複雑な心境になるものの、彼女は都内でも有数の公立進学校に通い、その中でもトップクラスの成績を維持しているのだ。遊びたい盛りにストイックに机に向かうその姿勢には兄として純粋なリスペクトがあった。
迷惑ばかりかけられた父との離婚も正式に決まり、逃げるように引っ越してきた今の家は父にも借金取りにも知られていない。
悠太の稼ぎと母のパートで貯金を食い潰す極貧生活からも抜け出し、三人の新たな再スタートが始まった。
実家で栄養満点の食事を済ませると、悠太は早々に東京ダンジョンへと向かった。目指すのは、一階の隅、人通りが途絶えた場所にある瀬戸のショップだ。
ガレージのような店内に入ると、店主の瀬戸は相変わらず山積みの魔道具や素材に囲まれ、作業に没頭していた。小柄な体をゆったりとした作業着に包み、大きなゴーグルを額に上げたその姿は、一見すると中学生くらいに見える。
「瀬戸さん、入るよ」
声をかけると、瀬戸は作業の手を止め、上目遣いに悠太を見た。
「あら、甘露寺さん。また来たんですね。ちょうど新しい回路の研究をしていたところなんです」
瀬戸のおっとりとした雰囲気は殺伐としたダンジョン施設の中で異質な空気を漂わせている。悠太は微笑みながら、カウンターの上にアイテムを並べた。
虹色の光沢を放つ『キラービーの羽根』が二枚。そして、黄金色の液体が詰まった小さな小瓶――『キラーハニー』が五つ
それを見た瞬間、瀬戸の目の色が変わった。
「こ、これは、キ、キラ、キラーハニーですか!? しかもドロップしたばかりの純度の高い瓶詰めなんて!」
瀬戸は瓶を手に取り、照明に透かして熱心に観察し始めた。聞けば、彼女は精密な魔道具の調整を行う際、極度の集中力を持続させるためにこの蜂蜜を愛飲しているらしい。
だが、最近はSNSで話題になった影響か、人気沸騰しており入手が困難になっていたそうだ。
「これがあれば、一週間は不眠不休で研究できますね。むふふ。……分かりました。その蜂蜜をいただけるのなら、この羽根を使って素敵な靴を作って差し上げましょう! ハニーのお礼ですから、加工代は無料でいいですよ! 今のネズミさんシューズが愛おしければ無理にとは言いませんが。だいぶ傷んできてますしね」
悠太が即答でお願いすると、瀬戸は羽根を抱えて奥の工房へトテトテと消えていった。
一時間、二時間……。
奥から魔力が衝突する独特の振動音を聞きながら、悠太はソファで微睡む。ようやく瀬戸が戻ってきたとき、その手には一足のシューズが握られていた。
「できました。名付けて『ウィンド・スティンガー』。通称ビーシューズです」
それは、キラービーの羽根を思わせる虹色のラインが走る、流線型の美しいシューズだった。
(ビーシューズ……ネズミよりはいいな。できればキラーシューズのほうがカッコ良かったけど。でも蜂の羽根だから、やっぱりビーか)
と、一人納得する悠太。
「この靴にはキラービーの瞬発力を抽出して組み込んでおります。移動速度が上がるのはもちろん、踏み込んだ瞬間に風の反動を生んで、空中で『二段跳び』のような挙動が可能になります。これなら、空を飛ぶ魔物相手でも少しはマシに戦えるはずですよ」
悠太が試しに履いて床を蹴ると、まるで重力が半分になったかのような浮遊感が足を包んだ。
「すごい! これなら、あいつらのスピードに置いていかれることはないよ。ありがとう、瀬戸さん!」
「いえいえ。またハニーが手に入ったら、ぜひ寄ってくださいね。楽しみにお待ちしてますので―」
可愛らしい笑顔で手を振る彼女に見送られ、悠太は店を後にした。
新しい装備、巷にあふれる攻略法。そして、高まったスキルレベル。
最弱のフロアキーパー、キラークイーンを最速で仕留める準備はすべて整った。




