キラークイーン①
全身をすっぽりと隠し、正体を悟られないような実戦装備。瀬戸のショップでそんな鎧を新調しようと考えていた悠太だったが、並んでいるのはどれも洗練されたデザインに、一級の素材を使った高級品ばかり。
今の稼ぎを注ぎ込めば買えないこともなかったが、装備一点に全財産を投じる勇気はまだなかった。
結局、悠太が向かったのは駅前の雑貨チェーン店。そこで見つけた「大人用魔法使いセット」というハロウィン用のパーティー衣装を購入することにした。
安っぽいポリエステル製の黒いローブ。
しかし、以前から愛用しているドクロ風のマスクと合わせると、魔法使いというよりは不吉な死神そのものだ。
「まあ、罠使いだし。イメージ的にはこんなもんだろ」
悠太は鏡の中の怪しい姿を見て、案外気に入った様子で頷く。
その日は実家に泊まり、翌朝。
まだ薄暗い部屋で母と結衣が静かな寝息を立てる中、悠太は音を立てないよう実家を後にした。
新幹線に揺られること二時間。
第二の我が家であるアパートへ戻ると、すぐにドローンと探索者セットをリュックに詰め込み、静岡ダンジョンへと向かった。
第七階層。フロアキーパーの部屋に最も近い転送装置から歩くこと二十分。部屋へと続く長い回廊と、その突き当たりにそびえ立つ巨大な石造りの扉を前にして、悠太は一度足を止めた。心臓の鼓動が薄いポリエステルのローブ越しに伝わってくる。
目の前には威圧感のある巨大な石造りの扉。その重厚な佇まいは何度見ても初心者の心臓を激しく揺さぶる。
(シミュレーションは何度もやった。いけるはずだ)
悠太は扉の前で深く呼吸し、自分に言い聞かせる。
キラービーを一撃で粉砕するための火力はその後の連射性能との兼ね合いを考え、微調整の末に十六倍で十分との結論に至った。
二十倍ほどの過剰な魔素消費は抑えつつ、確実に敵の機動力を奪うための細やかな設定だ。
動画サイトの攻略情報によると、キラービーを一掃すれば勝ち確定とのこと。勝敗の鍵は、最初の二分間を凌げるかどうかだ。
悠太は背中のリュックから相棒である撮影用ドローンを取り出し、あらかじめ空中に放つ。ドローンは天井近くの安全な高さまで上昇した。
悠太はスマホの配信画面を確認し、レンズの向こう側の視聴者に向けて短く呟く。
「今日の配信は少し映像が遠いかもしれません。激しい銃撃と空中戦が予想されるので、ドローンを安全圏に上げながら撮影します。……それと、装備を新調しました。今後はこのスタイルで配信していこうと思います」
言い終えるとすぐ、悠太は扉に手をかざす。
扉を開けた瞬間、そこには『キラークイーン』と、近衛兵であるキラービー十匹が待ち構えていた。悠太の主戦力である『ウッルの目』が完全に構築されるまで、二分。
キラークイーンは一分間に一匹の割合で新たな蜂を召喚するというが、それを加味しても先日壊滅させた巣の個体数に比べればまだ少ない。
決定的に違うのは、相手がこちらを最初から明確に攻撃対象として認識し、全力で殺しに来ることだ。
(『ウッルの目』なしで、十匹の猛攻を二分間……。逃げ切るしかない)
新調した『ビーシューズ』ことウィンド・スティンガーの感触を確かめる。瀬戸が作ってくれたこの靴が二分間の生命線になるだろう。
「よし……いくぞ!」
手にじっとりと汗が滲む。悠太は意を決して、巨大な扉に両手をかけた。
ゴゴゴ、と重い音を立てて扉が開く。
奥から漏れ出すのは草原と比較にならないほど濃厚な刺激臭と蜂蜜が混ざったような甘ったるい死の匂い。
視界が開けた瞬間、中央に鎮座する巨大な女王蜂――キラークイーンが、その複眼を不気味に発光させた。
「ギィィィィィッ!!」
鼓膜を突き刺すような咆哮。
それに応えるように、十匹の近衛兵が一斉に羽音を轟かせ、弾丸のような速度で悠太へと突っ込んできた。
死神のローブを翻し、悠太は最初の一歩を踏み出す。二分間の命を懸けた鬼ごっこが始まった。




