キラークイーン②
開かれた重厚な石扉の先。フロアキーパーの部屋はいつも通り直径百メートルほどの広大なドーム状の空間だった。
天井は高く、壁面には発光する苔がうっすらと蒸している。その中央に鎮座する巨体、キラークイーンが激しく羽を震わせ侵入者である悠太へと殺意を向けた。
「『ウッルの目』起動」
悠太は足を踏み入れるとすぐに主戦力である罠の構築を開始した。
同時に十匹の近衛兵が一斉に四方八方から襲いかかってくる。
悠太は新調したビーシューズで軽快に地面を蹴った。驚いたのはこの靴の挙動だ。以前のネズミシューズと違い、地上でのステップが軽くなるのはもちろん、跳躍した後の空中でも、風を蹴ることで多少の方向転換が可能になっていた。
「空中でも動けるのか!」
頭上から弾丸のごとく急降下してきたキラービーに対し、悠太は空中で見えない足場を蹴るようにして真横へとスライド移動した。鼻先を鋭い毒針がかすめていく。空中の無防備な状態でも回避行動が取れるのは今の悠太にとって何よりの救いだった。
すでに解毒薬は服用済みだ。
解毒薬には塗り薬と飲み薬の二種類があり、内服薬を先に体内に入れておくことで、多少の毒液を浴びても致命傷には至らない。
「ギィィィッ!」
キラークイーンが後方から粘着質の毒液を辺りに撒き散らす。
悠太は敏捷性と運のステータスにも助けられながら、蜂の隙間を縫うように走り続けた。
バネ床が起動できれば壁代わりに使えるのだが、空を飛ぶ敵相手ではそれも叶わない。
「針にさえ刺されなければいいんだ!」
悠太は迫りくる一匹に対し、あえて自分から肩をぶつけるように体当たりを敢行した。刺される前に衝撃を与えて軌道を逸らし、あらかじめ構築しておいた『キューブ』を移動する。
「捕まえた」
後続の二匹が悠太のいた場所へと突っ込み、出現した透明な立方体の中にすっぽりと飲み込まれる。
閉じ込められたキラービーは、激しく壁に衝突しながら脱出を試みるが、十秒ほどの時間を稼げれば十分だ。こじ開けた空間を利用し、キラービー達から距離を稼ぐ。そのわずかな積み重ねが、今の悠太にとっては生命線だった。
蜂たちの包囲網は苛烈を極める。
右から来る針を紙一重でかわし、左から迫る個体をハロウィンローブを翻して惑わす。ビーシューズによる二段跳びを駆使し、ドームの壁を駆け上がり、再び中央へと飛び降りる。
まさに命を懸けた鬼ごっこ。悠太の視界には常に『ウッルの目』の構築完了までのカウントダウンが浮かんでいた。
あと、三十秒。
あと、二十。
キラービーたちは、自分たちの攻撃が一度もクリーンヒットしないことに苛立っているのか、羽音をさらに高く鳴り響かせる。最後の一匹が悠太の背後からその毒針を最大まで突き出し、必殺の速度で迫った。
「……五、四、三、二、一」
そして、悠太は立ち止まり振り返った。
その瞬間、脳内に無機質なアナウンスが響く。
『ウッルの目の設置が完了しました』
「さて、反撃の時間だ」
悠太がキラービー達の注目を集めるためパンッと手を叩くと、ドームの壁面に顕現した無数の金色の瞳が一斉に開かれた。
十六倍にまで高められた魔素の弾丸が暴風となって吹き荒れる。
シュッ、シュシュッ――!!
白い残像を引く弾丸がキラービーたちを次々と貫いていく。
一発。二発。
あまりの威力に、当たった個体は体の半分が吹き飛び、先ほどまで悠太を追い回していた殺人蜂たちはあっという間に光の粒子となって消えていった。
十匹の近衛兵。それが全滅するまで、十秒もかからなかった。
激しかった羽音が消え、ドーム内には再び静寂が訪れる。
空気中を舞う光の粒子が死神のローブを淡く照らした。
悠太は乱れた呼吸を整え、ゆっくりと、そして力強く歩き出す。
その視線の先には、守護者を失い、巨体を震わせるキラークイーンがただ一匹、残されていた。
「よし、勝った!」
静かになったフロア内。悠太は確かな足取りで、キラークイーンへと近づいていった。




