キラークイーン③
近衛兵たちが全滅し、静寂が戻ったボス部屋の中央。悠太はゆっくりと巨大な女王蜂『キラークイーン』へと歩み寄った。
「サンドバッグ状態っていうのは本当だったんだな」
悠太は肩の力を抜き、キラークイーンの巨体を観察した。攻略情報の通り、女王は鈍重で取り巻きを失えば無抵抗に近い。まだ十分残っている『ウッルの目』の稼働時間内に、十六倍火力の狙撃で一気に片を付ける。
しかし、そこで悠太は妙なことに気づいた。
(なにかおかしいな。なんで『ウッルの目』はキラークイーンを攻撃しないんだ?)
十数匹のキラービーたちはスキル発動から二十秒も経たずに全滅した。いくつもの巣を襲撃した経験から導き出された適性な火力。
しかし、目の前に鎮座する巨大な標的に対し、壁面の瞳は一つとして火を吹かない。それどころか、まるでそこには何も存在しないかのように虚空をパチクリと見つめている。
(キラークイーンに十六倍火力では足りないってこと?)
そんな悠太の背中に冷たい悪寒が走った。
「え? まさか! おーい!」
悠太はキラークイーンの目の前で、目立つようにジャンプし、大きく手を振り、声を張り上げて呼びかけてみた。
しかし『ウッルの目』は全く反応しない。
「マジかよ? 嘘だろ? もしかして……目が見えないのか?!」
悠太は戦慄した。
『ウッルの目』の起動条件は罠が対象を視認すること。瞬殺されるキラークイーンの視力に関する情報など、どこにも公開されていなかった。
しかも、このキラークイーンは部屋に入ってから一度も移動していない。その場にどっしりと居座ったまま置物のように動かないのだ。
罠スキルは敵が存在する座標上に直接設置することはできない。
「動かない」から移動による罠の発動が期待できず、「見えない」から『ウッルの目』に敵だと認識されない。
何もしない相手に罠スキルは無力であった。
普通の探索者にとっては動かないただの肉塊。剣で斬り捨て、魔法で焼き払えばいいだけのボーナスステージだ。
しかし、攻撃の全てを相手の行動に依存する悠太にとって、それは過去一番の難敵、文字通りの天敵だった。
「うっ、嘘だろぉぉぉ! 攻撃手段が何もないのか?」
悠太はその場で頭を抱え崩れ落ちた。
設置した全ての罠が、ただの風景と化している。
『ウッルの目』はまだ発動中。
時間はまだ二分以上残っている。
その目はキョロキョロと、いつ現れるかも知れない敵を警戒し、今か今かと待ち構えていた。
フロア内は時が止まったように動かない。
動きがあるとしたら、キラークイーンが当たり構わず「ぴゅっ」と吐く毒液くらいのものだ。それは狙いを定めた攻撃ではなく、ただの生理現象のような無差別の放出。
通常のフィールドであれば無視して素通りすればいいだけの話だが、ここはボス部屋。フロアキーパーを倒さなければ、前にも後ろにも進めない。
「詰んだ……」
しかし、絶望に駆られながらも悠太はまだ諦めたわけではなかった。
キラークイーンのすぐ真横に『キューブ』を設置し、女王を力一杯押してみたり、引いてみたり、死神のローブを翻して体当たりもした。
だが、軽自動車ほどもある巨体はびくともしない。
「やっぱり、何かしらの武器は持っておくべきだった…」
悠太は一瞬後悔し、すぐに思い直す。
自分の貧弱な筋力と乏しい魔力でナイフか何かを振るったところで、この山のような体力を削りきるのに何時間、あるいは何日かかるというのだろう。
そもそも、弱いとはいえ第七階層のフロアキーパー相手に、探索者の下位に位置する身体ステータスしか持ち合わせない悠太の物理攻撃がまともに通るとは思えなかった。
『ウッルの目』の十六倍火力なら一発とはいかないまでもすぐに終わるはずだ。
それなのに、その発動条件は永久に満たされない。
(最悪、帰還石で一旦戻り誰かに協力を仰ぐか?)
しかし、それでは『ウッルの目』すら使えず、協力を得るどころか悠太はただの観客だ。
それとも、強力な武器を購入して一人で挑み直すべきか。
「どうすればいい……。何か、こいつを動かす方法があれば……」
迷いと焦燥が悠太を支配しようとした時、キラークイーンの腹部が不気味に蠢き、新たなキラービーが一匹召喚された。
生まれたばかりのその殺人蜂が侵入者である悠太を標的に据え、羽を震わせたその瞬間。
シュッ――!!
久しぶりに、空を切り裂く衝撃音がボス部屋に響く。
悠太を狙って動き出した新手の蜂を『ウッルの目』が正確に、そして容赦なく射抜いたのだ。
悠太はその鮮やかな光景を見ながら、静寂の戻ったフロアで呆然と立ち尽くした。




