作戦成功
悠太は壁際に身を寄せ、心臓の鼓動をなだめながら、巨大な巣が見える位置までそろそろと移動した。岩肌の冷たさが背中に伝わる。この狭く、逃げ場のない洞窟内でしくじれば、回避不能な死の包囲網に襲われ文字通り蜂の巣にされるだろう。
使うスキルはもちろん狙撃罠『ウッルの目』
かつてのガルーダ戦では八倍火力の狙撃でそれなりにダメージを与えられたが、あの時の経験を悠太は冷静に分析した。
ガルーダはスピードと回避能力に特化したタイプであり、防御力そのものはそれほど高くなかった。当時の大輝や佐々木の物理攻撃が通っていたのがその証拠だ。
キラービーもまた機動力に長けたタイプ。
おそらく防御力はガルーダと同程度か、それ以下だろう。
だが、問題は数と確実性だ。
一匹に対して集中砲火を浴びせている時間はない。
『ウッルの目』は、一見無数の射線が走る強力なスキルに見えるが、実際にはそこまで連射性能が高いわけではなかった。
一度に顕現する「目」の数は十数個。二個セットで機能するため、有能な狙撃手が五、六人で待ち構えている程度の火力密度なのだ。
(一撃で跡形もなく消し飛ばす破壊力が要る。それも一瞬の隙も与えずに)
「……二十倍でいってみるか」
悠太は唇を噛んだ。通常出力の二十倍。
それは悠太が持つ最大魔素量の半分以上を一気に消費することを意味する。
もしそれでも仕留めきれなければ、次の一手を打つ余力すら失い、死の針が体を貫くのを待つだけになる。
「いや、いけるはずだ。ここで引いたら、いつまで経っても『罠使い』がハズレスキルでないと世間に知らしめることなんてできない」
悠太は覚悟を決め、周囲に罠の構築を開始する。
まずは防御の要。背後の壁を背に、左右、頭上、正面に計四つの『キューブ』を設置する。万が一、狙撃を潜り抜けて突っ込んでくる個体がいた場合の緊急シェルターだ。
透明な六畳一間にも満たない箱の内側に身を置くことで、物理的な接触を断つ。
そして、その外側に『ウッルの目』を、二十倍の魔素を流し込み設置する。準備が整うと、悠太は震える手で石をいくつか拾い上げ、狙いを定めて巣へと次々に投げつけた。
カツン、カツン。
硬い音が巣の表面で跳ね、洞窟内に反響する。
「……来た!」
異変に気付いた偵察役のキラービーが鋭い羽音を立てて急加速した。悠太をその複眼に捉え、敵意を確定させた瞬間――『ウッルの目』が、機械的な冷酷さで起動した。
シュン!!
空気を引き裂く鋭い音が響く。
弾丸の軌道上に衝撃波の残像が残るほどの威力で、二十倍にまで高められた魔素の弾丸は、一撃でキラービーの強靭な外殻をいとも容易く貫く。
あまりの威力に、当たった個体は体の半分が吹き飛び、光の粒子に還る直前のなんともグロテスクな断面が暗がりに晒される。
それを合図に、巨大な巣が「ドクン」と脈打つように震えた。六角形の穴から、凶暴な羽音を撒き散らしながら、次々とキラービーが溢れ出してきた。
洞窟全体が振動し、肌に突き刺さるような殺気が充満する。五、六匹が同時に、矢のような速度で悠太のシェルターへ殺到した。しかし、悠太の『ウッルの目』は止まらない。
次々と襲い来るキラービーに対し、白い閃光が交差するたびに、空中を舞う肉塊が弾け飛ぶ。狙撃をかいくぐり、執念で悠太の喉元へ迫る個体もいたが、そこには強固なキューブが待ち構えていた。特殊効果「設置箇所変更」も地味に役に立った。
「うえ! 気持ちわりぃ…」
悠太の目の前でキラービーが弾けた。
洞窟の外から戻ってきた個体までもが、この死の網に吸い込まれるように撃墜されていく。暗がりの中、二十倍の狙撃音が絶え間なく反響し、そのたびに凄惨な光景が広がった。
やがて、激しかった羽音がふっつりと途絶え、洞窟内を舞っていた光の粒子が雪のように静かに沈静化していく。
「…ふうっ、終わったか?」
シェルターの中から外を伺うと、巣の周りは静まり返り、動くものはもういない。出払っている個体も多かったのか、結局今回仕留めたのは十八匹。一撃で体の半分を吹き飛ばす圧倒的な火力の前に、キラービーの群れはなす術なく壊滅した。
ふと視界の端に目をやると、壁には『ウッルの目』が、まだ獲物を探して不気味に瞳を動かしていた。効果時間はまだ残っている。
「急がないと。効果が切れたら、外にいる残党が戻ってきたときに厄介だ」
悠太はシェルターとしてのキューブを解くと、急いで地面に散らばった十八個の魔石といくつもの『キラーハニー』を、シュババッと拾い集めた。
本来なら一つずつ丁寧に収納するところだが、今そんな余裕はない。まだ「目」が周囲を警戒してくれている間に、それらを乱暴にポーチへ詰め込む。
一気に十八匹。魔素の消費は半端ないが、この効率は昨日までとは比べ物にならない。魔石の数だけ重くなったポーチを叩き、悠太は最後にもう一度巨大な巣を睨みつけた。まだ中に何匹か残っている可能性はあるが、深追いは禁物だ。
「よし、離脱!」
悠太は全速力で洞窟の入り口へと走り出す。
『ウッルの目』が消滅し、洞窟が再び元の獰猛さを取り戻す前に。




