キラービーの巣
昨夜、動画に寄せられたコメントが悠太の脳裏から離れなかった。
『キラービーをやるなら、せめて解毒薬は持っておいた方がいいですよ。あいつらの毒は神経系と壊死系の混合で、一刺しで詰みますから』
その助言に背中を押され、悠太は第七階層へ向かう前に静岡ダンジョン内にあるアイテムショップを訪れた。
ダンジョン施設内にあるその店は独特の薬草の香りと鉄の匂いが混ざり合っている。悠太はカウンター越しに「解毒薬をください」と声をかけた。しかし、提示された金額を見て、思わず絶句する。
「えっ! そんなにするんですか?」
解毒薬一つで四万円。思わず「どこでもこの価格なんですか?」と少し失礼な聞き方をしてしまい、悠太はすぐに「あ、すみません……」と頭を下げる。
カウンターの奥で暇そうに新聞を読んでいた店員のおっさんは老眼鏡をずらしてニヤリと笑った。
「兄ちゃん、新入りか? どこの店でも似たようなもんだよ。ここにある薬はダンジョンでしか採れない素材を精製して作っててな、入手が少ない割に、死にたくない連中からの需要は山ほどある。命の値段と考えりゃ、安いもんだろう?」
「命の値段、ですか……」
魔法による回復手段を持たない悠太にとって、それは重い言葉だった。当初は解毒薬だけのつもりだったが、おっさんの言葉に背中を押され、「……ついでに、傷薬も二つください」と思わず口に出ていた。
結局、解毒薬二つと傷薬二つ。合計四つの小瓶を精算したとき、悠太の顔は引き攣った。
(この四つで、ここ一週間必死に稼いだ分が吹き飛んだ…)
「でも、もっと早く買っておくべきだったなぁ…」
罠スキルを過信し「隠れて戦えば大丈夫だろう」と高を括っていた過去の自分を反省する。懐に忍ばせた小瓶の重みは安心感であると同時に、一週間分の重労働の結晶でもあった。
◇
再び第七階層の草原。
万が一刺されても薬がある!
その心の余裕が動きに反映されたのか、不思議と今日は昨日よりも体が動いた。さらに、レベルが上がったことで『キューブ』の構築も確実にスムーズになっている。
三時間ほどの狩りを終え、アパートに帰宅。
シャワーを浴びてから、いつものように自分のチャンネルのコメント欄をチェックする。最近は有益な情報をくれる視聴者が増え、掲示板のような賑わいを見せていた。そんな中、悠太の目を引く具体的な書き込みがあった。
『第七階層に点在してる大きな洞窟には気をつけて。その奥がキラービーの『巣』になってるパターンあるから』
『あー、あれね! あそこは絶対近づいちゃダメだ。入口付近にいるだけでも、中から一斉に出てくる時ある』
キラービーの巣。
気になって他の人気ダンチューバーたちの動画を漁ってみると、確かに静岡ダンジョンの各地にある大きな洞窟の奥底はキラービーが拠点にしている場合があるという。
ある動画ではカメラが恐る恐る洞窟の入り口を映し出していた。
真っ暗な穴の奥から「ブゥゥゥン……」という地響きのような不気味な羽音が漏れ聞こえてくる。キラービーは一匹が一メートルほどと大きいため、一つの巣にいるのはせいぜい数十匹程度だというが、それでも悪夢のような光景だ。
動画の撮影者が魔法を撃ち込むと、奥から三、四匹のキラービーが弾丸のように飛び出してきた。撮影者は悲鳴を上げて逃げ出し、動画はそこで乱れて終わっていた。
「確かに危険だ。普通なら絶対に近づかない場所だなぁ。囲まれたら終わりだし」
洞窟の奥という閉鎖空間では個体密度が跳ね上がり、一気に襲われたら即死。それが探索者の常識だった。
しかし、悠太は動画を一時停止し、その洞窟内部をじっと見つめた。
閉鎖空間。
周りは壁だらけ。
キラービーが密集。
「待てよ? これ、考えようによっては最高の狩場じゃないか?」
悠太の口元がわずかに緩む。
一つのキューブに一匹。その効率の悪さに頭を悩ませていた昨日までの自分。
思いつくのは、ただ一つ。
あのスキルにとって絶好の環境が整っているじゃないかと。
「良いこと思いついちゃったぁ。いや、でも闇雲に突撃したってリスクが増すだけだ。より安全に駆逐できる方法を考えないと」
悠太は微笑み、手元のメモ帳に新しい罠の構成――効率的な殲滅プランを書き込み始めた。
それは他の誰にも真似できない罠使いならではの殲滅作戦。
悠太はベッドに横になり何もない天井をじっと見つめる。その脳裏にはいくつもの新しい設計図のパターンが描き出されていた。




