初コメント
『アンダーマイン』はデバフ系罠として優秀なのだが、唯一面倒くさいことがある。それはスキルを発動すれば即座に対象が弱体化するわけではないという点だ。
まず、事前に設置した罠を敵に触れさせて起動させる。それだけであればバネ床やスネアなどと同じなのだが、そこから出現した『光の輪』を自らの手で投げ縄のように弱体化させたい部位へと正確に叩きつけなければならない。
狙う部位によって効果は変動する。足にかければ敏捷性が下がり、腕にかければ攻撃力が下がり、そして胴体にかければ防御力が下がる。悠太も慣れるまでは、出現した輪を掴むタイミングや、動く標的への投擲がうまくいかず、足を狙ったのに頭にかかってしまい、意図しない能力を弱体化させてしまうミスを何度も繰り返してきた。
だが、今回の相手は全高十メートルの巨躯を持つ巨体だ。
「これだけデカければ、外しようがないな」
マウンテンタートルが悠太の設置した起動地点を踏み抜くと、足元から鮮やかな魔素の光が溢れ出し、実体を持った『光の輪』が悠太の目の前に浮かび上がった。それを素早く掴み取ると、全身のバネを使って山の如き甲羅めがけて力一杯放り投げた。
光の輪は空中を鮮やかに舞い、狙い違わず巨大な甲羅へと着弾した。
直後、光の輪はまるで巨大な蛇が締め上げるような演出を伴って甲羅を激しく縛り上げ、そのまま内側へと浸透するように消滅する。
『アンダーマイン(防御力低下)』
確かな手応え。
さきほどまで山のように揺るぎなかったその存在感に、目に見えて陰りが差し始めた。鉄壁を誇る甲羅の強度が内側から崩れ落ちていく。
それと同時に十倍設定で待機していた『ウッルの目』が、ついにその真価を発揮する。
音速を超えた空気を切り裂く衝撃波だけが耳に届く。高密度に高められた魔素の狙撃は、ただ沈黙の中に殺意だけを乗せて放たれる。
本来、並の攻撃では傷一つ付かないはずのマウンテンタートルの重装甲。しかし、『アンダーマイン』によって防御力を削り取られ、さらに『ウッルの目』の貫通力が合わさった時、それはもはや盾の役割を果たさなかった。
五発、十発。
不可視の弾丸は、まるで豆腐に熱した針を通すかのように分厚い甲羅を次々と貫通していく。
「ギギィィィッ!」
一度も悲鳴を上げなかった巨亀が、音のない衝撃にのたうち回り、苦悶の声を漏らす。
甲羅に穿たれた穴からは噴火のエネルギーが制御を失って漏れ出し、内部から崩壊が始まった。
『ウッルの目』の発動可能時間はまだ二分近く残っていたが、もはやそれだけの時間は必要なかった。放たれた連射はマウンテンタートルの生命力を根こそぎ削り取るには十分すぎたのだ。
やがて巨亀の動きが止まり、十メートルの巨躯は支えを失った砂の城のように、光の粒子となってさらさらと消えていった。
「……ふぅ。やっぱりこの組み合わせは最強だな」
誰もいない闘技場に静寂が戻る。
悠太は息を整えながら、手元のスマートフォンを取り出して動画撮影の状況を確認する。
つい先ほどまで「4」を示していた同時接続数は、戦闘が終わって一区切りついたこともあり、すでに「1」にまで減っていた。
「今回も、やっぱり反応なしか」
派手な魔法や剣技のない罠使いの戦いは、やはり地味すぎるのだろうか。
そんなことを考えつつ、少しだけ肩を落とし、配信を切り上げようとドローンを停止させようとした、その時だった。
『お疲れ様でした』
最後の一人となった視聴者から、ぽつんと短いコメントが流れた。
「えっ……。あ、まだ見ていてくれたんですね。ありがとうございます! 」
悠太は慌ててステルス状態のドローンがある方向に向かって、大きく手を振った。
その直後、同時接続数は「0」になり、配信は終了した。
たった一言。それでも、自分の戦いを最後まで見て、言葉をくれた人間がいた。
その事実が心地よい疲労感と共に悠太の胸に温かく残った。
悠太はドローンを回収すると、通路と化したフロアキーパー部屋を出て、転送装置のある丘の上に向け軽やかな足取りで登り始めた。




