巨亀の必殺技
マウンテンタートルの猛進を悠太は余裕を持ってかわし続けていた。スピードはあるが体が大きい分、小回りは効きづらい。
「よし、あと十秒……五、四、三……」
背後でステルスモードを維持して滞空するドローンが悠太の軽やかなステップと、迫りくる巨躯の対比を完璧なアングルで記録している。
マウンテンタートルの突進は、確かに初見の探索者なら恐怖で足がすくむほどの速度と迫力だが、東京ダンジョン第五階層で死闘を演じたグレーウルフの群れと大差ないスピードだった。あちらは集団での連携もあったが、こちらは単調な直線運動。敏捷性を高めた今の悠太にとってはなんてことのない速度だ。
「設置完了。こっちだ、デカ亀!」
悠太はあえて罠の起動ポイントまで後退し、巨亀を誘い込む。獲物を仕留めんとさらに加速したマウンテンタートルがその地点を踏み抜いた瞬間、空気が「キン!」と鋭く震えた。
『キューブ』発動。
一辺二十メートルはあろうかという巨大な半透明の立方体が、十メートルの巨躯を丸ごと閉じ込めた。
亀型の魔物にとって、この閉鎖空間は天敵と言っていいはずだ。ガルーダのように高速で全方位を切り裂き滞空できる相手なら、キューブの構造的弱点であるクラックポイントを即座に突かれ破壊されるが、突進主体の亀型なら八割がた完封できる計算だった。
しかし、フロアキーパーの格は伊達ではなかった。
閉じ込められたマウンテンタートルは、混乱するどころか瞬時に状況を判断したように、その身を不気味に震わせた。次の瞬間、巨亀の背中にある噴火口が文字通り大爆発を起こす。
広範囲無差別攻撃『ボルケーノ』。
狭いキューブの中で、逃げ場のない無数の溶岩弾と赤熱した岩石が四方八方に吹き荒れる。内側から数千数万の打撃を同時に受けたキューブは、耐えきれずにひび割れ、あっという間にキラキラとした魔素の残滓となって爆散した。
「やっぱりキューブ単体じゃ、こいつの必殺技は抑え込めないか」
悠太は冷静に次の一手を打つ。間髪入れずに構築したのは『バネ床』だ。
通常なら消費魔素80の低コスト罠だが、この質量を物理的にねじ伏せるため、悠太はあらかじめ五倍の魔素を注ぎ込み、出力を可能な限り高めていた。
「もう一度、こっちだ!」
再びの誘導。設置ポイントに到達したマウンテンタートルの足元で、圧縮された魔素が爆発的に解放される。
「グオ?」
巨躯がフワリと浮き上がり、空中でのけぞる。完全に跳ね飛ばすまでには至らなかったが、その重戦車のような体をひっくり返すことには成功した。
勝機が見えた――そう思ったが、マウンテンタートルの背中は平らではない。噴火口のように尖った形状が支えとなり、亀特有の起き上がれないという弱点を克服していた。巨亀は独楽のように背中で一回転すると、その遠心力を利用してすぐさま四肢を地面につき、体勢を立て直してしまった。
「なるほど、そう簡単にはいかないか」
とはいえ、悠太に焦りはなかった。
倒そうと思えば、ひっくり返した先に『落とし穴』を重ねればいい。あるいは相手の魔素が尽きるまでキューブで拘束してもほぼ確実に仕留めることはできる。
勝つためのルートは、すでに脳内にいくつも描かれていた。とりあえず、落とし穴を構築する魔素さえ残しておけば勝てる。討伐手段はいくらでも考えられた。
しかし、悠太の真の目的は単なる勝利ではなかった。
悠太は、ウッルの目の構築に入る。出力は、かつてガルーダ戦で使用した八倍を上回る十倍に設定した。
ガルーダより評価が劣るといっても、それは機動力や殺傷能力の話だ。純粋な防御力や生命力に関して言えば、この岩塊のようなマウンテンタートルのほうが数段上のはずだった。
レンズ越しに巨亀を凝視すると、その強固な甲羅の内側に流れる魔素の奔流が、網目のように詳細に浮き上がった。
「新しいスキルの効果を試すにはちょうどいい」
悠太は真剣な眼差しをマウンテンタートルへと向け、静かに魔素を練り始めた。




