第六階層の番人
翌日
静岡の澄んだ空気の中、悠太は第六階層の最深部、重厚な石造りの扉の前に立っていた。
この扉の先にいるのは静岡ダンジョン第六階層のフロアキーパー。ここの番人と戦うのは初めてだが、悠太の頭の中ではすでに何十回ものシミュレーションが完了している。
世間の評価によれば、この階層のボスはかつて東京で死闘を繰り広げたガルーダよりも総合的な危険度は劣るとされている。飛行能力や超広範囲の物理攻撃がない分、罠使いの悠太にとってはむしろ戦いやすい相手の部類に入るはずだ。
「さて、どのパターンで戦おうかな」
悠太は重い扉を押し開く前に、傍らでステルスモードを維持して滞空するドローンのモニターを最終確認した。実は前回の動画の最後で、「明日、この時間にマウンテンタートルに挑む」と配信スケジュールを告知していたのだ。
画面に目を落とすと、そこには驚くべき数字が表示されていた。
【同時接続数:3】
【チャンネル登録者数:30】
「3人も見てくれてる。それに、登録者も30人に増えてるし……」
つい先日まで安定の「0」で絶望していたのが嘘のようだ。瀬戸の助言通りにカメラワークを改善し、敵のドアップや臨場感を意識した編集に切り替えたことが、少しずつ実を結び始めているらしい。
見知らぬ誰かに見られている。その事実が心地よい緊張感となって悠太の指先に力を与えた。フロアキーパーとの戦いは負ければ再戦できるが、勝てば二度とその姿を見ることはできない。一発勝負のライブパフォーマンス。
「……まぁ、いろいろと試してみるか」
悠太が決意と共に扉を潜ると、そこには過去に見た中でも最大級の巨躯を誇るボスの姿があった。
『マウンテンタートル』
体長はおよそ十メートル。これまで狩ってきたロンリータートルが子亀に見えるほどの圧倒的な質量。その甲羅の上部は名前の通り険しい火山の噴火口のように尖り、岩の隙間からは溶岩のような赤熱したエネルギーがドロドロと不気味に煮えたぎっていた。
その巨体がゆっくりと悠太へ向き直り、空気を震わせる地響きのような咆哮を上げた。
悠太は冷静に自身のスキルステータスを展開し、今回の戦いにおける消費魔素を確認する。
落とし穴:消費魔素1100
バネ床:消費魔素80
スネア:消費魔素80
キューブ:消費魔素250
ピクトグラム:消費魔素300
「落とし穴もピクトグラムもガルーダより少し上なのか……大きさにも関係あるのかな」
いまだ謎の多い罠スキルだが、対象の実力に応じて罠の構築コストが上がるのは分かっている。
最大魔素量が2800を超えた今の悠太でも、1100という消費は決して軽くはない。必勝パターンは「バネ床」の出力を上げて巨体を跳ね上げ、「落とし穴」へ放り込むことだが、10トンはあろうかという巨体を空中に浮かせるには、相当な魔素の重ねがけが必要になるだろう。80というのはあくまでも発動に必要な数字であって、このまま設置しても、オークの時のように尻もちをつかせる程度の効果しかない。
「ピクトグラムも……今回は使えないだろうし」
悠太は広大なフロアを見渡す。
空中にもランダムに出現するピクトグラムを発動させるための九枚の死神カードを、この亀が全て起動させられるとは到底思えなかった。
「ギュラララァァ!!」
マウンテンタートルが、その巨体に似合わない俊敏さで地面を蹴った。
ドォォンと、激しい振動が悠太の足元まで伝わってくる。ロンリータートル譲りの爆発的な初速。巨大な山の塊が、新幹線の如き勢いで突っ込んでくる光景はモニター越しでも凄まじい迫力のはずだ。
「おっと……!」
悠太は敏捷性に振ったステータスをフル回転させ、衝突の直前で横へと跳んだ。
巨体が悠太の横を通り過ぎる瞬間、ドローンのAI学習機能により、マウンテンタートルの背中にある噴火口の煮えたぎるディテールをドアップで捉える。
(とりあえず、撮影のことはドローンに任せて、いつも通りの戦いをしよう。作られた現実では意味がない。普段の自分でいいんだ)
悠太は着地の勢いを利用して、指先を地面に突き立てた。
魔素が血管を流れ、地面へと染み渡っていくような感覚が伝わる。
(やっぱりガルーダほどの緊迫感はないな)
溶岩を煮えたぎらせ荒ぶる巨亀を前にしても、悠太の心は至って冷静だった。




