新装備
「ただいま」
二週間ぶりにくぐった実家の玄関。扉を開けた瞬間に、懐かしい生活の匂いが鼻先をくすぐった。毎週帰ると言ったはずなのに、早くも約束を破ってしまった後ろめたさを抱えつつ、悠太は靴を脱ぐ。
案の定、リビングに足を踏み入れるなり、待機していた妹の結衣が腕を組んで頬をプゥっと膨らまし、仁王立ちしていた。
「約束破った。毎週帰るって言ってたのに。お兄ちゃん、静岡で羽伸ばしすぎて家族のこと忘れてたんでしょ?」
鋭い口撃に、悠太は苦笑いする。
そんな二人のやり取りを、キッチンでエプロン姿の母・志保が「おかえりなさい、悠太」と、穏やかな笑顔で見守っていた。
「ごめんごめん、ちょっと撮影のテストとかいろいろ重なっちゃってさ」
悠太は釈明しながら、二週間分の稼ぎの中から家計に入れるための生活費を母に手渡した。そして、読書好きで勉強が得意な結衣には、「遅れたお詫び」として用意していた図書カードを差し出す。
「ほら、これ。お詫びだよ。欲しがってた本でも買いな」
「え? ま、まぁ、反省してるみたいだしぃ? 今週は許してあげてもいいかな」
さっきまでの険しい表情はどこへやら、結衣は図書カードをシュパッと、ひったくるように受け取ると、ころっと態度を変えて満足げに自室へと戻っていった。
その後、三人で昼食を囲みながら、静岡での暮らしについて報告する。リフォームされたばかりのアパートが意外と快適なことや、富士山の絶景、そして探索も順調で何も問題ないこと。息子が一人で立派にやっている様子に、志保も安心したように何度も頷いていた。
昼食を食べ終わると、悠太は予定通り東京ダンジョン研究施設の一角へと向かった。そこにあるショッピングモールは以前から何度も通っている探索者たちの聖地。
悠太が目指すのはその中でも最も奥まった、人通りの少ないエリアにあるショップだった。
「いらっしゃいま…。あら、甘露寺さんではないですか。お久しぶりですね」
カウンターの奥からひょこっと顔を出したのは、瀬戸だった。小柄で可愛らしい外見の彼女だが、この春からはダンジョン研究所東京支部の正規職員として採用され、さらにこの新店舗の新人店長に抜擢されていた。
「瀬戸さん、いきなり店長なんてすごいじゃん。大出世だね」
「いえいえ、そんな……。このお店はモールの本当に行き止まりにありますから。お客さんも滅多に来ませんし、実質的には人気のないショップの店番を任されたようなものなんですよ」
謙遜しながらはにかむ瀬戸に、悠太はさっそく静岡で手に入れた『ロンリータートルの甲羅片』をカウンターに並べた。
「これ、買い取ってほしいんだ。 静岡の第六階層にいるロンリータートルって魔物の素材なんだけど」
「ほう、これは……」
瀬戸の目が一瞬でプロのそれに変わった。小さな手で破片を持ち上げ、光に透かしたり指先で硬度を確かめる。
「いいですねぇ、これ。東京の素材にはない独特の繊維構造です。……甘露寺さん、これ、買い取りもいいですが加工してみませんか? 私の『ものづくり精神』に火がついちゃったので。少し待ってていただけるなら、格安で新しいアーマーを仕立てますよ?」
目を輝かせて息巻く彼女の熱意に押され、悠太は依頼を決めた。確かに今の装備は高校時代からの使い回しで、あちこちに綻びが見え始めていたからだ。
一時間ほど店内のカタログを眺めて待っていると、奥の工房から瀬戸が満足げな表情で戻ってきた。
「お待たせです〜。完成しました。 いやぁ、ところどころ硬度の違う箇所があるので切り出すのに少し苦労しちゃいました。名前は『ロンリータートルシェルプレート』ってとこですかね。長いので、略すとすると…」
「いや! 略さなくていい!」
「え? そ、そうですか?」
瀬戸は目をパチクリさせながら、言いたそうに口をアウアウさせている。
(あぶない。また変な名前をつけられるところだった。こう見えて結構ドSなのかな? あの真剣な目に、からかってるような素振りは感じられないけど……)
しかし、さすがと言うべきか、差し出された防具は素晴らしい出来映えだった。落ち着いたマットな質感の黒に、甲羅由来の鈍い光沢がアクセントとして入っている。軽量でありながら、触れると跳ね返されるような強固な弾力を感じた。
「ありがとう。大切に使うよ」
「いえいえ、あ、そうだ。動画の方も見ましたよ。……ふふ、ひとまずは合格、といったところでしょうか。敵をメインに据えたことで、ようやく『罠使い』の動画らしくなりましたね」
瀬戸からようやく出た合格の言葉に、悠太はホッと胸を撫で下ろす。新しい防具と瀬戸からの評価。確かな収穫を手に、悠太は再び富士の麓へと戻るための英気を養うのだった。




