レベルアップ
ダンジョンを出ると、夕暮れの東京駅は帰宅を急ぐ人々で溢れかえっていた。スライムの粘液で薄汚れた制服のまま、悠太は駅構内の換金所へと向かう。
「ブルースライムの魔石が六つですね。確認しました」
カウンターの向こう側で、職員が慣れた手つきで魔石を鑑定器にかける。提示された金額は三千円。
予想通り一粒単価は五百円。命を懸けた報酬としては安すぎる金額。しかし、悠太の心は喜びに満ち溢れていた。
これでほんの少しでも二人を楽にしてあげられる。こんな俺でも誰かの役に立てる。それが何より嬉しかった。
「……ただいま」
アパートの扉を開けると、いつものように内職の部品に囲まれた母・志保と、宿題をしていた結衣が顔を上げた。
「あ、お兄ちゃん! お帰り……って、うわあ! その格好、大丈夫!? 怪我はない?」
結衣が飛んでくる。悠太の制服はスライムとの格闘で汚れ、独特の酸っぱい匂いが漂っている。
「大丈夫だよ、ちょっと手こずっただけだ。……それより、これ」
悠太は封筒に入った三千円をテーブルに置いた。
「えっ……。悠太、これ……」
「今日の稼ぎだよ。一日かかったけど、ちゃんと探索者として稼げたから」
志保と結衣が顔を見合わせる。
生活保護の支給日まであと数日。小銭を数えて献立を決めていた今の甘露寺家にとって、この三千円がどれほど大きな助けになるか。
「お兄ちゃん、すごい! ほんとに、ほんとに探索者さんなんだね!」
「……ありがとう、悠太。でも、本当に無理はしないで。こんなにボロボロになってまで……」
心配する母の手を、悠太は優しく握った。
「今日は慣れてなかっただけ。次はもっとスマートにやってくるよ。……これ、今日の晩御飯を少し豪華にする分に使ってよ」
その夜、食卓に並んだいつもより少しだけ厚いお肉の味を、悠太は一生忘れないだろうと思った。
◇
二日目。
場所はもちろん昨日と同じ『ゴミ捨て場』。悠太は昨日よりも手際よく通路の角に立った。
スキルによって生成される『落とし穴』に擬装機能などは一切ない。通路にぽっかりと不自然な穴が開いているのが丸見えの状態だ。
(ただ罠を設置するだけじゃ、スライムにだって避けられる)
あんなに知能の低い魔物でも、目の前に穴があれば止まってしまう。だからこそ、悠太は工夫する。
次の行動を予測し、通路の角、曲がった瞬間に視界に入る位置に『落とし穴』を。そして、その穴の手前に『バネ床』を設置する。
スライムが角を曲がり、不自然な穴を見て「おや?」と足を止めた瞬間――その足元の『バネ床』が作動する。
――ガシュンッ!
ピチャッ!?
跳ね飛ばされたスライムは逃げる間もなく自ら止まったはずの『落とし穴』へと放り込まれた。
同じことを何度も繰り返す。
作業が単純化されるにつれ、悠太の心には不安よりも職人のような探究心が芽生えていた。
そして、六匹目のスライムが穴に消えた、その時だった。
『スキル経験値が一定に達しました』
『スキル:落とし穴がLv.2に上昇しました』
『スキル:バネ床がLv.2に上昇しました』
脳内に響く声とともに、視界のグリッドがカッと青白く輝きを増す。
「レベルアップ!?」
悠太は慌ててステータスボードを確認する。
【落とし穴:Lv.2】
最大設置数 2 → 3
設置時間 1分 → 45秒
追加効果:擬態(小)
【バネ床:Lv.2】
最大設置数 2 → 3
設置時間 1分 → 45秒
追加効果:発動時の衝撃波(小)
「うわ!」
悠太は息を呑んだ。
設置数の増加に設置時間の短縮、そして追加効果まで。
試しに残り少ない魔素で『落とし穴』を設置してみると、それは以前のような丸見えの穴ではなく、一見すると小さな水溜りのように擬態性能が追加されている。
「すごい……。本当に、レベルが上がるんだ」
魔素量が変わらなくても、スキルが成長すれば戦い方は劇的に変わる。
それは家族を救うための階段が目の前に現れた瞬間だった。
「よし。……あともう少しだけ、やっていくか」
悠太はしばらく魔素の回復を待ち、昨日より軽い足取りで、さらにダンジョンの奥へと足を踏み出した。




