死闘
一匹目のスライムが穴に消えた瞬間、残されたもう一匹が「ピチャッ!」と鋭い音を立てて震えた。
仲間が不可解な消え方をしたことで、その原始的な警戒心が最大まで跳ね上がったらしい。
スライムは、先ほどまでとは比較にならない速度で悠太へと突進してきた。
(しまっ……設置する時間がない!)
罠スキルは、一度設置してしまえば必勝に近い。だが、発動までに一分という致命的なタイムラグがある。肉薄された現状では、罠を仕掛ける余裕など一秒もなかった。
「くそっ、……来い!」
悠太は背負っていたリュックを放り投げ、拾ったばかりの錆びた剣を両手で構えた。
スライムが弾丸のように跳ねる。悠太はそれを間一髪で横に跳んでかわすと、すれ違いざまに剣を叩きつけた。
感触は重い水袋を叩いているかのよう。
「か、硬い!」
斬るというより、弾かれる。刃こぼれした古い剣ではスライムの弾力ある体表を裂くことすらままならない。
スライムは着地するなり、今度は触手のような粘液を伸ばして悠太の足を払いにきた。
「おっと!」
もつれる足で後方に下がる。
格闘が始まった。
斬っても、突いても、粘液が波打つだけで手応えがない。逆にスライムの体当たりを食らえば、その衝撃で肋骨が軋む。
(どこだ……核はどこにある!?)
悠太は必死に目を凝らす。
スライムの体内を不規則に泳ぐ小さな赤い結晶。それこそが魔石であり、スライムの心臓だ。
だが、スライムもそれを守るように絶えず体内を攪拌させている。
五分が過ぎ、十分が過ぎた。
悠太の息は上がり、全身はスライムが撒き散らす消化液でひり付くような痛みを感じ始めていた。
「はぁ、はぁ……っ、この……!」
悠太はわざと大きく剣を振りかぶり、隙を見せた。
スライムがここぞとばかりに正面から跳びかかってくる。悠太はその瞬間を待っていた。
剣を捨て、地面に膝をつく。
体当たりの衝撃を肩で受け止めながら、空いた両手でスライムに家から持ってきたワイヤーを巻き付け、思い切り締め上げ粘液を無理やり引き裂いた。
「……見つけた!」
掌に、硬い石の感触。
そのまま指を突っ込み、内側からその「核」を力任せに引きずり出す。
「ああああああっ!」
握りつぶすように魔石を引き剥がすと、スライムの体は一瞬で形を失い、どろりとした水となって床に広がった。
「……はぁ、……死ぬかと思った……」
悠太はその場に倒れ込み、激しく上下する肩を落ち着かせる。
十分以上にわたる泥沼の格闘。スキルを使わない戦闘がこれほどまでに過酷で、非効率なものかを身をもって知った。
(……二度と、こんな無理な戦い方はしない。俺には俺の戦い方があるんだ)
立ち上がった悠太の目から、迷いが消えていた。
それからの彼は徹底していた。
物音を立て、スライムの注意を引く。
相手が近づいてくる方向を予測し、障害物や通路の曲がり角を利用して一分間の時間を稼ぐ。
そして、完璧なタイミングで罠へと誘導する。
残りの四匹は、文字通り作業だった。
一匹、また一匹と、悠太が構築した設計図通りにスライムが飛び、穴へと落ちていく。
『経験値を獲得しました。スキルの熟練度が上昇しました』
合計六匹の討伐を終えた頃、悠太の魔素量は底を突きかけていた。
心地よい疲労感とともに、彼は安全な通路の隅で腰を下ろす。
「……まずは、これだな」
リュックから取り出したのは、ラップに包まれた二つの大きなおにぎりだ。
結衣が今朝、笑顔で持たせてくれたもの。中身は、彼女が漬けたという少し酸っぱすぎるくらいの梅干しだった。
一口かじると、梅の酸味と米の甘みが疲れ切った体に染み渡っていく。
「……うまい!」
明るく振る舞う妹の顔が脳裏に浮かぶ。
今日の稼ぎは小粒の魔石が六つ。スライムの魔石は一つ五百円。換金すれば、三千円の収入になる。大輝たちが狙うような大金ではないが、今の甘露寺家にとっては何にも代えがたい自分の力で掴んだ現金だった。
(今日はここまでにしよう。魔素もないし、欲を出して死んだら二人を悲しませる)
悠太は最後の一口を飲み込み、おにぎりの包みを丁寧に畳んだ。
初日の戦果としては十分すぎる。
何より、この『罠』というスキルがレベルを上げることで化けるという確信を得たことが最大の収穫だった。
「待ってろよ、母さん、結衣」
悠太は立ち上がり、ダンジョンの入り口へと向かって歩き出した。




