魔石の価値
「これが、魔石……ですか。見るのは初めてです」
ダンジョン管理センターの講習室。悠太は講師が掲げた鈍く赤く光る石を凝視していた。
かつての化石燃料に代わる次世代エネルギー、魔石。ダンジョン内でしか維持できない魔素を閉じ込めたその結晶こそが、現代社会の血肉であり、探索者が命を懸ける理由そのものだ。
「そうだ。魔物を倒し、魔石を拾う。それが探索者の仕事だ。攻撃スキルがないからと卑屈になる必要はない。覚醒者であれば魔素によって身体能力も底上げされていく。地道にやれば、食べていくくらいには稼げるからな」
講師の言葉は、裏を返せば輝かしい成功は諦めろという宣告にも聞こえた。
悠太は、自分の掌を見つめる。
昨日、東京駅の地下で感じたあの全能感に近い感覚――視界を覆い尽くしたグリッド線や、頭に直接流れ込んできた構造理解の知識。あれは確かにある。だが、いざ実戦を前にすると、心臓の鼓動はやけに速かった。
(本当に、あれだけで戦えるのか……?)
周囲の覚醒者たちが火魔法や剣術といった分かりやすい武器を手に入れたのに対し、悠太の手にあるのは場合によってはゴミにも武器にもなる『罠』という未知すぎる力。
期待はある。
けれど、それ以上にそんなものが魔物に通用するのか?という不安が泥のように足元にまとわりついていた。
センターでの手続きを終え夕暮れ時のアパートに帰ると、玄関を開ける前から賑やかな声が聞こえてきた。
「おかえり、お兄ちゃん! 待ってたよ!」
飛び出してきたのは、中学三年生になる妹の結衣だ。
家計は苦しく、生活保護と母の内職で食いつなぐ日々。それでも結衣はそんな影を微塵も感じさせないほど明るく、いつも家族の太陽だった。
「ほら見て、今日のご飯はちょっと豪華だよ! 覚醒祝いにお母さんと奮発したんだから!」
テーブルの上には特売の肉を使った野菜炒めが湯気を立てている。
母の志保も内職の手を休めて優しい笑みを浮かべた。
「悠太、お疲れ様。登録、無事に終わったの?」
「うん。明日から、少しずつダンジョンに入ってみるつもりだよ」
悠太が登録証を見せると、二人はまるで自分のことのように喜び、そして同時に、隠しきれない不安を瞳に宿した。
「……悠太が自分で決めた道だものね」
「お兄ちゃん、無理だけはしないでね。私はお兄ちゃんがいれば、貧乏だって全然平気なんだから!」
屈託のない結衣の笑顔が、悠太の胸を刺す。
二人のために稼ぎたい。この家を、この環境を、自分の力で変えてやりたい。
その決意は岩のように固いが、一方で家にあった使えそうなものを適当に詰めただけのリュックがあまりにも頼りなく感じられた。
(期待に応えたい。でも、死ぬわけにはいかない……)
「大丈夫だよ。俺のスキルは、一番安全な場所から戦えるんだ。危なくなる前に帰ってくるさ」
そう言って笑ってみせたが、握った箸がわずかに震えているのを悠太は悟られないよう必死に隠した。
◇
翌朝。
悠太は再び、東京駅に併設された初心者用ゲートの前に立っていた。
第一階層は通称『ゴミ捨て場』
壊れたり不要になった武器や防具が至るところに捨てられているため、そう呼ばれている。
魔物も最弱モンスターのスライムしか出ない練習用のエリアだ。
東京ダンジョンの内部は広大だが、この第一階層にいるのは探索者になりたての新人がチラホラいる程度。ほとんどの探索者は目的の階層へ直接移動できる転移装置を使うからだ。
ゲートをくぐった瞬間、肌を刺すような魔素の感触とともに、脳内のスイッチが切り替わった。
『スキル発動準備完了。周囲の構造をスキャンします』
無機質なシステム音が響くと同時に、暗い地下通路の床や壁に、青白いグリッドが展開される。
遠近感、壁や床の微妙な凹凸、照明の影や松明の揺らめきなどに左右されない絶対的な視野が確保される。
「……やってやるぞ」
悠太は不安を塗りつぶすように最初の一歩を踏み出す。
ハズレと呼ばれた少年が自らの手で死の迷宮を構築するための孤独な戦いが始まろうとしていた。




