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ハズレスキル『罠』しか持たない俺、最強の罠使いになる  作者: シマリス


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3/12

家族の思い

東京駅での覚醒検査を終え、嘲笑の余韻が残る地下ホームを後にした悠太は、足早に帰路についていた。


向かう先は都心のきらびやかな高層ビル群から取り残されたような築五十年の古びたアパート。


錆びついた階段を上り、色あせたドアを開ける。


「ただいま」


玄関には、数千個分の内職用の部品が入った段ボールが積み上げられている。


狭い廊下を抜けると、茶の間のテーブルでは病弱の母・志保が細かな手作業に没頭していた。その傍らでは、妹の結衣が薄い毛布を膝にかけて本を読んでいる。


「お帰りなさい、悠太。……どうだったの?」


志保が手を止め、祈るような目で息子を見つめる。結衣も期待と不安が入り混じった表情で顔を上げた。


悠太は一度深呼吸をし、静かに告げた。


「……覚醒したよ。俺、探索者になれる」


一瞬の静寂の後、二人の顔にパッと灯がともったような明るい笑顔が広がった。


「本当!? すごいよ、お兄ちゃん!」


「よかった……本当によかったわね、悠太。これで、あなたの将来が……」


志保は震える手で悠太の肩を抱き、涙を浮かべた。


甘露寺家にとって、覚醒者の誕生は暗闇に差し込んだ唯一の光だ。


ほとんど家に帰らず、たまに戻れば金を無心するか、借金取りの影を連れてくるだけの父親。


そんな父親から逃げるように、生活保護と内職のわずかな収入で食いつないできた三人にとって、悠太の覚醒は「地獄からの脱出チケット」に他ならなかった。


だが、悠太は喜びきれない胸のつかえを吐き出すように、言葉を続けた。


「……でも、授かったスキルが、その……『罠』なんだ」


「わな?」


「うん。剣を振ったり、派手な魔法を撃ったりするんじゃなくて、地面に仕掛けを作るだけのスキル。学校じゃ、ハズレスキルだって笑われたよ。稼げるようになるまで、時間がかかるかもしれない」


自嘲気味に笑う悠太に対し、志保は意外なほど力強く首を振った。


「何を言ってるの。そんなの関係ないわ。あなたが無事に目覚めてくれた、それだけで十分よ。罠だって、立派な力じゃない」


「そうだよ。お兄ちゃんは頭がいいんだから、きっとすごい罠が作れるよ!」


結衣が細い腕でガッツポーズを作る。


二人の無条件の肯定は、学校で浴びた嘲笑で冷え切っていた悠太の心をじわりと温めた。


しかし、喜びが一通り落ち着くと、志保の表情に別の色が混じり始める。それは、母親としての切実な本音だった。


「……ねえ、悠太。一つだけ、お母さんの我儘を聞いてくれない?」


「何?」


「覚醒したのは、本当に素晴らしいことだと思う。でも……探索者には、ならないでほしいの」


志保の言葉に、悠太は息を呑んだ。


「せっかくの資格があるなら、ダンジョン関連の企業や、役所のダンジョン管理課に就職できるでしょう? 覚醒者なら、事務職だって一般の人よりずっといいお給料がもらえるはずよ。……わざわざ、命を懸けて危険な場所に潜らなくてもいいんじゃない?」


「そうだよ、お兄ちゃん。私、お兄ちゃんがいなくなったら嫌だよ」


結衣も不安げに悠太のシャツの袖を引く。


彼女たちの言うことは、あまりにも正論だった。


『罠』などという直接戦闘に向かないスキルであれば、なおさらだ。安全な場所で安定した給料をもらい、静かに暮らす。それが、このボロボロの家庭にとって一番の正解であることは、悠太も痛いほど分かっていた。


だが、悠太は二人の手を優しく、けれど拒絶の意志を込めて離した。


「……ごめん。言ってることはすごくわかる。けど、俺はやっぱり探索者になる」


「悠太、どうして……!」


「事務職の給料じゃ、今の借金を返して、母さんを良い病院に入れて、このアパートを出るのに何十年かかる? ……下手したら、あいつがまた戻ってきて、全部台無しにするかもしれない」


脳裏に、父親の不機嫌な背中と、借金取りの怒鳴り声がよぎる。


「俺のスキルは、みんなが言うような『ハズレ』じゃない。今日、ダンジョンで確信したんだ。これがあれば、誰にも負けない。……俺は、この『罠』で、この家の全部をひっくり返したいんだ」


悠太の瞳には、かつての諦めに満ちた光はなかった。


自分の人生を、そして家族の運命を、自分の手で設計し制御するという強い意志があった。


志保はしばらく息子の顔を凝視していたが、やがて諦めたように深い溜息をついた。


「……本当に、頑固なんだから。お父さんの悪いところは似なくて良かったけど、私の意固地なところが似ちゃったわね」


「ごめん、母さん。でも、絶対に死なない。罠使いっていうのは、世界で一番安全な場所から敵を倒す事が出来る。信じてよ」


悠太は無理に明るい声を出して、結衣の頭を撫でた。


その夜。


家族が寝静まった後、悠太は一人、四畳半の自室でステータスボードを思い出していた。


脳裏に浮かぶのは東京駅ダンジョンの構造と、そこに設置可能な無数の「死のポイント」。


「まずは、明日。登録証を発行して、一番簡単な低層階のFランクダンジョンからだ」


暗闇の中で、悠太の指が虚空をなぞった。

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