嘲笑
(……罠?)
二度見した。
三度見した。
だが、そこには何度見ても、漢字一文字でそう書かれている。
剣術でもない。魔法でもない。ましてや回復や支援系スキルでもない。
罠?
「……嘘だろ」
絶望に近い呟きが漏れた。
探索者の戦いは常に動くモンスターとの死闘だ。現代ファンタジーの最前線で求められるのは、強靭な物理攻撃や派手な広範囲魔法。
「罠」なんて、迷宮に潜む側――つまりモンスターが使うような陰湿で、準備に時間がかかる能力の代名詞だ。今の探索者業界において、これほど「ハズレ」の烙印を押される能力も珍しい。
「おい、悠太。お前、さっきから黙り込んでどうしたんだよ?」
大輝がニヤニヤしながら顔を覗き込んできた。彼は自分が「剣術」という王道スキルを引いたことで、全能感に酔いしれている。
「まさか、すごいレアスキルでも引いたか? 言ってみろよ、同期のよしみでさ」
「いや……別に。大したことないから……」
「いいじゃねえか、教えろって。ほら、小声でいいからさ」
しつこく食い下がる大輝に、悠太は抗いきれず、消え入りそうな声で白状した。
「……罠、だよ」
一瞬の沈黙が流れる。
大輝は瞬きを二、三回繰り返すと、ようやく理解したのか腹を抱えて爆笑する。
「だははっ! 罠!? 嘘だろ、お前、モンスターにでもなるつもりかよ!」
その声は、静まり返った地下ホールに響き渡った。
「おい、みんな聞けよ! 甘露寺のスキル、何だと思う? 罠だぜ! 罠!」
その言葉がトリガーとなり、周囲の空気が一変した。
覚醒できなかった生徒たちの顔に、卑屈な笑みが浮かぶ。「なんだ、欠陥品か」という残酷な安堵の色だ。
「罠って……あの、落とし穴とか作るやつ? 地味すぎだろ」
「今の時代、ダンジョンはスピード攻略が基本なのに。罠なんて張ってる間に、他のパーティーに獲物全部持ってかれるぞ」
「ていうか、罠って自分から攻撃できないじゃん。誰かに守ってもらわないと何もできない寄生スキルだよね」
嘲笑の嵐。
覚醒できなかった腹立たしさも相まってか、名前も知らない他クラスの生徒からさえそんな声が上がる。
引率の佐藤教諭までもが、憐れみの混じった複雑な表情で悠太を見ている。
「……まあ、甘露寺。どんなスキルでも、使い道がないわけじゃない。後方支援の道もあるだろう」
それは、慰めという名の引導だった。
悠太は拳を血が滲むほど強く握りしめ、俯いた。
(寄生……? 役に立たない……?)
嘲笑う大輝たちの背後、ダンジョンの奥でガサガサと不気味な足音を立てている存在に、浮かれている彼らは気づいていない。
悠太の視界には、ステータスボードのさらに奥、床や壁の「構造」が透けて見えるような奇妙なグリッド線が浮かび上がっていた。
脳内に流れ込む膨大な設置ポイントの情報。
(……いや、違う)
悠太は心の中で呟いた。
彼らの嘲笑が遠く感じる。
物心ついた頃から覚醒者になるのが夢だった。そして、その願いはついに叶った。
ダンジョン関連のテレビ番組、SNS、書籍などはたいてい目を通しているが、このスキルについての情報はほとんど見たことがない。
この「罠」というスキルは世間で思われているような単なるハズレではないはず。
きっと未知の可能性が秘められているに違いない。
(……笑ってればいいさ。俺の罠に、かからない自信があるならね)




