スキル覚醒
東京駅地下、かつて「銀の鈴」と呼ばれた待ち合わせ場所は、今や巨大な鉄柵と重厚な魔法障壁によって封鎖されている。
その先にあるのは、十年前の世界同時多発超大規模地震と同時に現れた、暗く湿り気を帯びた異界――東京ダンジョン。
「いいか。今日、ここに来た目的を忘れるな」
引率の教諭、佐藤が鋭い声を響かせる。
甘露寺悠太は、探索者養成高校の制服の襟を正しながら、震える手で自身の身分証を握りしめていた。
巨大地震とともに世界中を襲ったダンジョンの出現。それに伴い現れた「覚醒者」という新人類。
ダンジョンへの侵入は成人に限られる。
若ければ若いほど覚醒の可能性が高いという特性上、十八歳の誕生日を迎えたばかりの彼ら高校三年生にとって、今日の「覚醒検査」は人生のすべてを決める審判の日だった。
「……悠太、顔色が悪いぞ。緊張してるのか?」
隣で声をかけてきたのは、同級生の松坂大輝だ。
運動神経抜群で、覚醒せずとも大手ダンジョン警備企業への内定が確実視されているエリート候補である。
「そりゃあね。覚醒しなきゃ、ただの一般人だし。……大輝は余裕そうだね」
「まあな。俺は最悪、覚醒しなくても親父のツテがある。でもお前、家計を助けるために探索者になりたいんだろ? 応援してるぜ」
大輝の言葉に嫌味はない。それが逆に、悠太の胸を締め付けた。悠太の家は決して裕福ではない。母の病気、父の借金――すべてをひっくり返すには、探索者になって一獲千金を狙うしかなかった。
「……行くぞ。ゲート、開門!」
佐藤の合図とともに、鉄柵がゆっくりと持ち上がる。
数十人の生徒が、列をなして不気味に光る渦――ダンジョンの入り口へと足を踏み入れた。
一瞬の浮遊感の後、悠太を襲ったのは鼻を突くカビの匂いと、肌を刺すような冷気だった。
そこは、かつての地下鉄のホームを異質な粘膜が覆いつくしたような、グロテスクな空間。
「ひっ、……なんだこれ」
「おい、見ろ! あいつ、光ってるぞ!」
誰かが異質な雰囲気に小さな悲鳴を上げると、別生徒の驚嘆の声が木霊した。
先頭を歩いていた生徒の体から、淡い青光が放たれた。続いて、もう一人、また一人。
その光は「魔力との同調」の証だ。
(頼む……俺にも……!)
悠太は心の中で叫び、強く拳を握った。
その時、視界の隅で空気がパチリとはじけた。
「――っ!?」
熱い。心臓の奥から、煮えたぎるような何かが全身を駆け巡る。視界が急速にクリアになり、脳内に無機質な機械音が響いた。
『個体名:甘露寺悠太の覚醒を確認しました。ステータスボードを展開します』
目の前に、半透明の淡い青色のボードが浮かび上がる。
(覚醒した?)
悠太が息を呑む。
どこにでもいる十八歳の少年が、人生の逆転チケットを手に入れた瞬間だった。
「おい、悠太! お前もか! 俺もだ、俺も覚醒したぞ!」
大輝が興奮した様子で肩を叩いてくる。見れば、他にも三人の生徒が誇らしげに自分のステータスボードを眺めていた。
今回の覚醒者は、参加者数十名のうち、わずか五名。
文字通りの選ばれし者たちだ。
「大輝、あんたのスキル何だったの?」
覚醒者の一人、水泳部の女子生徒が期待の眼差しで尋ねる。大輝は自信満々にボードを指さし、上段から斬り伏せるような動作をする。
「俺は『剣術』だ。しかも初期レベルで中級相当の補正が入ってる。マジ最高!!お前は?」
「私は『水魔法』! これで有名な探索者チームからスカウトが来るかも!」
「俺は『体術』だ。鍛えまくっててよかった!信じてたぜ相棒!やっぱ筋肉は裏切らないよな!」
「僕は『火魔法』。王道だけど、攻撃特化魔法は当たりだよね」
四人は互いのスキルを自慢し合い、周囲の覚醒できなかった生徒たちは、羨望と嫉妬の入り混じった溜息をついている。
そんな中、悠太は一人、自分のボードを凝視したまま固まっていた。
自分のスキル欄に書かれている文字をすぐには理解できない。そこには見慣れない一文字があった。
(何かの冗談か?)
【名前:甘露寺悠太】
【スキル:罠】




