剣豪②
決して油断していたわけではなかったが、罠使いとしての悪い癖が出てしまった。
中央で正座し微動だにしない『剣豪』が動き出すには、罠と同じくこちらが一定の距離まで近づくなどの「発動トリガー」があるのではないかと頭の片隅で思い込んでいたのだ。
しかし、入り口付近で動かずに時間を稼ごうとした悠太の甘い考えはその予想を超えた速度の前に粉砕される。
本能的に身体を右へと大きく捻ったものの、一枚も二枚も上を行く剣豪の刀は確実に悠太の肉体を捉えていた。
胸元で硬質な破砕音が連続して響き、首元から飛び出した二つのロザリオが一瞬で白い霧となって虚空へ霧散した。
「二つ? いま、二回斬られたの!?」
フルフェイスマスクの奥で悠太は戦慄する。
刀を抜いた瞬間しか視認できなかったその一太刀は、目にも留らぬ速さで二度、悠太の首筋と胴体を正確に切り裂いていた。
だが、あまり期待していなかった特殊効果が、このいきなりピンチな状況を劇的に引っくり返す。
発動したのはパリィクロスの特殊効果『正対反射』。それも、二発分同時の強力なカウンターだ。
見えない壁に激突したかのように、剣豪の放つ体重を乗せた二連撃の威力をそのまま正面へと押し戻す。
強大なパワーを誇る剣豪といえど、己の乗せた全体重と怪力をそのまま真っ直ぐ押し返されれば、ただでは済まない。
剣豪の中心線が強引にへし折られ、その漆黒の身体が目の前で大きくグラグラと揺らぐ。
「今だ」
この千載一遇の好機を悠太は見逃さなかった。
目の前に仕込んでいた『アンダーマイン』が起動すると、禍々しい紫の光の輪がぽん、ぽんと二つ同時に飛び出した。
悠太は左右の手でそれぞれ輪を掴み取り、体勢を崩してもたついている剣豪の「脚」と凶刃を握る「右腕」へ狙いを定め、渾身の力で投げつける。
光の輪は吸い込まれるように剣豪の四肢を締め上げた。
「よし! 成功!」
両脚と両腕をガチガチに縛られたことで、道場内を支配していたあの圧倒的な威圧感があからさまに縮小していくのが分かった。デバフの持続時間は120秒。二分間という猶予は未だ構築中のウッルの目が完成するまでに十分すぎる時間だった。
だが、さすがはフロアキーパー。
弱体化した動きですら素の流浪人と変わらないほどの速度を保っている。一瞬たりとも気の抜けない状況は継続していた。
悠太はさらなる時間稼ぎのため、道場の中央寄りに等間隔で配置していた『バネ床』の設置ポイントへと、自身の身体を囮にして剣豪を巧みに誘導する。
その道すがら、事前に仕掛けておいた『落とし穴』へも何度か誘導を試みるも、やはり板の間の上で擬態効果が落ちている罠はあからさまに避けられてしまう。
「やっぱりダメか……」
悠太は残りの魔素を有効的に使うため、落とし穴の設置をキャンセル。そのまま、本命であるバネ床の設置エリアへと剣豪を引きずりこんだ。
足元を踏み抜いた瞬間、バネ床が起動し大きな衝撃とともに剣豪の身体を斜め上方へと跳ね上げた。
だが、剣豪は空中へ打ち出されてなお、見事な身のこなしでくるりと身体を反転させ、猫のようにしなやかに板の間へと着地してみせた。
着地の寸前、弱体化した剣豪の刀から『飛燕』の残光が放たれる。漆黒の剣戟が鋭い風切り音を立てて悠太へと迫る。しかし、腕のアンダーマインが効いている今の飛燕は本来の速度を大きく失っていた。
「これなら避けられる」
悠太は横に鋭くステップし、飛来する剣戟をヒラリと回避。それと同時に、跳ね上げられて垂直に固定されたバネ床――いまや強固な『防御壁』と化した四つのバネ床の影へと滑り込み、剣豪の射線からその身を隠した。
バネ壁の向こう側から、ガツン、ガツンと剣豪の『飛燕』が壁にぶつかる激しい音が響いてくる。
視界は完全に遮られているはずだったが、悠太には壁の向こうの敵の動きが手に取るように分かっていた。
如月の空間把握能力には及ばないものの、悠太にも罠使いとしての独自の認知能力が備わっている。
悠太の視線はバネ壁を透過し、剣豪の不気味な足取りを確実に捉え続けていた。
バネ壁を利用して剣豪の猛攻を巧みにいなし、時間を稼ぐこと一分あまり。
ついに、悠太の脳内に無機質なシステムアナウンスが鳴り響いた。
『【ウッルの目】、構築完了。展開します』
道場の壁や襖、自ら顕現したバネ壁――あらゆる場所に配置された頼もしいスナイパーネットワークの完成だ。
「さて……どうなるか」
勝負の準備は整った。悠太は身を隠していたバネ壁の影から、静かに、ゆっくりと剣豪の正面へとその姿を晒した。




