剣豪③
バネ壁の影から姿を現した悠太を認めるやいなや、剣豪の漆黒の刀が高速で一閃された。固有スキル『飛燕』――鋭利な魔素の剣戟が空気を切り裂きながら悠太の首元へと迫る。
だが、それと同時に道場の全方位に配置された『ウッルの目』から音もなく冷徹な狙撃が開始されていた。
ドスッ、ドスッ、と死角から放たれた魔素の弾丸が飛燕を放った直後の剣豪の肉体を正確に捉える。予期せぬ全方位からの衝撃に、さしもの剣豪も一瞬その場であからさまに怯みを見せた。
しかし、フロアキーパーの戦闘本能は悠太の想像を超えていた。
キィン! ガキィン!!
「なっ……そんなことできるの!?」
フルフェイスマスクの奥で悠太が驚きの声を上げる。
これまでの魔物であれば、位置も弾道も見えないウッルの目の銃撃に対してなす術なく身体を丸めて耐えるしかなかった。
だが、剣豪はその驚異的な知覚と剣技により、不可視のはずの銃弾をその漆黒の刀で次々と弾き返し始めたのだ。
とはいえ、腕と脚にアンダーマインのデバフをかけられ、あからさまに弱体化している剣豪が、二十の瞳から放たれる全方位の銃撃をすべて防ぎきれるわけではなかった。
数発に一発は弾ききれずに直撃し、剣豪の身体が小さく揺らぐ。二十倍の出力に加え、レベル4に達し瞳の数が大幅に増えた狙撃。
防戦一方となり、じわじわと肉体を削られる状態に耐えかねたのか、剣豪は不意にその場にピタリと動きを止めた。
直後、剣豪の身体がまるで水面に融けるようにして足元の漆黒の影へと沈み込み、完全に姿を消した。
攻略サイトで先人達が命名した剣豪スキル『影潜行』である。
「くそっ、消えたか……」
完全に姿をくらました相手に悠太の心に焦りが広がる。
ウッルの目の瞳は空間を監視し続けているが、文字通り「影の中」に潜り込まれてしまってはその位置を完全に見失わざるを得ない。
悠太は周囲を警戒しながら、なるべく影の面積が少ないフロアの中央、蝋燭の光が交差する明るい場所へと素早く移動し、息を詰めて様子を伺った。
どこから来る。
前か後ろか、左右か。
バサリ、と死神のローブが不規則に揺れた。悠太が違和感を覚えたのは床に伸びる和蝋燭の明かりに照らされた自分自身の影だった。
ゾクッと背筋に冷たいものが走る。
自身の影が異常なほどに濃く、そして歪に膨れ上がっていた。
「しまっ――」
言葉が途切れるよりも早く、悠太の影から漆黒の刀を構えた剣豪が音もなく飛び出す。心臓が跳ね上がるほどの至近距離からの不意打ち。
だが、まだデバフは有効だ。
敏捷性の向上、そしてパリィクロスという絶対的な保険があるという心の余裕が悠太の身体を突き動かした。
「うおおっ!」
紙一重。文字通りジャージの生地を数ミリ掠めるほどのステップで、悠太はその一撃をどうにか回避する。
そして、影から飛び出した直後の剣豪は今度はこちらに対して完全に無防備な状態を晒していた。
壁面で手ぐすねを引いて待っていた瞳達が一斉に火を噴く。無防備な背中へ容赦ない不可視の狙撃が次々と突き刺さる。さらに、逃げようと地を蹴った剣豪の足元で、あらかじめ悠太が仕掛けておいたワイヤー罠『スネア』がガチンと小気味よい音を立てて起動した。
スネアの頑丈なワイヤーが剣豪の足首を完璧に捕捉し、その場に縛り付けた。
「結構当たってるのにタフだな…」
自由を奪われ、増えた瞳の狙撃を一身に浴びせられ続けたことで、剣豪の漆黒の身体からは魔素がジワジワと溢れ出し、ダメージが着実に蓄積されていった。
このまま押し切れるか――そう思った矢先、事態は思わぬ方向へと転がった。
痛手を負った剣豪は足元のワイヤーを強引に刀で叩き切ると、再び近くの柱の影へと滑り込み、そのまま完全に姿を消してしまったのだ。
それきり、道場内にはただ蝋燭の炎がゆらめくばかりで、どれだけ待っても自身の影を警戒しても剣豪は一向に姿を現そうとしなかった。
「まさかネタバレか!?」
悠太はフルフェイスマスクの奥で、冷や汗が止まらなくなっていた。
敵は完全に戦術を時間稼ぎへと切り替えたのだ。姿を見せない間にも視界の端に表示されているウッルの目の発動時間は刻一刻と、無慈悲にカウントダウンを刻んでいく。
残り、一分を切った。
(失敗した…)
悠太は激しい後悔の念に駆られた。影潜行を警戒するあまり、ウッルの目の出力を二十倍に抑えてしまったのが裏目に出た。
『魔素誘発剤』も利用して最初から出し惜しみせず三十倍、四十倍の出力で構築し、アンダーマインが決まった初動の段階で一気に叩き潰しておくべきだったのだ。
無情にも、アンダーマインの120秒という効果時間はとっくに終了している。もしこのままウッルの目の制限時間である四分が経過すれば、悠太の狙撃手達は消滅し、残された魔素も半分以下という最悪の状態になる。
剣豪に多少のダメージは与えたものの、アンダーマインのデバフが切れ、こちらの手札が消えかけようとしている今、戦況は振り出しへ戻ろうとしていた。




