武家屋敷襲撃
夕闇がすっかり辺りを包み込んだ頃、静岡ダンジョンのエントランスに到着した悠太はまっすぐ受付カウンターへと向かった。
今日はフルフェイスマスクも死神ローブも持ってきていない。至ってラフなジャージ姿だ。
探索者協会の推奨に従って、トラブル防止のためにカメラでの常時録画だけはなるべく回しているものの、今日は配信用の動画を撮る予定もないため、あえてあの怪しげな格好をする必要はなかった。
「すみません、第八階層の『S8052』への転送をお願いします」
受付の女性にそう申し出ると、彼女は手慣れた動作で端末を操作し、にこりと微笑んだ。
「はい、8052への転送ですね。利用料は六千円になります」
「ダンジョンペイで」
スマートフォンをかざして決済を済ませつつ、悠太は(やっぱり、改めて見ても高いよなぁ……)と心の中で呟いていた。
利用料が六千円というのは前々から知っていたものの、これだけでちょうど流浪人の魔石一個分の稼ぎが吹き飛ぶ計算になる。東京ダンジョンに比べて利用者が少ないためか、この価格設定は結構財布に響く。一日二回の探索なので毎日確実に一万二千円が飛ぶ計算だ。
(これだけの広さの施設を管理してるんだからしょうがないけどね…)
転送ゲートをくぐり、ひんやりとした空気が漂う第八階層の街道へと視界が切り替わると、悠太の思考は一瞬で戦闘モードへと切り替わった。
目の前には街道沿いの中でも一際不気味な存在感を放つ、巨大な武家屋敷が佇んでいる。
「よし、先客はいなそうだな」
周囲に他の探索者の気配はない。
静岡ダンジョンの第八階層ともなると、立地と難易度の高さから探索者の数はぐっと少なくなる。人を巻き込まないようじっくり検証したい悠太にとっては、まさに好都合な環境だ。
昼寝の前に調べ尽くしていたため、悠太の頭の中には、この屋敷の内部の間取りや構造がすでにしっかりと記憶されている。
悠太は重厚な門の前で腕組みをし、静かに「その時」が訪れるのを待った。
今回の作戦は他の罠を極力使わず、最初から最後まで『ウッルの目』の連射だけで屋敷内の敵を殲滅するというものだ。
悠太は門の外にいながら、屋敷の内部へ向けてすでに不可視の瞳の構築を始めていた。設定した出力は十八倍。
これは悠太の最大魔素量のほぼ半分を一気に持っていかれる高出力。
だが、これまでの感覚から、この十八倍という出力さえ維持できれば、第八階層の流浪人クラスであれば間違いなく、数発のうちに葬り去ることができると確信していた。
事前に集めた攻略情報によると、この広大な武家屋敷の内部に潜んでいる流浪人の数は十体前後。数や配置は不規則だが、先人達の攻略情報から大まかなパターンはある。
今回は、この十体をすべて『ウッルの目』の狙撃だけで仕留める予定だ。もし作戦通りにいけば、一体あたりに対する魔素の消費量は150程度。
ウッルの目を一度発動してしまえば、あとは敵の位置に注意しながら屋敷内を走り回るだけなので、他の罠を連鎖させるよりも遥かに安全で、なおかつ圧倒的に効率のいい狩りとなるはずだった。
ただし、問題はタイムリミットだ。
発動してから罠が持続する制限時間は四分間。
そのたった四分という極限の時間内に屋敷の中に散らばる十体すべての魔物を探し出し、一体残らず撃ち抜くことができるか。
「……ふぅ」
じわりと汗ばむ手のひらを、ジャージの生地で拭ってからギュッと握りしめる。
「今日は狭い場所が多いから屋敷の中には入らなくていいよ」
悠太は念のためドローンに指示を出す。銃弾や剣戟が飛び交う中、屋敷内での撮影に些かの不安を覚えたからだ。
その時、悠太の脳内にピンと澄んだシステムアナウンスが響き渡った。
『【ウッルの目】の設置が完了しました。発動を開始します』
頭の中には240から1秒ずつ減っていく稼働限界までのカウントダウンと、昨日穴が開くほど見た武家屋敷の間取り図が浮かび上がっていた。
「いくか…」
悠太は最後に『パリィクロス』が首元に四つかかっているのを指先で確認する。ロザリオの硬質な感触が不思議と心臓の動機を鎮めてくれた。
準備は整った。
悠太は意を決すると、目の前にある古びた木製の引き戸にガシッと力強く手をかけ、ガラガラと一気に開け放った。




