第八階層の番人
チャンネルを開設してから、一ヶ月ほど。
『KYチャンネル』のチャンネル登録者数は三万人の大台を突破していた。投稿した動画の再生回数も今ではどれも安定して一万回を超えるまでに急成長を遂げている。
罠使いがソロで深層を突き進むという物珍しさと不思議なハメ技の数々が、目の肥えた探索者や動画リスナーたちの心を着実につかんでいた。
昨夜、第八階層の探索記録として投稿したばかりの動画も公開からわずか半日で早くも五千再生を超えている。
「だいぶ増えたなぁ。いろんな情報もくれるし、ホント助かる」
悠太は香ばしく焼き上がったベーコンエッグトーストを齧りながら、スマートフォンの画面に並ぶコメント欄をスクロールしていた。
そこには早くも第八階層に対応している悠太への激励や現役探索者からのリアルな声が溢れていた。
『死神の対応力エグ! もう第八階層に慣れてんじゃん』
『自分いま第四階層で手詰まりなんで、動画マジで勉強になります』
『俺も罠スキルほしくなってきたわー』
『流浪人の初太刀って、タイミング一定だから慣れると結構避けやすいよね』
『出た! ネットの自称トップ探索者様www』
『あの三段加速を避けきれなくて何人リタイアしてると思ってんだ!』
『慣れる前に胴体真っ二つ定期』
トップ探索者気取りのコメントには、すかさず他のリスナーからツッコミが入れられていた。
「はは、確かに。あの加速は分かってても避けられなかったなぁ」
ネットの言い合いを微笑ましく見守りつつ、悠太がさらに画面をスクロールしていくと、話題は自然と次のステップへと移行していた。それは、第八階層の最奥で待ち受けるフロアキーパー『剣豪』に対する考察だ。
コメント欄では死神と剣豪のどちらが勝つか議論になっていて、死神の敗北という悲観的な意見、いわば悠太の劣勢を予想するものが目立った。
剣豪は流浪人の上位互換。
ただでさえ厄介な流浪人のパワー、スピード、手数の多さがさらに跳ね上がっているだけでなく、強力な固有スキルを二つも所持している。
一つは遠距離攻撃スキル『飛燕』
振るった漆黒の刀の軌跡から、鋭利な魔素の剣戟を飛ばしてくる技だ。
もう一つは隠密移動スキル『影潜行』
床や壁に点在する屋敷の影のなかへ、一時的にその身を完全に融けこませ影から影へと移動する能力である。
コメント欄の有識者たちの分析は的確だった。
『流浪人の三段加速をギリギリかわせる程度のスピードで剣豪に挑むのは自殺行為。初太刀をかわせたとしても、ノーモーションで次々に飛んでくる『飛燕』の嵐は避けきれない』
『一番相性悪いのは『影潜行』だな。『ウッルの目』は相手が影に潜ったら機能しないだろ? そのまま影から飛び出してきた剣豪に一刀両断される未来しか見えない』
「……うーん、手厳しいけど正論だな」
悠太はトースターのパンくずを指で拾いながら、小さく息を吐いた。
カリカリに焼けたベーコンエッグトーストの最後の切れ端を口に放り込み、冷蔵庫から取り出したキンキン麦茶で一気に胃袋へと流し込む。
喉を鳴らして「プハーッ」と一息ついたものの、脳裏にこびりついた「剣豪対策」の四文字は消えてくれない。
リスナーたちの言う通り、今のステータスと手札のままで剣豪に挑むのは難しいように思えた。流浪人の速度にようやく対応できたばかりの今の悠太では、さらに速く、かつ遠距離攻撃まで備える剣豪の猛攻を捌き切ることはできない。
それに物理攻撃無効の影潜行。チャンスは実体が姿を現す一瞬しかない。
防御スキルも東郷のエアーベールのような絶対的な盾があれば話は別だが、悠太にある守りの手札は一度きりの使い切りである『パリィクロス』だけだ。
「遠距離から飛んでくる剣戟の嵐をどう防ぐか……影に隠れた敵をどう攻撃するか…」
お茶碗をシンクに運び蛇口をひねって水を流しながら、悠太は腕を組んで考え込んだ。




