如月の進化
「実は……」
悠太は少し躊躇しながらも、自らの内にあるもう一つのスキルを打ち明けることにした。
「発動条件が難しくて、今まで実戦で一回しか使ったことがないスキルもあるんです」
「ほう、それはどんな?」
東郷が興味深そうに身を乗り出す。
「フロアに散りばめられた九枚のカードを相手が発動すると、相手を即死させられるんですが、先ほどの試験体ロボットを対象にしようとしても、なぜかカードの設置自体が受け付けられなくて。二人を対象にすれば設置できなくはないですけど……」
「なるほど、即死系か。それは仕方がないね。スキルの中には、特定の厳しい発動条件を満たさないと機能しないものがたまにある」
東郷は納得したように深く頷き、顎に手を当てた。
「機械相手に設置できないということは、おそらく『生体反応』、つまり生きた人間や本物の魔物が発する固有の波長がないと駄目なタイプのスキルなのかもしれないな」
そして東郷は手元の端末のデータをまとめながら、今回の検証全体の総評を口にした。
「いやぁ、しかし今日は本当に勉強になったよ。何より君の罠スキルの性能の高さがよく分かった。私の能力やこのダン研の最新設備を持ってしても、発動前の罠を完全に見破ることはできなかったからね。落とし穴の同化具合に課題はあるとしても、実戦での実用性は絶大だ」
「ありがとうございます」
褒めちぎられて気恥ずかしそうにする悠太に、東郷はポケットから封筒と筒のようなものを取り出す。
「遅くなって申し訳ない。これは今日の謝礼金とお礼の品だ。遠くからわざわざすまないね」
それは十センチほどの細長い銀色に鈍く光る金属製の容器だった。
「え! いいんですか! この筒のようなものは?」
厚みのある封筒と容器を見つめながら、悠太が質問する。
「『魔素誘発薬』だよ。トップ探索者なら誰もが一本は懐に忍ばせている代物だが、希少価値が高くて市場にはほとんど出回っていないらしい。もし闇市やオークションで買うとしたら、一本で二百万円ってとこかな」
「に、二百万!?」
手の中の小さな金属筒が急に恐ろしく重いものに思えてきて、悠太の手が微かに震える。東郷は笑いながら説明を続けた。
「その名の通り、枯渇した魔素を強制的に活性化させ、瞬時に回復させる薬だ。静岡ダンジョンの第八階層、そしてさらにその奥へ挑むつもりなら、これはお守り代わりに持っておいたほうがいい。――あ、あと、あまり飲み過ぎると反動で数日動けなくなるから気をつけて」
「分かりました。ありがとうございます」
ありがたくジャージのポケットへ仕舞い込む悠太。東郷はさらにアドバイスを付け加えた。
「それと、今日の君の動きを見ていて思ったんだが、ステータススキルももう少し上げておいたほうがいいかもしれないな。罠の性能は申し分ないが、基礎スペック、君の場合、特に敏捷性が少し心許ない印象を受ける」
東郷の視線が横の如月へと向けられる。
「ちなみに如月くんの空間系スキルには『魔力アップ』のステータスが有効なんだ。それをすでにLv10まで上げている。それだけじゃなく、敏捷性、体力にもバランスよく割り振っているようだ。実力はすでにDATメンバーとも遜色ないくらいだよ」
「もうそんなに上げてたのか……」
悠太が驚いて見つめると、如月は少し誇らしげに頷いた。
「キャンプの時に佐藤講師から言われたように必要なものを少しずつだけどね」
とはいえ、ステータススキルを上げるのは容易ではない。レベルを1上げるだけでも、スキルポイントを100消費する。いざという時の新スキル取得のためにポイントを残しておきたい悠太にとっては、慎重に考えなければならない大きな選択だった。
「さて、お堅い話はこれくらいにしようか!」
東郷がパンと勢いよく手を叩き、競技場の重苦しい空気を一気に吹き飛ばした。
「いい時間だし、そろそろ夕食にしよう。近くにうまい寿司屋を知っているんだ。これから三人でどうだい? もちろん、回らないやつだ。私の奢りだから好きなだけ食べていいぞ!」
「寿司?! お供しますっ!」
回らない寿司という響きに、悠太のテンションが跳ね上がる。
しかし、二人が移動しようとしたその時。如月がすっと片手を挙げ、申し訳なさそうな表情で東郷を呼び止めた。
「あの、すみません……東郷さん。行く前に一つだけ確認したいことがあるんです。――悠太くん、もう一度だけ、罠を設置してみてくれない?」
「え? ああ、いいけど……どうしたの急に?」
如月が指さしたのは部屋の奥でまだ静止したまま待機していた液体金属ロボットだった。悠太は不思議に思いながらも、言われた通りにその近くへ『バネ床』を仕込み、少し離れた位置に『キューブ』を構築した。
すると、如月は一切迷いのない足取りで、その不可視の罠の目の前まで歩み寄り、細い指先で虚空をツンと突いた。
「ここがバネの罠。……で、ここがキューブの罠でしょ?」
「「な、なんで分かるんだっ!?」」
これにはそれまで余裕の表情を浮かべていた東郷も、この日一番の衝撃を受けたように目を見開いた。
最新の魔素測定器でも場所の特定までは不可能だった悠太の罠を、如月はピンポイントで言い当てた。
悠太も信じられないものを見る目で如月を見つめる。如月は少し気恥ずかしそうに、視線を斜め下に落としながら理由を明かした。
「最近取得した空間把握の派生スキル『波動認識』を集中して使ってみたんです。そうしたら、フロア内の魔素が煙のようにすべて視覚化されて……。悠太くんが罠を置いた場所だけ、周囲の流れがほんの少し歪んでいるようにに見えたんです。……本当に、朧気ですけど」
「ふぅ……」
それを聞いた東郷は呆れたように大きく溜め息をつき、それから降参したように両手を挙げた。
「日本の未来は明るいな。まったく末恐ろしい二人だよ。まさか奇跡の能力者が同級生とはね」
東郷のどこか嬉しそうな呆れ顔に、悠太と如月は顔を見合わせて、小さく笑いあった。




