死闘再び
牙ネズミが低く唸り、その紅い目が悠太を捉える。
次の瞬間、獣は弾丸のような速度で突っ込んできた。
(落ち着け……剣でまともにやり合えば、一瞬で喉笛を食い破られる!)
悠太はとっさに判断を下した。
今の自分にできるのは罠が完成するまでの時間を稼ぐことだけだ。
幸いなことに、今回の『バネ床』の消費魔素は「6」と、スライムより低かった。液体の塊で重量のあるスライムに比べ、骨と皮でできた牙ネズミの方が弾き飛ばすのに必要なエネルギーが少なくて済むのかもしれない。
「スキル発動……『バネ床』!」
脳内のカウントダウンが始まる。
残り45秒。
悠太は昨日拾った錆びた剣と、瓦礫の中から見繕っておいたひび割れた木の盾を構えた。
「ギギィッ!」
牙ネズミが跳ねる。
ガツン、と重い衝撃が盾越しに腕を痺れさせた。スライムとは比較にならない速度と鋭さ。悠太は必死に足を踏ん張り、盾を斜めに受け流して直撃を避ける。
10秒、20秒…。
ネズミは壁を蹴り、緩急を付け、変幻自在の角度から襲いかかってくる。悠太は防戦一方だった。剣を振る余裕などない。ただ、牙の届かない範囲に盾を滑り込ませ、必死にステップを踏んで時間を稼ぐ。
(あと少し…)
30秒、40秒。
「よし、設置完了!」
悠太は転がるようにして、先ほどネズミに回避された『落とし穴』の真横へと移動した。
わざと背中を見せ、穴を飛び越えるように誘い込む。
「こっちだ、デカネズミ!」
怒りに我を忘れた牙ネズミが、地面を力いっぱい蹴り上げた。
落とし穴を飛び越え、悠太にダイビング噛みつきをお見舞いしようという滞空時間の長い大跳躍。
だが、悠太が二つ目の罠を仕掛けていたのは、落とし穴の向こう側ではない。
落とし穴の真横だ。
――ガシュンッ!
ネズミが穴を飛び越えようとしたその瞬間。
穴の縁で『バネ床』が垂直の壁となって跳ね上がった。
「キィッ?」
逃げ場のない空中で、牙ネズミは急に出現した見えない壁に正面から激突する。
激しい衝突音とともにネズミの勢いは完全に殺され、そのまま真下――口を開けて待っていた『落とし穴』へと垂直に落下していった。
ドサリという音の直後、泥濘が獣を飲み込む不気味な音が響き、静寂が訪れる。
『牙ネズミの消滅を確認。魔石を回収します』
「はぁ、はぁ……っ、……やった……」
悠太はその場に膝をつき、激しく震える腕を抑えた。
拾い上げた魔石を確認すると、スライムのものより少しだけ角ばっている。
「……八百円、か」
スライムが五百円だったことを考えれば、今の死闘の対価としてはあまりに安く感じられた。
リスクは数十倍。なのに、報酬は二倍にも届かない。みんなが罠使いを非効率だと笑う理由が、この時ようやく身に染みて分かった気がした。
だが、悠太の口元には僅かな笑みが見えた。
「……一対一なら、いける」
ボロボロになった盾を握り直す。
恐怖はまだある。
しかし、それ以上に自分の咄嗟の判断とスキルが噛み合い、格上の魔物に勝ったという事実が彼を突き動かしていた。
効率が悪いなら、効率を上げればいい。
この階層の主がネズミなら、次はもっと楽に仕留める方法を考えればいいだけだ。
悠太の脳内には今の牙ネズミとの戦いが何度もトレースされていた。




