視聴者コメント
キラークイーンとの死闘を終え、ほうほうの体でアパートへと帰還した悠太は玄関で靴を脱ぐなり泥のように床へ倒れ込んだ。
限界を超えた魔素の消費と、一瞬の油断も許されない極限の緊張感。その疲労は凄まじく、夕食を摂る気力さえ湧かなかった。ハロウィン用のマスクとローブを引っ剥がし、ベッドに潜り込んだ瞬間に意識を失う。
次に悠太が目を覚ましたのは翌日の昼過ぎだった。
「うわ、もう一時か!」
遮光カーテンの隙間から差し込む強い日差しを浴びながら、悠太は重い体を起こした。
ダンジョンに潜り始めて以来、規則正しい探索生活を崩さないように心掛けていただけに、この大寝坊は少しショックだった。
とはいえ、体中の筋肉痛とだるさはまだ残っている。
「無理は禁物だな。よし、今日は次の階層に向けての情報収集に当てよう」
そう決めて、まずは冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出し、喉を鳴らして飲み干す。
それからソファに腰掛け、昨日ダンジョンを出る直前に自動投稿しておいた動画の管理画面を開いた。
「おぉ!」
画面に表示された数字を見て、悠太は思わず声を上げた。
投稿からまだ半日ほどしか経っていないというのに、再生回数はすでに一万回を突破し、さらに通知欄は見たこともないほどのコメントで埋め尽くされている。
「なんだなんだ? 想像以上にすごいな」
恐る恐るコメント欄を開いてみると、そこには勝利への称賛と驚き、そして笑いに満ちた言葉が躍っていた。
『罠が効かなくて焦る死神www』
『仮面つけてるのに挙動だけで「うそだろ!?」って言ってるのが伝わってくるなww』
『あんなにテンパる死神おらんやろw』
『動かないボス相手にウロウロして体当たり始めたときはどうなることかと……』
『でもまぁ、よく思いついたよ。キラービー移動してバネ床でぶつけるとか』
『最後、女王が自分でキューブに入っていったもんな。罠使いホントもってるわ!』
マスクを被っていたので表情が見えないはずなのに、テンパっている様子が挙動だけで筒抜けだったのはどうにも恥ずかしい。
「こっちは本気で命懸けだったってのに…」
画面に向かって悠太が少し不服そうに呟く。
だが、後半になるにつれて、コメントの毛色が変わっていく。そこには、悠太の想像もしなかった論戦が繰り広げられていた。
『てか、これマジでヤバくない? 罠氏、ソロで第八階層進入って普通に歴史動いてるだろ』
『それな。第八っていったら普通は探索歴三、四年目の中堅パーティーが四、五人がかりで挑むレベルの階層だぞ? それをソロ、しかもまだピカピカの一年生!』
『これ、もしかしてこのままソロで静岡ダンジョン完全制覇しちゃうんじゃね?』
『いやいや、それはさすがにあり得ないでしょ。夢見すぎ』
『確かに静岡ダンジョンは何度も完全制覇されてるけど、それって各方面のトップチームが、ガチ編成で挑んで成し遂げられるレベルだからな』
『そうそう。だいたい、第七階層の最弱ボス相手にあれだけ苦戦してたら、この先は絶対無理。第九、第十階層の絶望を知らなさすぎる』
『でも、KYってまだダンジョン潜り始めて一年だろ? 成長速度異常だし、新スキル次第ではワンチャンあるかもよ?』
『甘いな。ソロの限界はすぐそこよ。日本の探索者で静岡をソロ制覇できそうなのは思いつく限りだと、十人くらいかな』
画面の向こうで、見知らぬリスナーたちが『KYは完全制覇できるか否か』で熱いバトルを繰り広げている。
当の本人である悠太はといえば、完全制覇なんて大それた目標は微塵も頭になかった。
「完全制覇なんてできるわけないだろ……」
トップランカーたちが挑む世界。
そこにあるリスクと壁の高さは、これまでの情報収集で嫌というほど知っている。自分が考えているのは、ただ一つ。次の第八階層をどうやって生き残り、どうやって確実に稼ぐか、それだけだ。
だが、コメント欄の指摘にも一理あった。キラークイーン戦で露呈したのは想定外の事態に対する引き出しの少なさだ。
悠太は自分のステータス画面とスキルポイントを思い出す。いざという時のために、スキルポイントは使わずに残してある。現在の保有ポイントで取得できる新スキルはいくつもあった。
「……やっぱり、そろそろ新しいスキルを取るべきか」
第八階層はさらに過酷な環境が待っている。今の戦術がそのまま通用するとは限らない。
「次のスキルか……悩むなぁ」
悠太は何百回と見たスキルツリーの画面を思い出しながら、自分の戦闘スタイルをさらに強固にするための「次の一手」を模索し始めた。




