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天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。  作者: 灰色 シオ
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝 「太陽の子」
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Ex45 出撃

 理不尽な暴力により住み慣れた土地を追われ、海の果ての小島に流れ着いた海神の一族。彼らは屈辱に甘んじることなく自らの手で未来を切り開くことを選択しました。

 準備を整えて臨んだ冒険でしたが、すべてがうまくいくわけではありません。数々の苦難に立ち向かい、あるときは戦って打ち破り、あるときは和して難局を乗り切ります。

 海神族の王子ヒルコは偶然出会った謎の人物ユヅルや仲間たちと力を合わせて打ち勝ち、自らも成長していきます。

 そんな王子の冒険と成長の物語。

「討って出る」

 ユヅルの言葉に摂津砦(せっつとりで)の諸将は(あわ)てた。

 それは無謀だと止めるためのもの、道連れになって死にたくないと怖れるもの、残された自分たちはどう戦えばいいのか(おび)えるもの、さまざまであった。ただ、誰も勝てるなど思う者はいなかった。


 葛城(かつらぎ)との決戦は考えていたが、オオワダツミ殿謀反(むほん)と歩調を合わせての侵攻は予想もしていなかった。謀反の翌日というタイミングでは関係を疑うなと言う方が無理であろう。

 敵の兵力は見える範囲で3千はいよう。対して摂津砦の兵力は50。新都建設の現場に100は置いてあるが、治安維持のための兵であり戦力には数えられない。その上、摂津には300の民と新都には千を越える人工(にんく)たちがいる。それらを守っての防衛をしなければならない。不可能だ。


 だから討って出ることにする。

 (とも)は不要だ。一兵足りとて損なうことのできない貴重な戦力だ。

「私をお連れください」

 名草のコノサル配下の隊長ブンザである。

「不要だ」

「いえ、私を落としてくださいますようお願い申し上げます」

 ブンザは浪速の津(なみはやのつ)の本陣に伝令に出ると言っているのだ。絶望的な状況だが、本陣が裏を突いてくれれば逆転の目はある。


「生きて戻れる見込みは薄い」

「覚悟の上です」

 ブンザに迷いはないようだ。

「じき日が落ちる、出立は明朝だ。(あかつき)とともに討って出る」

夜襲(やしゅう)ではないのですか?」

「それではお主が逃げ切れまい」

 宵闇(よいやみ)は敵にとっても脅威だが、逃げる側にも(かせ)となる。逃げるにおいては状況の把握が絶対的に必要なのだ。暗がりに任せて突破できるほど敵もうかつではないだろう。

「わかりました」

 ()れる気持ちはよくわかる。今必要なのは一刻も早い援軍なのだ。だが、ブンザが囲みを突破できねばすべてが無になる。ここは確実性を優先すべきだ。


 明朝、あと一刻もすれば日が昇るだろう。まだ暗いが東の空は赤みを差し始めている。

「ブンザ、死ぬなよ」

「ユヅル様、御武運を」

 互いに顔を見合わせ(うなず)いた。

 男同士の約束にそれ以上の言葉は不要だ。オレはブンザが突破する道を切り開く。ブンザはあとのことは気にせずひたすら浪速の津を目指しひた走る、結果としてそれが最善だと一致したのだ。


「うおおおおおおおおおおーーーーーっ!」

 暁を破る咆哮(ほうこう)を上げてオレは敵陣に向けてひた走る。声はないがブンザも気配を消して騎乗で付いてきている。

 まだ整わぬ前線に踏み込む。横一線に()ぎ払う。

 寝ぼけ眼をこすりながら立ち上がった兵をまとめて10人ばかりまとめてぶった切る。二歩進んでもうひと薙ぎ。これで前線は崩壊した。


 逃げる前線の兵を追うようにして第二陣に迫る。

 他種族の混成軍では同士討ちはより避けたい。手を出しかねている第二陣の前線を逃げる第一陣の兵もろとも薙ぎ払った。

 目立たぬよう馬に伏せてブンザはついてきている。思った以上に腕は確かだ。


 どのくらい繰り返しただろう。既に空は白んでおり、十分に視界は取れている。敵陣の奥深くまで(えぐ)ったはずだ。これ以上はこちらの意図が読まれてしまう。

 林を抜けたところで声をかけた。

「ブンザ、後は任せた。行けっ!」

「かたじけない。ユヅル殿、御武運を!」

 ブンザは見向きもせずに駆け抜けた。

 彼の腕ならきっと突破してくれるはずだ。


 だが、それは敵を甘く見過ぎていた。

弓隊(ゆみたい)構えっ!」

 歩兵に守られた弓兵が一斉に矢をつがえる。

 敵は弓の障害となる木々のないところまでユヅルたちを誘導していたのだ。

 慌てて弓隊に討ち入ろうとしたが、もう遅い。

「放てっ!」

 それは決して一撃必殺の強弓(こわゆみ)ではなかった。だが、2百の弓兵が放つ斉射には逃げようもなかった。

 矢の数本がブンザに突き刺さった。馬にも刺さっている。それでもブンザは落ちなかった。馬も必死の思いで駆け続けた。

 これでよい。彼らは浪速の津の本陣にたどり着くだろう。ヒルコ様に砦の窮地を伝えてくれるはずだ。


 見事なり、紀のブンザよ。

 ならば、オレはオレのすべきことを成すだけだ。


 ユヅルは向き直り剣を構えた。


     *


 暁の急襲で飛び起きたマガケヒコはそれがユヅルだと直感した。自分があの立場でもそうすると考えていたからだ。

 高台に上り戦況を見極める。姿を見極めることはできないが、その戦いぶりをよくわかった。誰かを守り導く様子が手に取るように分かった。おそらくユヅルは伝令の一人を浪速の津まで落とすことを最優先にして戦っているのだろう。そうでなければ本陣をかすめただけで縦横無尽に暴れまわる意味がない。自分なら本陣に迫ることができたなら必ず主将の首を狙う。それで連合軍は解体できるからだ。

 もっとも本陣のスクナビコナは万全の体制を整えていた。あの鬼神を食い止めることは(かな)わずとも思う通りには動かさなかった。巧みに誘導し、林間の原野に追い落とした。

 狙ったように弓兵が斉射で狙い撃つ。スクナビコナはユヅルの行動を読み切っていた。だが、狙い撃たれた伝令はいくつか矢を受けたものの体勢を立て直し、走り去った。

 ここはユヅルの勝ちだろう。だが次の戦場は譲らぬ。心に決めてマガケヒコは愛馬に(むち)をくれて丘を駆け下る。


     *


「スクナビコナ様、申し訳ありません。討ち漏らしました」

 弓隊の隊長の報告をスクナビコナは本陣で聞いた。

「追手を差し向けましょう」

 ナガヤヒコの言葉にスクナビコナは首を振る。弓隊を後詰に回していたのは浪速の津にいるヒルコに裏を取られたときの備えであった。あの伝令が襲撃を告げたとしても駆けつけたときにはすべてが終わっている。

 もし来たとしても今のワダツミが集められるのは千がいいところだろう。ワダツミは手を広げ過ぎたのだ。そのせいで海を取られただけで四分五裂になってしまった。もし、それ以上に掻き集めたとすれば、それはヒルコがオノゴロ島を見捨てたということだ。

 祭祀(さいし)を捨てた一族に未来はない。そのときは(つぶ)せばいい。


「それより、今日で終わらせる。森を出る。目障りな砦を落とせ」

「はっ」

 ナガヤヒコが指示し、伝令が散っていった。


 予定通り砦を落とす。戦力差は十分だ。そのための準備もしてきた。そして唯一の脅威であったユヅルは砦の外にいる。

 スクナビコナは猪名川(いながわ)の河原に陣を進めた。先陣の三千は大和(やまと)の諸族に任せた。協力させた分、手柄(てがら)は譲ってやらなければならない。わずか50人の砦が手柄になるかは微妙だが、彼らは喜んで引き受けた。

 兵が渡河(とか)を始めた。砦攻めが始まったようだ。


 スクナビコナは歩兵二千を率い森に向かって陣を敷き直した。もちろんユヅルを止めるためである。そのために森の外に出たのだ。

 今、ユヅルはイコマのマガケヒコと戦っているはずだ。イコマは騎馬のみ50で参戦した。当初、マガケヒコは渋っていたが、ユヅルと戦わせてやるというと承知した。羽曳野原(はびきのはら)の戦いで因縁があるらしい。

 マガケヒコはよい武人であるが、一騎打ちでユヅルに勝てるとは思えない。あの鬼神に人が勝つ姿が思い浮かばない。それでも勝負を挑みに行ったマガケヒコに何か勝算があるのだろうか。


 森の中から騎馬の足音と時折めりめりと木が倒れる音がする。どうやらマガケヒコは騎射でユヅルを森から追い出そうとしているようだ。ちらちらとユヅルの巨体が木々の隙間から見えるようになってきた。

 (さえぎ)るものの多い森の中では騎馬は自由に駆けられない。馬上槍など長物を扱うにも不利だ。単身で50騎の相手をするユヅルは森から出たくないだろう。それを逆手に取ってマガケヒコは騎射でユヅルを追い込んでいるようだ。


 激しい衝突の音がすると(やぶ)の中から巨大なものが転がり出てきた。マガケヒコが馬ごと体当たりでユヅルを森からたたき出したのだ。

 二人の後を追って次々と森から騎馬が飛び出してくる。50騎だったはずだがずいぶんと数を減らしていた。30騎を切っている。イコマの騎馬隊は向かい合う二人を大きく取り囲むように円を描いて駆けている。そこが二人の土俵なのだろう。


「おおっ、スクナビコナ殿。約束通りやらせてもらうぞっ! 手出し無用で頼もう」

 あの愚か者(マガケヒコ)は配下の者たちも交えず一人で戦おうというのか。

「約束は守る。存分に戦われませいっ!」

 (あき)れながらも約束に応える。

 先陣は楯の構えを維持させたままだが、歩兵には弓を下ろさせた。葛城軍の歩兵は全員弓兵なのだ。


 羽曳野原の戦いから一年ぶりにユヅルを見た。

 相変わらず角髪(みずら)も結わず、(ひげ)もはやさず刈り込んでいる。大将格であろうに一兵士のような簡素な胴丸を身に(まと)うだけである。それも土と血で汚れているが、全くみすぼらしくは見えない。6尺半(約196cm)の巨体と追い込まれても動じない堂々たる姿勢が大将軍の風格を与えている。

 剣は持たず丸太のような棍棒(こんぼう)を手にしていた。討ち入ってきたときは剣を持っていたはずだが、血脂(ちあぶら)で切れなくなって捨てたか、折れたかしたのであろう。もっともユヅルは木の枝一本で鉄剣を切る技の持ち主である。剣がなくても厄介(やっかい)であることに変わりはない。手にする棍棒も10尺(約3m)はあろうか。森で手頃な木を折って得たものだろう。(おの)も使わずに折れる太さではないが、ユヅルならやりそうである。


 配下の騎馬が作る土俵の中でマガケヒコが駆けだす。

 ユヅルも備えて棍棒を構える。

「うおおおおおおおおおおーーーーーっ!」

「ぬおおおおおおおおおおーーーーーっ!」

 馬上槍を振り上げ突進するマガケヒコに対してユヅルが棍棒を横なぎに払う。

 馬ごと叩き潰そうかというユヅルの打撃をマガケヒコの馬はひらりと跳んで(かわ)した。それどころかすれ違いざまにユヅルの右肩に前足で蹴りまでくれていた。馬上槍を振り上げていたマガケヒコは手綱も引かずに態勢を戻す。まさに人馬一体の動きである。


 ユヅルの棍棒のすさまじい威力にマガケヒコもうかつには踏み込めない。

 馬の蹴りを喰らったユヅルもうかつな大振りはできない。


 だが、膠着状態も長くは続かない。両者とも生粋(きっすい)の武人なのである。

 マガケヒコの槍の刺突(しとつ)をユヅルが棍棒で跳ねのける。逆側で打とうとしたが、その前に馬の体当たりで押し返された。いくら巨体のユヅルでも馬にはかなわない。


 マガケヒコが踏み込み槍を振る。ユヅルは棍棒で受ける。

 槍を返して石突きで打ち込む。棍棒で跳ね返す。

 棍棒を返して打ち込む。槍で受け流す。

 丸太のような棍棒を槍ではまともに受けきれない。叩いて流すのが精一杯だ。

 その隙に馬が身体をぶつける。ユヅルも察して受けきった。


 二千を超える観衆はすさまじい戦いに声もなかった。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝「太陽の子」をお読みくださりありがとうございました。

 オオワダツミ謀反に歩調を合わせて葛城軍が攻めてきました。ヒルコの窮地に砦に残っていたユヅルが奮闘します。羽曳野原で戦いを願ったマガケヒコとユヅルの一騎打ち勝負です。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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