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天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。  作者: 灰色 シオ
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝 「太陽の子」
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Ex44 後悔

 理不尽な暴力により住み慣れた土地を追われ、海の果ての小島に流れ着いた海神の一族。彼らは屈辱に甘んじることなく自らの手で未来を切り開くことを選択しました。

 準備を整えて臨んだ冒険でしたが、すべてがうまくいくわけではありません。数々の苦難に立ち向かい、あるときは戦って打ち破り、あるときは和して難局を乗り切ります。

 海神族の王子ヒルコは偶然出会った謎の人物ユヅルや仲間たちと力を合わせて打ち勝ち、自らも成長していきます。

 そんな王子の冒険と成長の物語。

「何者だっ! イザナギ様に何をしたっ!」

 詰問(きつもん)する物見の兵を無視し、ハヤセコは浜に立つヒルコを見定めると告げた。

「よく聞け、海神(わだつみ)の残党どもよ。我は海将オオワダツミ様が家人ハヤセコである。ここにあるはかつて海神の当主であった咎人(とがびと)イザナギである。この者、一族の祭祀を任せるに(あた)わず、罪を問う。しかし、仮にも元当主であった者であり、殺すにしのびず放逐するものとする」

 言うとハヤセコはイザナギを船から突き落とした。


「父上っ!」

 ヒルコが海に駆け込み助け起こした。

 イザナギは(いまし)めもないにもかかわらず浅瀬で(おぼ)れかけていた。それはかつて海の一族の当主であったとは信じられないほど覇気を失った老人の姿であった。


「貴様、ご当主様に対してなんてことを!」

 怒る兵を見下し、ハヤセコが言う。

「一族にとって何よりも欠かすことのできない祖霊への祭祀をその者は(おろそ)かにした」

「そんなことは……」

「暗殺されそうになっている祭祀の姫巫女を守ろうともしなかったではないかっ!」

 ハヤセコの言葉に言い返せるものはこの場に誰もいなかった。

「貴様らも同罪だ。愚かな当主に意見することもできず、見捨てた貴様らもなっ!」

「そんなことは……」


「もうよい」

 ヒルコが兵を止める。

 自分たちがアハシマを守り切れていなかったことは事実なのだ。

「一つ聞かせてくれ。妹は……アハシマは危険なく過ごしているのだろうか?」

 ハヤセコはヒルコを見た。妹をアハシマ姫と言い切ったことを認めたのだ。

「祭祀の姫巫女は一族の(かなめ)だ。代わりなどないのだ。姫だけでない。祭殿の巫女たちはこれからも健やかに過ごされるだろう」

 ハヤセコはそう言い切ると船を返し、去っていった。


     *


 一人残された部屋で思う。なぜこんなことになったと


 オノゴロ島から一人放逐されたイザナギは摂津(せっつ)の新都に移された。捕らわれたとはいえ一族の当主である。ハヤセコの言う通り放逐されたとは口が裂けても言えない。苦肉の策として新都にお移り頂いたことにしたのだ。

 とはいえ建設中の都である。人も物も足りていない。とりあえず屋根と壁のある建物で一番ましなものを当座の御座所とした。もとは建設の差配の詰め所であった。それでも敗残の当主の住みかとしては上等であろう。


 イザナギの身の回りの世話は猪名(いな)族の当主ウリヅラの妻カヤが務めた。

 イザナギ様は国王になる予定ではあるが、その内情は厳しい。実入りのほとんどを軍備と新都建設費に回しているのだ。着るものは単衣(ひとえ)のみで食事も粟飯(あわめし)に一汁一菜、酒はつかない。建設作業現場で働く人工と同様である。量からすれば劣っているとも言える。

 せめてもの威厳に宝玉(ほうぎょく)がふんだんに付けられた首飾りに指輪を付けさせられている。祭殿を抑えられた海神としては当主に禍除(まがよ)けの(まじな)いを与えることも(かな)わない。それもイザナギが望んだことではなかった。


 薄暗い部屋に()もり一人考える。なぜこんなことになってしまったのか。

 自分は()帝乙(ていいつ)のようにはなりたくなかった。天を(いつわ)り帝座に就くなど正気の沙汰とは思えない。夏と戦うことは帝乙の土俵にいることだ。敵とはいえ共に過ごすうちにその価値観を共有してしまうことが怖かった。だから、大陸を離れた。

 負けて逃げ堕ちたと言う者もいるだろう。それでも中原(ちゅうげん)に居続けることはできないと思った。一族の者たちも賛同してくれた。だから新たな土地でいつか自分たちの天を(いだ)くのだと夢を持つことができた。


 オノゴロ島を拠点とし、外洋にも乗り出せる船と航海術、そして夏から奪った鉄器でこの土地の海を征服した。この土地の技術は未熟だ。半島伝いに伝わってきた技術もあるが、船は丸木をくりぬいただけのもので乗れて10人程度のものにすぎない。武器は竹槍(たけやり)石斧(いしおの)だ。戦えば必ず勝った。

 兵は沈め、水主(かこ)は捕らえて奴婢(ぬひ)とした。丸木船は沈まないので鹵獲(ろかく)し、()き付けにした。やがて大八島(おおやしま)にも進出し、下れば信仰を奪い取り込み、敵対すれば滅ぼした。そうして海神は大きくなった。


 いつの頃からだろうか。疑問を持つようになった。

 これでは夏と同じなのではないだろうか。敵対する他族は滅ぼし、下ればその信仰を奪う。

 もともとこの島の者たちは敵対しても滅ぼすまでは戦わない。殺さぬことで共存を図ってきたのだ。他族とはいえ殺すことが正しいのか?

 我々はこの国にとって異物なのだ。


 だから武を誇り他族を侵略していくヒルコが怖ろしかった。このままではヒルコは帝乙になるのではないか?

 それは想像するに怖ろしいことだった。自分たちが忌避(きひ)し、決別したはずの存在に自分たちがなろうとしている。肯定することはできない。それではこれまでの人生を否定することになると思った。


 年寄衆と(へだ)たりができたことはわかっていた。彼らは新たな天を抱くということは、国を造るということは侵略することだと信じていた。だからイザナギの恐怖が理解できない。ヒルコやアハシマは大陸で生まれ育った子供たちだ。大陸の価値観を色濃く受け継いでいる。

 イザナギはそれを危惧(きぐ)した。イザナギだけでない。イザナミもそう思っていた。


 イザナミは優しい女だった。

 同じ一族に生まれ海の女として育った。荒事を好まず、皆の暮らしがよくなることを望んでいた。そんなイザナミの心優しいところにイザナギは引かれたのだ。二人は祝福されて結ばれた。そしてイザナギが当主になってもそれは変わらなかった。

 夏との戦いを怖がっていた。だから、大陸を離れようと言ったときもイザナミは(うなず)いた。新天地で闘いの日々になるとは思ってもいなかったのだ。


 イザナミはヒルコやアハシマを()けるようになっていった。ヒルコは神官であるカミムスビが守役(もりやく)となり歴史と知識を教え、武将であるヤクサノイカヅチが武芸と心身を(きた)えた。アハシマはオホカムヅミが祖霊の偉業と祭祀を教え込んだ。大陸の価値観を持つ年寄衆にとっては理想的な跡取りなのであろう。

 だが、イザナギにとってそれは恐怖でしかなかった。


 愛情深く健康なイザナミはそれからも次々と子を産んだ。この地に移った翌年にはアマテラスを、2年後にはツクヨミを、その翌年にはスサノオを産んだ。立て続けの出産で体調を崩したことを理由にイザナミは奥に()もるようになった。年寄衆たち一族の者はもちろんヒルコやアハシマとも会わなくなった。(すで)にアハシマが祭祀の巫女として務めを果たすようになっていたので問題はなかった。

 イザナミの身の回りのことはこの地の者たちが行った。イザナミはそういった者たちを好んで身近に置くようになった。

 この土地の者たちに育てられたアマテラスとツクヨミは武を嫌うようになった。だからと言って惰弱(だじゃく)ではなく、我らが天を抱くという一族の宿願は理解していた。

 武を嫌うというより(さげす)んだ見方をするアマテラスとツクヨミだったが、末っ子のスサノオだけは戦の話を喜んで聞くところがあり心配である。先日の武芸大会でも興奮して腕を振り回していた。まだ1歳だというのに先が思いやられる。


 年寄衆からは世継ぎを正式に決めろとしつこく言われていたが、イザナギは(げん)を左右にして先延ばしにしていた。年寄衆が推すのはもちろんヒルコである。自分たちが育てた理想の後継ぎである。だが、イザナギにその気はなかった。(ひそ)かにアマテラスをと思っているが、まだ4歳では見定めきれぬ。年寄衆も納得すまい。

 だからイザナギはアマテラスが成人するまで引き延ばすつもりだったのだ。


 ツクヨミではダメだ。まだ2歳と年若いだけでなく短慮であり、肝が据わっていない。

 ツクヨミがヒルコの命を狙った場面をイザナギも上座から見ていた。暗殺を実行するにはあまりに(つたな)く、切り返されると青くなって震えていた。その場はアマテラスがとりなしたのだが、いくら毒消しを飲んでいるとしても顔色一つ変えずに毒を飲み干すとは肝が冷えた。アマテラスは思っていた以上である。ツクヨミはダメだ。だが、アマテラスを支える立場ならうまくいくだろう。


 後悔するのなら、ここだろう。

 ここでアマテラスを後継者として決めておけば、ツクヨミも執拗(しつよう)にヒルコやアハシマの命を狙うことはなかったであろう。そうすればアハシマも祭殿の姫巫女として(すこ)やかに過ごすことができ、オオワダツミも謀反(むほん)を起こそうとは考えなかったであろう。

 年寄衆は反発しただろうが、アマテラスが成長し、その力を見せつければおとなしくなったはずだ。


 アマテラスはどうなっただろう。

 オオワダツミもまさか殺すことはないだろうが、あの娘の心に傷が残らないとよいのだが……


     *


 開放されたイザナギは新都に移し、コノサルに預けた。だが、アハシマを始め祭殿の巫女たちやイザナミたち家族は人質に取られたままだった。オオワダツミにとって大事なのはアハシマであり、イザナミたちはついでなのだろう。いずれにしても祖霊を慰める祭祀の巫女を握られている以上、海神の実権はオオワダツミのものである。

 一族の者にとって何より大切なのは祖霊への祭祀である。今、自分たちがこうしていられるのは先祖のおかげである。だから礼を尽くして感謝申し上げる。祖霊はそれに対して神託や加護という形で子孫を守ってくれる。

 そんな祖霊の加護を奪われてしまった以上、海神一族の者たちはオオワダツミの命令に従うだろう。祭祀権を奪われるとはそういうことなのである。ヒルコたちはハヤセコの言う通り海神の残党にすぎないのだ。

 それを覆すためにはアハシマを取り返すしかない。


 ヒルコたちは浪速の津(なみはやのつ)に陣を据えたまま海を(にら)むしかできない。本拠地であったオノゴロ島は淡道之穂之(あわじのほの)狭別島(さわけのしま)(淡路島)に近いがその間は流れの速い瀬戸に(へだ)てられている。船を使わずに渡れるような場所ではない。いくら兵力に優っているとはいえ上陸できなければ意味がない。海を取られたということはそういうことなのだ。


「戦略が必要であろう、ヒルコ殿」

 サオネツヒコの言う通りである。どこかで船を調達したとしてもオオワダツミとてオノゴロ島に簡単に近づけてはくれないだろう。


 こんなときにユヅルがいてくれたらと思う。

 あの男は鬼神のような外見をしていながら軍略家であり、このようなときに誰もが驚くような奇策を編み出してくれるのだ。

 ユヅルはここにいない。新都を守る摂津砦を空にするわけにはいかないと進んで残ってくれたのだ。身重の妻を人質に取られ、気が気でないだろうに。だが、そのおかげでヒルコはオオワダツミとの戦いに専念できるのだ。


 だが、それすらも楽観過ぎた。

 伝令の早馬の駆ける音がヒルコの思考を妨げた。

「何事だっ!」

 落馬するようにヒルコの前に倒れ込むその兵は……たしかコノサル配下の名草(なぐさ)のものであった。その体には矢が何本も刺さっていた。

「申し上げます。摂津砦交戦中!」

 その場にいた全員に衝撃が走った。


 大丈夫だ。摂津砦にはユヅルがいる。あの鬼神なら敵がいくらいようとびくともしないはずだ。

「敵は葛城(かつらぎ)率いる大和(やまと)連合軍、その数3千。さらに増えつつあります」

 それは勇将一人で支えるには絶望的な数だった。

「大丈夫だ。砦にはユヅル殿がいる」

 サオネツヒコの言葉を誰も信じていなかった。

「ユヅル殿が単身討ち入ったものの支えきれず、敵は新都に侵入、現在炎上中にございます……」

 それだけ言うと兵は倒れた。

 支えたサオネツヒコが首を振る。絶望的な包囲を打ち破って伝えてくれたのだ。この者も英雄だ。


 だがどうする。この陣には500しかいない。

 馬で先行したサオネツヒコの歩兵2千もいずれ追いついてくるだろう。それを合わせても2千5百。敵は3千、さらに増えつつあるという。

 新都を守りながら戦うには絶望的な戦力差だった。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝「太陽の子」をお読みくださりありがとうございました。

 イザナギは返されたもののアハシマたち祭祀の巫女を奪われたヒルコたちは苦境に立たされます。さらには予想もしていなかった敵に新都を襲われます。逆境にヒルコはどのように立ち向かうのでしょうか。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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