Ex46 炎と煙の中で
理不尽な暴力により住み慣れた土地を追われ、海の果ての小島に流れ着いた海神の一族。彼らは屈辱に甘んじることなく自らの手で未来を切り開くことを選択しました。
準備を整えて臨んだ冒険でしたが、すべてがうまくいくわけではありません。数々の苦難に立ち向かい、あるときは戦って打ち破り、あるときは和して難局を乗り切ります。
海神族の王子ヒルコは偶然出会った謎の人物ユヅルや仲間たちと力を合わせて打ち勝ち、自らも成長していきます。
そんな王子の冒険と成長の物語。
マガケヒコと戦うユヅルを見てスクナビコナは昔を思い出す。ワダツミにいた頃、ヒルコとともに修行させられたあの頃だ。
宿老であるカミムスビの子として生まれたスクナビコナは父が守役を務めていたヒルコ様の近習となった。共に学び、主が当主となった暁には側近として仕えることになる。そのためにスクナビコナは主とは別に父から一族の歴史や知識を教えられた。当時の教育は口伝である。主の教育を一緒に受けた上に夜は父の講義を受ける。大変ではあったが、勉学が好きであったスクナビコナはこなしてみせた。
それよりきつかったのは剣術の稽古だった。
実践派のヤクサノイカヅチの稽古はスパルタだ。素振りと走り込みをひたすらやらされて仕上げに立ち合い稽古だった。幼子相手でも一切手は抜かない。スクナビコナは毎日痣だらけだった。楽しそうに励んでいるヒルコが化物に見えた。
ヤクサノイカヅチが戦に出ているとき、ユヅルが稽古を見てくれた。ユヅルの稽古は論理的で体捌きや足の運び方を教えてくれた。スクナビコナにとってもわかりやすかったが、まず体作りからというのはヤクサノイカヅチと変わらなかった。
5年稽古に励んだが、結局、スクナビコナは誰からも一本すら取れなかった。年長のオオホアカリやオオナモチは「あの化物たちと比べなくていい」と言ってくれたが、彼らにも相手にならなかった。それでも鉄剣で丸太切りくらいはできるようになった。
今考えるとそれで充分すごいのだが、その当時はへこたれたものだ。
自信がついたのは、スクナビコナにとって初めての実戦、羽曳野原の戦いであった。主の身代わりとして敵前線に討ち入った。大将首と思い敵がわらわら集まってきた。だが、誰もスクナビコナの敵ではなかった。踏み込みが甘い。力任せに振るだけで剣先に鋭さがない。動きが無駄に大きく剣筋が丸わかりである。銅剣では革鎧すら切れないであろう。
スクナビコナはそれらすべてを切り伏せた。
結局は数の力で絡めとられ、捕まったのだが、あの化物以外ならやれるのではないかと思うようになった。葛城に入ってから軍の再編をしたときも突っかかってくる名家の眷属どもも似たようなものだった。構わず切り伏せた。
軍の総てを掌握してからは逆らう者はいなかった。皆、スクナビコナの剣技に一目置いていた。指導するようになるとそれが尊敬の色に変わった。
ユヅルの論理的な指導が役に立った。
とはいえ、すぐにあの化物たちと戦えるようになるわけがない。スクナビコナは個の戦闘を捨て集団戦に特化して鍛え上げた。まず体作りからというのは変わらないが、体力も均質を求めた。敵前線とぶつかったとき、倒れた兵の代わりが後詰のどの兵でも務まるようにした。それで前線の崩壊を防ぐことができる。
大将格(あの化物ども)が出てきたときは、一人に一隊(10人)を当てるようにした。まず弓の斉射でできるだけ体力を削る。その後に竹槍で突き崩しにかかる。半数が倒れたら次の隊を当てる。いくら相手が化物でも簡単には打ち破れない。
個の力を完全に否定したわけではない。足が速い者、目がよい者、身軽な者は斥候や伝令に使った。また、騎乗に優れた者を200人ばかり引き抜いて騎馬隊も編成した。騎馬隊には機動力を生かした奇襲戦を叩きこんだ。それが今、役に立っている。
日も高くなった。
マガケヒコとユヅルの戦いはまだ続いていた。特にユヅルは早暁から戦い続けていた。二刻(4時間)は戦っている。マガケヒコとの一騎打ち(ユヅルは徒歩だが)を始めてから一刻は経っているだろう。まさしく化物だ。
マガケヒコも敵うまいと思っていたが、騎馬では別人のように動きがよくなる。ユヅルと互角に戦っていた。だが、体力ではユヅルに分があるようだ。特に馬の消耗が激しい。
「うおおおおおおおおおおーーーーーっ!」
後方から歓声が湧き上がった。どうやら砦が落ちたようだ。
その歓声を聞いてユヅルが構えを解き棍棒を地面に突き立てた。
「どうした。もうへばったか?」
マガケヒコが挑発するが、それには乗らない。
「ああ、ここまでのようだ」
「なら、その首もらうぞっ!」
「やめておけ。馬が潰れるぞ」
愛馬の心配までされてはマガケヒコも食い下がれない。限界をとうに超えていることはわかっている。
「わかった。勝負はまたの機会だ」
「ああ、馬をほめてやれ」
「いい馬だろう? アケボシという」
マガケヒコは愛馬を紹介する。堂々たる巨体は黒毛で額に星。主の意を汲み自在に戦う見事な馬だった。
「ああ、マガケヒコよ。アケボシよ。さらばだ」
言い捨てるとユヅルは騎馬隊の輪の隙間を抜いて森に駆け込んでいった。落ちた砦の兵の撤退を助けに行くのだろう。
スクナビコナは懐かしさを込めてその後姿を見送った。
*
猪名のウリヅラは砦の搦手から新都に向かって逃げていた。
戦っていたのは建設中の新都を守るためであった。だが、いかんせん数が違い過ぎた。砦を囲む大和連合には別動隊がいたのだろう。新都から煙が上がるのを見てウリヅラは砦を諦めた。これ以上粘っても死ぬだけだ。
死ぬのは怖くない。山間の小族として朽ちていくのだろうと思っていたところ、ヒルコ様に拾われ国興しにまで加われたのだ。その上、都は摂津に置かれるという。小族の族長としてはこれ以上ない名誉だ。これ以上を望んだら罰が当たる。
だが、無駄に死ぬのは嫌だった。それではせっかく得た名誉も地に落ちる。
葛城が占領するなら俺たちの出番だ。山も川も知り尽くしている。この土地総てが我らの味方なのだ。いずれお味方が駆けつけてくるだろう。死ぬならそのときだ。それまでは預けられた砦を失った敗軍の将の汚名を着てやる。俺が死ぬのは再戦のときだ。
苦い思いを噛みしめてウリヅラは一族の兵と共に落ちていった。
*
「ご当主様、何やらさわがしゅうございますな」
「ああ……」
カズラデの言葉にもイザナギは空返事を返すだけだった。
新都に移ってからずっとであった。それだけ失意と後悔にさいなまされているのであろう。イザナギの話し相手としてあてがわれてはみたものの、まったく会話にならない現状にカズラデ翁のほうがイライラしていた。
老いぼれてはいても気持ちは若いカズラデだった。枯れたイザナギよりユヅルやヒルコと将来について語る方がよほど楽しい。彼らと話しているだけで気分だけでも若返るようだ。
ご当主の気持ちもわからんでもない。
今の海神を良しとはしていないのであろう。それが何かはわからぬが、ヒルコ様のやり方が気に入らないのは見ていてわかる。なら、どうしたいのか? それが分からない。本人もわかっておらぬのであろう。
イザナギ様はまっとうなお人じゃ。理想を追い、不義を憎み、そうなりたくないとまた理想を追う。
じゃがのう。あなた様が生きておられるのは現じゃ。決して理想郷ではないのじゃ。なぜそれが分からぬ。理想郷に住むめる者は、追い求める苦しさに耐え、逆境を跳ね返すべく行動を起こした者だけじゃ。
もちろん、行動を起こしたもの全てが理想をかなえられるわけはない。
かつての儂がそうじゃった。洪水の悲惨さを避けるために水利の良い肥沃な土地を捨て高台に拠点を移した。そのために一族の者たちに背負わせた苦労は筆舌に尽くせぬほどのものじゃった。
だが、その結果はどうじゃ。洪水は毎年起こるものではない。悲劇を忘れたように川近くに田畑を拓き、住処を建てる他族の者たちは収穫に恵まれ、人口を増やし、猪名族を圧迫した。全て儂が選んだ道じゃ。結果が総てじゃ。猪名一族は儂の選んだ道が間違っていたせいで滅ぶ。それが儂が選んだ道じゃった。
ユヅル殿がその知恵を理解してくれたのは偶然だ。強者の一族にその知恵を見出され、引き立てられた。都に選ばれるなどただのおまけじゃ。
儂はただただ一族の者たちを危険な目に合わせたくなかったのじゃ。都になどならんでもよかった。勝ち組などどうでもよい。ただ儂の思いを理解してほしかったのじゃ。
イザナギ殿も同じであろう。秘めた志を温めて、でもうまくいかなくて、追い詰められて、いつしか仲間も離れていった。ついには謀反まで起こされた。
じゃがなあ、イザナギ殿よ。儂は肥沃な土地を捨て、高台に移ると決めたとき、一族の者たちには言葉を尽くして説得した。他族に押し負けたときは若者たちに切られる覚悟をしていたのだ。
だが、ウリヅラは、一族の若者たちはそれでも儂を信じてくれた。しょぼい田舎の栄華を極めても洪水が起これば泡と消える。我らはうたかたの夢ではなく、地に足を付けた理想を体現したいのだと、一族の若者たちは言ってくれた。
のう、イザナミ殿よ。
これが、儂と其方の違いじゃ。
お主は己の思いを筆舌を尽くして伝えたのか? 一族の者たちに志を語って見せたのか?
かつてのお主はそうして見せたはずだ。そうでなければこれほどの英傑たちが尽き従うわけがないではないか。
いつからお主はそれを止めてしまったのだ。
カズラデは物言わぬ呆けた老人になおも語りかける。
「のう、イザナギ殿。お主には志があったのであろう。
儂もヒルコ殿より漏れ伝え聞いておる。大陸の支配者の無道に怒り、同じ天を抱けぬと決別したのであろう。ならば、何故それを伝えぬ。
ヒルコ殿に何か不満があるのであろう? ならば、何故、それを伝えぬ。まだ、王にもなってない身でそれを察せよというのはいささか無体であろう。それとも語れぬほどお主の志は朽ちて形をなさなくなってしまい果てたか。
だがのう、イザナギ殿よ。志とは己の胸の内にあるものよ。だから人は語るのじゃ。語らぬ志などないと同じじゃ」
カズラデは過去の己とイザナギを重ねていた。
己の独善で一族の者たちを苦しめた。だが、我は語った。
だから、一族の者は逆らうことなくついてきてくれたのだ。
一方お主はどうじゃ。志も語らず。不満を口に出すこともせず。ただ、陰湿に暗闘を見なかったふりをするだけだった。
だからお主には人がついてこない。謀反まで起こされる。それは全部お主が招いたことじゃ。
一族を滅亡の危機にまで追い込んでおきながら一族の者に付き従われる儂と
建国を目指すまでに一族を栄えさせておいて謀反を起こされ、本拠地から追放されるお主
「なにが違ったと思う? それはな……覚悟じゃ!」
カズラデの静かながら容赦ない喝にイザナギの体がびくっと震えた。
「心当たりがありそうじゃな。ならば、それを自覚してそろそろ目を覚ませっ、イザナギ!」
お主は新たな天を抱こうとこの島までやってきたのではないか。ならばその夢に達して見せよ。叶わぬなら夢に殉じて失せよ。
夢は未来ある者のものだ。理想を夢と勘違いした年寄など去るべきであろう……心配するな。儂が死出の道案内を引き受けよう。
だが、その願いは叶わなかった。
「イザナミ様、御無事ですか!?」
煙に巻かれた老人たちに手を差し伸べる者たちがいた。
「コノサル殿……」
「おおっ、カズラデ殿がご一緒でしたか。それは助かり申した」
火の手が回り、煙に巻かれた御殿(元は監督役の詰め所)の中で勝手もわからぬ年寄りたちが生き残っているとは思っていなかったのだろう。必死で駆け付けたのだろう。それだけにコノサルは安堵の表情を隠せなかった。
何のことはない。煙に巻かれて死ぬのは苦しかろうとカズラデが窓も戸も閉め切っていたにすぎない。敵襲を受けたと知ってすぐにイザナギ殿を一人で死なせてはならないと思っただけだ。かの御方には儂にとってのユヅル殿のようなお方はおられなんだった。
だが、守ろうとするものはいるのだ。
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝「太陽の子」をお読みくださりありがとうございました。
ユヅルとマガケヒコの決闘は引き分けに終わりました。その裏で新都に籠るイザナギは葛城軍別動隊の急襲を受けて死にかけていました。そんなイザナギにカズラデ翁が活を入れます。その思いはイザナギに届くのでしょうか。
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




