宵の月
宵の月。
明かり灯されはじめた街を臨んだ露台。
酒を呷るひとりの鬼がいた。
ボサボサの黒髪に朱い双角。大きな丸メガネ。大江山子は胡座を掻いて漆塗りの大器から酒を喉元へ掻き込んでいた。
「やっと捕まえた」
背後から声がかかる。赤いマフラーにセーラー服。此度の彼女の頭には赤い角飾りはなかった。人間としての正体でサキはそこにいた。
「素面のあなたをずっと探してた、酒呑童子」
くっ、と大器を仰いでいた大江が笑って振り返った。
みるみるうちにその黒髪が銀に染まっていく。絡んだ毛先は艷やかに水気を帯び、輪郭を形作っていく。
丸メガネが落ちて、音を立てて砕けた。
港学園の教師大江は――いや、鬼ヶ島の最高権力者たる酒呑童子は、胡座を解かぬままにサキに、すっと向き直った。
鬼の微笑みはやはり人形を思わせるほどに整いすぎていた。酒を喰らっていながら頬の微かな明るみすらなく、陶器のように白く、貼り付けたような笑みである。朱の瞳の奥は底知れぬ水鏡となってサキの姿をそのまま映している。
「もう、逃げも隠れもしないわよね」
サキは一歩、確かに歩み寄った。
「あなたが待っていたのはハナの目覚めだけじゃない。私の覚悟も待っていた」
そのまま静かに刀を突きつける。
茨木童子から託された両刀。そのひとつを茨木の姉に差し向けた。
酒呑童子は何も言わず、その刃を掴む。
あの時と一緒。だけど、今回ばかりはサキの中には確信があった。
「もう、軽くはないはずよ」
言い放つ。
「私は私の守りたいもののために、死ぬわ」
微動だにせず、真っ直ぐと酒呑童子を見つめる。
鬼は、かっと、笑った。
「上出来」と。




